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出発前日

20070405161103
自分の実家は埼玉県行田市という所にある。3日にこの実家を発って北海道に向かった。今日は5日。今、札幌から旅のスタート地点である稚内に一両編成の汽車(一両なのに編成というのか疑問だが、汽車にはそう書いてある)で向かっている。
旅のルートは、稚内宗谷岬からスタートし、北海道(函館から青森までフェリー)、本州、四国、九州(鹿児島から沖縄までフェリー)、沖縄本島を海岸線で回り、Uターンしてまた海岸線づたいに宗谷岬に戻ってくるというルートを予定している。宗谷岬から右に行くか左に行くかで右回り左回りの2パターンがあるが、まだどちらにするか決めていない。札幌に着いてからの2日間、何をしていたかと言うと、友人達と酒を飲んだり路上ライブをしたりしていた。
札幌には雪が降っていた。というか、信じられない、今、ふっと車窓の景色に目をやると外がいつの間にか吹雪になっている。さっきまで晴れていたのに。自分はこの旅を寝袋で回るつもりだ。凍死の危険が頭をよぎる。よく、サーファーが嵐の海に出掛けて行き水死、なんて事故があり、あれにつけて「阿呆だなあ」という声が右から左から聞こえてくるが、自分はもしかしたら、ど阿呆かもしれない。「ど阿呆だなあ」とラーメン屋で自分の凍死を伝えるTVのニュースに呟くどこかのおっさんの姿を想像してみた。リアルに想像できる。あ、視界がよくなってきた。
今回の旅で自分が用意した持ち物は以下の通り。
・リュック(50L)
・寝袋
・アルミマット
・携帯電話(電池式充電器)
・電子辞書
・デジタル一眼レフカメラ
・三脚
・携帯ラジオ
・下着(トランクス、靴下、Tシャツ〔Tシャツは透湿、速乾性を重視したもの〕)
・上着(カーゴパンツ、スウェット、フリースジャケット、ウィンドパーカー)
・ジャージ
・ニット帽
・ウォーキングシューズ
・タオル
・食料(レトルト食品、乾パン、飴)
・ジェットボイル(ガス式ポット)
・ジェットボイル用燃料
・洗面用具、爪切りなどの生活雑貨
・ウェットティッシュ
・ライター
・日本地図
・釣りざお(ルアーセット)
・十徳ナイフ
・温度計
・万歩計
・腕時計
・財布
・メモ帳
・ボールペン
・ビニール袋
・レインポンチョ、リュックコート
・御守り
・その他小物

自分はこの旅において考えうる限りの事態を想定したつもりである。しかし、それをあざ笑うかのように予定外の出来事が早速二つ起こった。一つは持ち物の釣りざおである。これはリュックに収まりきらず持ち運びに苦労した。いつの間に壊れたのだろう。さおの先端部分が折れてなくなっている。一回も使用することがないまま、旭川駅に破棄してきた。悔しかった。
もう一つは卓ちゃんである。自分はこの旅を二人で行く予定だった。旅は道連れである。ところが、相方の卓ちゃんが2日にドタキャンしてきた。携帯電話でこんな会話をした。
「もしもーし、準備できた?」
「いや、・・できてない」
「はぁ?明日北海道行くんだよ」
「だよなぁ」
「だよなぁって、どうすんの?これからすんの?」
「・・・」
「もしかして、行かない?」
「ごめん!高沢くん」
「わたー!でた!ドタキャンかよ!」
「ウハハハハハハ、ほんっとごめん!」
「なんで?君から誘ってきたんだぜ」
「いやぁ、いっぱい準備してたんだけどさ、お金が貯まんなくって」
「お金って、そんなに?」
「返さなくちゃいけないお金とかあってさ、あの、タチの悪い借金てわけじゃないんだけど、色々と・・」
「で、どうすんの、バイトすんの?」
「うん、高沢くん一人でも行くのかい?」
「行くよ」
「そっかあ、ごめん、ごめんね、俺もすぐ追っかけるからさ」
「くわー、かるい、かるいなあ!今時、そんな浅はかなマニフェストもないっつーの」
「ウハハハハハハ、あるよ、ある。札幌で林屋屯田兵って人が立候補してるんだけど、その人よりは信頼性がある」
「誰だよ、林屋屯田兵って」
「林屋一門なんだけどさ、顔がうさんくさいんだよ」
「知らないよ、まったく!」
「高沢くん、どのくらいで帰ってくんの?」
「一年半くらいかな。」
「じゃあ一年くらいしたら俺も出るから。」
「あ、いいね、したら俺が宗谷岬に帰ってきたら君にバトンタッチするから、そしたら君、二周目いけばいいじゃない」
「ウハハハハハハ」
「ウハハハハハハ」
「高沢くん、一年待ってくんない?」
「やだよ、俺はもう行くんだから」
「準備はできたの?」
「できてるよー!」
「金、どのくらいかかった?」
「ん、15万くらい」
「ええ、そんなに?」
「そうだよ、カメラだって一眼レフ買ったし、靴とかだってウォーキングシューズ買ったんだぜ」
「ごめん、ごめんね」
「んん、いいよ」
「ほんっとにごめん!」
「いいよ、いいよ、前回の時は俺のせいで行けなかったんだしさ。これで五分五分だな」
「でも、前回は俺出なかったけど、今回は君出るじゃない・・」
「んああ、まあそうだけどさ」
「ごめん」
「いいよ、4日行くからさ、飲もうよ」
「おう、わかった!」
「うん、それじゃあね」
「あい、じゃ!」
というわけで、明日から一人で歩くことになってしまった。気楽に頑張ろうと思う。
今日はこれから稚内のホテルに一泊して、明日の朝、バスで宗谷岬に向かい、そこからスタートする。天気がまた良くなってきた。先ほどから日差しが暑いほどだ。見渡す限りの山、平原、山。稚内に向うこの汽車が、なんだかゆっくりと坂を上っていくジェットコースターのようで少し恐く、でも今はそれ以上にワクワクしている。
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初日 宗谷岬~稚内市街

20070406222325
いきなり余談なんだけど、前日に泊まったホテルの夕食が豪華だった。一泊二食5250円の安ホテルである。素泊まりなら4200円と言うので、二食付きでお願いしたところ、煮物に焼き魚、珍味3種、ホタテの小鍋物(青い燃料に火を着けてくれるやつ)、切り干し大根、もずく酢、うどん、刺身、さらに毛ガニが一杯ついてきた。
朝、バスで宗谷岬へ。片道1350円で30分ほど。そのバスには、昨日札幌方面からの汽車でずっと乗りあわせていた初老女性、っちゃ失礼か、おばちゃんが一緒に乗っていて、「ああ、また会いましたね」なんて自分は話し始めた。彼女は鈍行列車に乗って旅をするのが好きで、でも周りに誰もそういう趣味の人がいないから、いつも一人で旅をしているのだと言う。神奈川から、ちょくちょく北海道に来るそうだ。「もう、残り時間が少ないからね。私、70になるのよ。」と言うので、「えっ?!若いっすね」と言うと「ほほほ」と笑っていた。事実、岬の丘を登る際の彼女の足どりは若かった。
「旅で出会った人に名前や住所なんか聞くことないのよね、うっとうしいじゃない一々」
「うん、一期一会ですよね。」
そんな会話をしながら彼女と岬の記念碑を見て回り、別れた。海の向こうに遠く近くサハリンが見えた。
別れてから数分後のこと、「お兄ちゃん」と自分の背中に声がした。振り向くとさっきのおばちゃんである。「これ、お菓子、食べて」とポテトチップスをくれた。あと、パンと何故かポケットティッシュまでくれた。このあとすぐ神奈川に向かって帰るのだという彼女を見送る。「たまには親にもちゃんと連絡するのよ」そう言い残し、去ってゆくバスに向かって手を振れば、辺りに残されたのは自分一人である。心細いような気もする。
宗谷岬というのは、なんだか岬という感じがしない。岬というと、鋭角になった断崖の先に灯台がポツンと立っている、というような景色を思い浮かべるが、宗谷岬はまず鈍角である。そのまま海に浮かんだテトラポットにも飛び移れるし、すぐ前を国道が横に走っている。岬というより海浜公園のようだ。一通り、写真撮影などを済ませた後、万歩計をリセットして歩き始めた。午前10時ジャスト、旅がスタートした。

自分は日本を左回りするルートをとった。まず、国道238号線を石狩方面に向かうことになる。天気は快晴、右手にずっと広がる海、浜には小さな漁船がいくつも置かれていて海猫がニャーニャー鳴いている。しばらく行くと間宮林蔵の渡樺記念碑というものが見えた。渡樺というのは何と読むのか知らないが、どうやら間宮林蔵は江戸幕府の命で、調査のためにここから樺太に渡ったらしい。その当時の状況を考えると脱帽する。後にこの敢行を世に伝えたのはシーボルトだという。碑の説明文にそうあった。
道路の左手にはなだらかな丘陵が広がり、時々、住宅地がポツンポツンとあるばかりだったが、その住宅地の前を歩いていた時である。猫を抱いた一人のおばちゃんが立っていたので軽く会釈をした。すると、向こうも自分に笑って会釈を返し、話しかけてきた。
「歩いてるの?」
「ええ、そうなんです」
「どこから歩いてきたの?」
「まだ歩き始めたばかりなんですけど、あの、宗谷岬から」
「ね、お菓子あげるから持ってかない?」
「え、いいんすか」(と言いながらおばちゃんの後をついていく)
「ちょっと待ってて」(家の中に入り、しばらくしてビニール袋を持って出てきた)
「うわっ、こんなにいいんすか?!」
「いいのよ、食べてちょうだい」
(彼女の息子さんらしき人も家から出てきた)
「よく、ここを歩いている人がいるから、いつもお菓子でも渡してあげたいなって思ってて」
「あ、やっぱり結構歩いてる人がいますか」
「ええ、よく見るわ。ねえ?」
「あ、うん。よくお菓子あげてるよね」
「そうなんですか」
きっと自分みたいに大きなリュックを背負って歩いて旅をしている人が大勢いるのだろう。お礼を言って、握手をして別れた。袋の中には、せんべいやらチョコ菓子、いかの燻製にジュースが3本も入っていた。
標識を見ながら自分の歩きのペースを計ってみると、1時間に5~6kmの速さで進んでいることが分かった。道路上にカニの殻が頻繁に落ちていて、何故だろうと不思議に思う。漁師がつまみ食いをしているのだろうか。稚内の町の先にかすんで見える利尻富士が美しい。車もそれほど通らないので潮騒だけがよく聞こえる。荷物が重くて振り返るのも辛かったから、自分が歩いてきた道をあまり振り返らなかったが、同じような景色の道が微妙に変わってゆく。稚内の街に入ると、コンビニもちらちら見え始めた。
自分は昨日、荷物に持ってきた釣りざおを壊してしまい、新しい釣りざおを探さなければいけなかったが、釣具を販売している店がなかなか見つからなかった。釣りざおは、道中、もし食料が尽きた時のために海で魚を釣って食べるための必須アイテムであり、釣りざおを持たぬまま旅を続けた場合、これが命取りになるかもしれない。自分は人に聞きながら釣具店、もしくは釣具を置いてそうなホームセンターを探した。その時だった。道路を挟んだ反対側の歩道で自転車に乗った子供達がこちらに手を振っている。おお、かわいいな、と思って手を振り返そうとした時、一人の子供が叫んだ。
「おじさーん、がんばってーっ!」
「24だって!」
早かった、あれは早かったな。0コンマ2ぐらいでツッコんだんだけど、周りに誰もいないものだから風にかき消されて。少し寂しかったなあ。
その後、釣具屋を見つけ800円にて釣りざおを購入。今日の出費は800円かと思ったけど、歩道を歩いていたらテレホンカードを拾った。なんでそんなものを拾ったかと言うと、そのテレホンカードの柄が自分の持っていたテレホンカードの柄と全く一緒だったからである。落としたのかと思って拾ってみると、自分のものではなく、未使用のものであった。これが105度のもので、値段にすると1000円だから、差し引き今日は200円のプラスである。
日没。稚内市の観光名所、稚内北防波堤ドームにて終着。(今朝、自分が出発したホテルはこの防波堤のすぐ脇にあり、30kmほど離れた宗谷岬までバスで行き、歩いて帰ってきたことになる。なんだか復路のバス代をケチった阿呆のようである)で、これから寝袋広げて寝るところ。

天候
快晴
気温
朝16℃ 昼19℃ 夕8℃(測定方法が定まらなかった為、信頼性欠)
歩数
31886歩
出費(宗谷岬でスタートを切ってからのもの)
釣りざお・・800円
食事
朝・・ホテル食
昼・・せんべい、コーラ、リボンシトロン(頂き物)
3時・・ポッキー(頂き物)
夕・・無し

2日目 稚内市街~天塩40km前

20070408083652
昨夜は寝袋に入っていて流れ星が見えた。星がよく見える。
朝、日がまぶしくて目を覚ます。目覚ましを7時にセットしていたが、目が覚めてしまったので起きた。時計を見ると5時50分である。昨日は夜の10時半頃に寝たのだけど、初使用の寝袋はまあまあの寝心地だった。商品説明によると、-6℃の状況下まで使用可能らしい。ただ、屋根のあるところに寝ればよかった。荷物や寝袋に霜が降りていた。
特にやることもないので、乾パンをかじりながら歩き始めることにした。午前6時26分、出発。海の方を見ると、漁師が小舟を浮かべて何か長い棒のようなもので水面をつついている。もやがかかって幻想的な世界。
テトラポットの上で大きなもりのようなものを持ってウロウロしている人がいる。そういえば、早朝から自分の寝床の周りをグルグルしている人があり、その気配をなんとなく感じとっていたがあの人かと思い、行きしなに「何が釣れるんですか」と聞くと、「タコ」と言った。
実は自分は昔からタコには目がない。世の中で一番好きな食べ物はタコで、一瞬、そのおじさんについて回りタコのおすそわけをしてもらおうかとも思ったが、すぐやめた。先へ進むことにした。道道254号線をノシャップ岬方面へ。
思ったより、足、腰、背中の調子がいい。もしかしたら3日目の方が筋肉痛がひどいかも知れない、と考えながら歩いた。ラジオからは朝からずっと宮廷音楽のようなものが流れている。マリー・アントワネットが階段を降りているシーンが頭に浮かぶ。
もう少しでノシャップ岬の海にたどり着くという岬の先端の方に自衛隊の駐屯地があった。何でこんなヘンピな土地に、と思ったがすぐに考えついた。恐らく、ロシアを睨んでのことなんだろう。おっかない。出来ることなら、国と国の争いには一生身を挟まれたくない。
ノシャップ岬も宗谷岬同様、少し開けた公園のようになっていて、そこで利尻富士を眺めているとおじさんがやって来たので、写真撮影をお願いした。(稚内の左側の方に礼文島と利尻島という二つの島があり、利尻島は島自体が一つの山になっている。その山を利尻富士という)話をすると、そのおじさんは地元の人で「こんなに綺麗に利尻富士が見えることは滅多にない」と言う。自分はホントに幸せもんである。以前、富士山に登った際も頂上から御来光を眺めていると、後ろの神社から「ほっほー、今日はいつになく綺麗なお顔をしてますねぇ」という宮司の声が聞こえた。お顔、というのは御来光のことらしい。
ラジオは、いつの間にかチャック・ベリー特集になっていた。陽気なロックンロールと一緒に歩く。アメリカの田舎を歩いているような気がする。バス停が米山宅前となっていたから「なんだこりゃあ」と周りを見てみると、確かに近くに米山商店という店があった。また、時々犬に吠えられるのだが、犬は吠えつつも尻尾を振っており、あれは
「こら、おどれ、遊べや!プルプル」
と言っているのか
「こら、おどれ、シメるぞ!プリプリ」
と言っているのか、さっぱり分からないので近寄りがたい。バウリンガルが欲しい。
道道254号線から道道106号線へ。歩道を歩いていると車が近くに止まり、「乗れよ」と合図してくれた。自分はヒッチハイクをしているわけじゃないが、リュックや寝袋を背負ってヘーコラヘーコラ歩いているので、かわいそうになって止まってくれたのだろう。自分は、ヒッチハイクも楽しそうだなと思うのだが、この旅の主旨はタイトルにもあるように徒歩で日本一周であるから、丁重にお断りして歩いた。
道路の右側、海との間に砂丘や小さな沼が広がり始めた。海の先には、いつまでたっても利尻富士の姿がある。ちょうど12時に抜海という小さな町に入った。抜海小中学校という学校があり、その校門の横に大きく交通標語が掲げられている。
「美人にね みとれてないで・・ 前見よう」
全くである。これを地元の女子高の正門に掲げておきたい。世の中には、歩道の女子高生に目がいってハンドル操作を誤る者、信号を見落とす者など間抜けな人間が意外と多い。自分も反対車線にはみ出していたことがあるくらいだ。しかし、しかしである。この抜海では、美人どころか人とすれ違わなかった。たまに車道を車が通りすぎてゆくばかりである。皆、家の中にいるのだろうか。シャッターが半開きになった小さな商店のドアを開けても誰もいないし、誰も出てこない。陳列棚にまばらに置かれた商品。カップラーメンを手に取ると賞味期限が切れていた。自分はこの賞味期限切れのカップラーメンと板チョコとハイチュウとコーラを抱えて、店の奥のガラス戸を叩いた。自分の予想はズバリであった。店主は家の奥の方でストーブにあたりながらテレビを見ていたのである。客とか気にしちゃいないのだ。カップラーメンは賞味期限切れだが仕方ない。この先数十キロ、町がなくなる。背に腹はかえられない。海辺でジェットボイルを使って湯を沸かしカップラーメンを食べた。力ラ
ーメンであったが餅の投入を忘れてしまい、後から入れたが固かった。また、この商店では水を水筒に貰った。
歩いていると体が暑くなってくる。次第に服を脱いでいき、今日は一時半袖で歩いていた。暫く続く砂丘や沼は、どうやら利尻礼文・サロベツ国立公園というらしい。この道路は公園を突っ切って造られているようだ。ジョギングをしている人に「頑張って」と声をかけられた。鹿がひかれたのだろう、道路に鹿の角と一緒に骨が散乱していた。最初は何の骨か見当がつかず、おっかなかった。
抜海から15kmほど歩いてきたが、途中、あったのは観光用の駐車場と牧場が一軒だけ。ずっとなだらかな丘が続いている。丘の少し小高くなった所に地蔵が祀ってあった。なんだろう、この地蔵は、と思って近寄ってみると、やけにお供えものが多い。小さなほこらの中にお地蔵さんが2体祀られている。そのほこらの中には何やら大学ノートがぶらさがっていて、「あの人の彼女になれますように」とか「幸せになりたい」とか「息子の目が見えるようになりますように」とか色々なことが書かれている。お供えものがたくさんあるので、腹も減っていたし、一つ頂くことにした。ただ貰うのも悪いので、自分がこのお地蔵さんのために出来ることはないかと周りを見てみると、大学ノートにくっついている鉛筆の芯が折れている。ははあ、これでは次の人が大学ノートに書き込むことができない。自分は腰につけていた十徳ナイフをサッと手に取るとナイフを出して芯を削った。削り終わるとノートを元の位置に戻し、目の前にあったベルギーワッフルを掴んだ。賞味期限は大丈夫である。
「欲張っちゃいけないからね、これ一つだけ、頂きます」と地蔵に告げ、去ろうとするとほこらの奥に発泡酒の缶があるのが目に入ってしまった。自分は酒好きだ。ベルギーワッフルを置いて、奥の発泡酒を手に取る。だが、自分にも罪悪感というものはある。どういう罪悪感かというと、果たして鉛筆の芯を削っただけで発泡酒を貰ってもいいのだろうか、というものである。ベルギーワッフルくらいがちょうどいいような気がする。でも発泡酒が飲みたかった自分は、鉛筆の芯を50円の労賃と換算、財布から100円取り出してさい銭箱へ入れて150円とし、発泡酒を貰ってその場を去った。これは個人的な意見だが、地蔵にあるお供えものというのは腹を空かせた乞食や旅人の為にあるのだと思っている。まさか地蔵が食うわけでない、本来はお供えというのは人を救う為の配慮であり、その連鎖によって善男善女が生まれるのではなかろうか、なんて都合よくも思っている。
ところで、さっきから道路脇の丘にある窪みに身を潜めている。今日はここで寝る予定だが、ここからひょいと顔を出したら車の運転手はびっくりするだろうな。絶対にギャアーッて叫ぶと思う。あ、この前持ち物に書き忘れたものがいくつかあったので書き加えておこう。
・簡易水筒
・LED小型ランタン
・手袋
・RAKUWAネックレス
・マッサージコロコロ
さ、携帯電話圏外だし、もう寝よ。

天候
快晴のち曇り
気温
起床時(6時)0℃ 朝(8時)5℃ 昼13℃ 夕(5時)6℃ 10時15分現在3℃(測定方法一定)
歩数
52536歩
累計84422歩
出費
カップラーメン・・150円
板チョコ・・105円
ハイチュウ・・105円
コーラ・・120円
おさい銭・・100円
計580円
累計1380円
食事
朝・・乾パン
昼・・カップラーメン、コーラ
夕・・板チョコ、ポテトチップス、発泡酒
道中・・ハイチュウ、飴、爽健美茶

3日目 天塩40km前~天塩

20070409091936
朝7時起床。と言っても、下は砂なので正確には起砂。利尻富士に「おはようございます」と挨拶してから立ち小便をした。小便が疲労の色と臭いがする。体の調子は、というと昨日とあまり変わらない。良くもならないし、悪くもならない。膝が少し痛む程度である。朝食にレトルトのわかめご飯を食べた。これはすごい。お湯を注いで30分ほど待つだけで炊きたてのよう。空いた容器でそのまま「松茸の味お吸いもの」も飲んだ。永谷園のやつね。
今日はなんとしても天塩の街まで行かなければならない。食料はまだある、が、水がない。残っている水分は水筒の中にあるわずかな水だけである。そして風呂にも入りたい。旅をスタートさせてから、昨日、一昨日と風呂に入っていない。靴下がモーレツに臭い。午前8時20分、出発。昨日は携帯電話の電波が全く入らなかったが、歩き始めて少しすると入り始めた。そして、電話の呼び出し音。誰だ、こんな朝から、と携帯の画面を見てみると親父である。
「昨日、携帯がつながらなかったじゃないか。どうしたんだ」
「電波がなかったんだよ」
「電波がないって・・、充電はどうしてんだ?」
「ん、電池式の充電器」
「今、どこにいるんだ」
「今は天塩って町に向かってるところ」
「なに、一人になっちゃったんだって?」
「うん」
「お前よ、もうどこかで自転車でも買って、その辺まわったら帰ってこいよ」
「自転車?」
「一人で旅したって何の意味もねえじゃねえか」
「うーん」
「浮浪児みたいなもんだろ」
「うーん」
「お母さんも心配してるぞ」
「うーん」

「だいぶ心配してんだから連絡ぐらいしろよ」
「でも、電話してたら携帯代が」(旅の間の携帯電話料金はまとめて銀行に入れてきたので、その預金がなくなったら携帯電話が使えなくなる)
「携帯代って言ってもよ」
「分かった、じゃあ毎日メールするよ」
「おう、そうしろ」
「うん」
「まあ、いいや。また後で電話するから」
「うん」
それから数十分後、今度はおかんの携帯電話から電話があった。
「あんた今どこにいんの?」
「北海道の上の方だよ。ちょっと左に下りたところに天塩って町があるでしょう?」(家を発つ時に親に日本地図を渡してあった)
「うん」
「今、その町に向かってるところ」
「あんたねぇ、もう帰ってきなさい」(すでにもう涙声である)
「なんで?」
「お父さんとお母さんはね、あんたが二人で行くって言うから許したんだよ」
「うん、でも一人になっちゃったんだよ」
「なのに、どうして行ったの!」
「どうしてって言われても・・」
「ご飯だってちゃんと食べてないみたいじゃない」
「食べてるよ、今日の朝はわかめご飯を食べた」
「レトルトでしょ」
「うん」
「ちゃんと食べなきゃ」
「うん」
「昨日だって野宿したんでしょ」
「うん、だから今日は風呂も入んなきゃだし、天塩の街に着いたらライダーハウスみたいなところに泊まろうと思って」
「そんなのがあるの?今の季節じゃ、やってないでしょ」
「うん、まあ、なかったら民宿に泊まる」
「家にいるほうは辛いんだから」
「ばあさんがいるじゃない」
「だから、おばあちゃんだけじゃなく、あんたまで心配で余計大変じゃない!」「ばあさんだけでいいじゃない」
「そんなわけにいかないの!」
「うーん」
「・・とにかく体に気をつけて」
「うん」
「ちゃんと食べて」
「うん」
「・・・・」
「うん」
「それじゃあね」
「うん、じゃあ」
思えば、自分は親の反対を押しきってばかりだ。高校に進学する時からずっとそう。相撲で言えば自分の得意技は寄り切りである。なんて、おちゃらけても申し訳なさが消えるわけでなし。自分は母を泣かせることが多い。自分は自分のやりたいように生きているのに、自分は自分で選んだこれ以上ない幸せな人生を送っているつもりなのに、母は泣く。心配しているから泣くのだろうが、例えばこの旅だって終えなければ自分の中に何か進めないものがある。親心というのは不思議だ。子供をしっかりした、そう、自分が伴侶に求めるような人間に育てたいなら世の中に放り出せばいいのに、最後のところで「うちにいればいいじゃないか」と甘やかす。自分も親になればこの親心が分かるだろうか。
午前中は歌を歌いながら歩いていた。ここ2日間、歌を歌いながら歩いてみて気づいたのだが、自分はしんどくなってくると歌がまず歌詞付きからハミングに落ちる。さらにしんどくなると歌わなくなる。つまり、歌によって自分の体調を知ることが出来る。実にいい発見をした。午後からはほとんど歌わなかった。やはり、ここにきて疲れが表れはじめたということなのだろうか。
昼前に着いた稚咲内という町は何か商店でもあるだろうかと思いドキドキしたが、農協の倉庫しかなかった。くあー、と叫んでボトルの水を飲み干した。ついに水が尽き、今日中に天塩に着かないとひどいことになる。ただ、自分の体はエネルギー効率がいいと思う。昔からヤセの大食いと言われてきたが、食べなくても結構動ける。ワカメご飯だけでも、午前中いっぱいは馬力がもった。
歩いていると、だいぶ先の方にビルの影のようなものが見えた。なんだありゃ、まさかあんな所にビルなんて立ってないだろうし、ま、まさか蜃気楼か?!と思い、写真を撮って歩を進めたら次第に影がばらけてきた。なんてことはない、風力発電機の群であった。
午後4時50分、天塩の街が見えてきた。嬉しい。昨日、抜海で立ち寄った商店を除けば稚内から70km、何もなかった。石ころを踏みつぶして歩く。そうすると、微妙に足ツボが刺激されるから気持ちいい。
街に入ると、まずコンビニに向かった。サイダーを一本購入し、店員にこの町の民宿情報などを聞く。都合よくコインランドリーを併設した民宿を教えてもらい、直接交渉へ。(この時、助かったのは自分の財布には手持ちの金がなく、銀行も閉まっていた中で、リュックの中に旅に出る直前まで働いていた職場のおばあちゃんから貰った餞別が入っていたことである)朝食付き一泊4000円とストーブ燃料代500円のところ、ストーブは使わないということで4000円にまけてもらった。ただ、風呂の湯を沸かしていないからシャワーしかないと言う。仕方なく、民宿から少し歩いて公共の温泉へ行くことにした。民宿のおばちゃんが風呂代を出してくれた。風呂がこんなに気持ちいいというのは、いつぶりだろう。帰り、コンビニで食料を調達。民宿に戻り、新銘柄のビール「キリン・ザ・ゴールド」を試飲。

天候
晴れのち曇り
気温
朝3℃ 昼10℃ 夜(9時)4℃
歩数
55829歩
累計140251歩
出費
宿泊代・・4000円
コインランドリー(洗濯・乾燥)・・600円
サイダー・・118円
コーヒー・・120円
足ツボマッサージ機・・100円
スナック菓子・・124円
レトルトさけ茶漬け・・278円
笹かま・・105円
ウイダーインゼリー×2・・408円
スポーツドリンク×2・・196円
リゲイン×2・・256円
カップラーメン×2・・300円
レトルトかに雑炊・・298円
ビール・・270円
飴・・168円
カロリーメイト×2・・204円
計7545円
累計8925円
食事
朝・・レトルトわかめご飯、レトルトお吸いもの
昼・・ハイチュウ
夕・・ビール、笹かま、スナック菓子
道中・・飴

4日目 天塩~遠別

20070410074250
朝6時50分、民宿のおばちゃんの「ご飯が出来ました」という声で目が覚める。寝ぼけながらも「はい」と言うと喉に違和感があり、なんだかヒリヒリする。どうやら風邪をひいたらしい。昨日からなんとなくそんな予兆はあったが、まだ風邪の卵といった感じで今日は民宿に泊まるし大丈夫だろうと思っていたら甘かった。参ったなあ、自分は喉からくる風邪は大抵長引く。栄養をつけるため朝食を山盛り食べた。ご飯は茶碗に5杯くらいおかわりした。しじみの味噌汁がうまい。宿の人に「おかわりいいですか?」と聞くと、「おいしかった?しじみがこの町の特産なんですよ」とそのダウンタウンの松ちゃん似の宿の人が言っていた。そういえば昨日、天塩の町に入った時に「天塩のしじみ」と書かれた看板があったのを思い出す。やはり民宿に泊まるとだいぶ違うのか、足腰の調子はよく回復している。朝食を済ませた後、鎮痛剤をリゲインで飲み込んだ。この方法は自分の経験上、風邪の初期段階にテキメンに効く。昨日まで履いていた靴下は旅を始める時におろしたばかりの物だった
が、穴が開いていたので捨てた。足の爪を切ってから新しい靴下を履いた。朝食後、色々と支度をしていたら9時を回ってしまった。もう行くか、と荷物をまとめて玄関に出るとおばちゃんが見送ってくれた。ついでなので、おばちゃんにこの先は町がどうなっているのかなど聞いていると、ついつい話が長引いてしまい気づけば10時を回っている。まあいいや、今日はのんびり進もう、民宿近くのコンビニで飲み物を買って出発した。
昨日、風呂に入った時に気づいたのだけど顔がいつの間にか日焼けしていて、鼻の頭などヒリヒリする。鏡で見ると顔全体が真っ赤になっている。この時期の紫外線は夏よりも強いと聞いたことがある。気をつけなければならない。ラジオをつけると、ジュディマリが流れだした。
「♪太陽が目覚めたら」
あれー、この曲はなんて言うんだっけな、オーバードライブだっけな、あっ、くじら12号だっ!一人得心して、ふくふくしてる。テクテクしてる。
歩道を歩いていると、時々クラクションを鳴らしていく車がある。はっ、としてそちらに視線を向けると運転手は手を挙げている。自分は軽く会釈などをして返す。この辺り、北海道の海沿いの町全てそうかもしれない、皆、旅人に優しい気がする。別に旅人にだけ優しいわけじゃないのだろうけど、特に旅人の扱いというか、対応が慣れている。コンビニなどで何かを聞いても、即座に丁寧に対応してくれる。昨日なども、コンビニに入ると女子高生だろうか、若い女の子の店員しかおらず、この子に聞いても民宿なんて分からないだろうな、と高をくくりながら聞いてみると、慣れた手つきで町のガイドマップを広げ丁寧に教えてくれた。「どうぞ、この地図お持ちになってください」とその地図までくれた。自分など、地元で「この辺りに宿泊施設はありますか?」と聞かれても簡単には答えられないだろう。天塩からは道路が少し内陸に入っている。国道232号線を遠別方面にひた歩いた。
天塩から12、3kmほど歩いただろうか。町を出て初めての自販機を発見し、そこで休憩をとることにした。飲み物はとにかく甘いものが飲みたくなる。ブログを確認しようと思って携帯電話を取り出すと圏外。午後、その休憩の後も足の調子は快調だった。また、歩き始めると麻痺するのか慣れるのか分からないが、段々痛みがひいてくる。肩だけが、リュックの重みで歩くごとに痛みが増していった。歌を聴きながら、歌を歌いながら歩いた。
今日はどこまで行こうか。地図を見る限り、遠別の町を過ぎるとしばらく町という町はない。次にあたる商店のあるような町は遠別から20kmほど先にある初山別という町のようだ。今日中にはそこへたどり着けそうにない。民宿で、遠別と初山別の間に温泉でもあるかと聞いたら、民宿のおばちゃんは「あさし温泉があるよ」と言っていた。あさし温泉てのはどこら辺だろう、地図で見てみると遠別と初山別の中間らへんを内陸へ入っていったところに旭温泉というのがあった。おばちゃんはたぶん、この温泉のことを言っていたのだろう。生粋の江戸っ子は「ひ」を「し」と発音するらしいが、北海道にもそういう人がたまにいる。何故かは知らない。温泉は山道を上っていくようでルートからは外れてしまう。
ラジオにて、ドクター中松氏が電話出演していて面白かった。中松氏曰く、あと16回都知事選に出馬するそうで、なんで16回かと言うと、その間に対立候補は死に絶えるだろうから最後まで生き残った自分が自動的に当選する、という考えらしい。144歳まで頑張るそうだ。フロッピーディスクを発明した人だし、知事になりそうな気がしてきました、とラジオパーソナリティーが受け答えていた。
遠別の町に入る頃、小雨が降りだした。実は自分は雨の中を歩く装備を持ちあわせていない。一時しのぎの簡単なレインポンチョはあるが、歩くためのものではない。町のコンビニに逃げこむと本を立ち読みした。しばらく様子を見ようと思ったのだ。30分ほどしてもあまり変わりない。カップラーメンを買ってその場で食べて、小雨に濡れながら先へ進むことにした。先へ進むと言っても、町を外れると国道沿いには初山別まで何もない、コンビニの店員もそう言っていた。遠別の町が終わる辺りに道の駅があると言うので、少し早いが今日はそこで休むことにした。小さなドライブインなどは、この時期北海道ではまだ営業していない。しかし、この道の駅ではレストランが営業していた。自分は、なるべくお金の節約のために外食はしないようにしようと旅前に心がけていたのだけど、駄目だった。というか、コンビニなどでレトルトを買って食べるなら、食堂を見つけ次第、そこで食べた方が手軽で栄養があるのでそっちの方がいい気がしてきたのだ。レストランではビールとタコ刺しを
頼んでしまった。これは完全なる自分の心の敗北である。風邪のこともあって、最後にカニ雑炊を食べた。もう、ほとんど治った気がする。
あと一つ、自分は大きな発見をした。これは今後、自分のように寝袋で北海道を回ろうとしている人は必聴の作戦である。北海道のバス停というのは、風雪を防ぐために戸が閉まる小屋様になっている所が多い。そして、そのほとんどが夜になるとバスの運行がなくなるので、これを使わない手はない。自分は今、道の駅の向かいにあるバス停の中で雨に打たれることもなく風に吹かれることもなく、ランタンの明かりを灯してこの日記を書いている。なんだかバス停が自分の城のようである。快眠できそうだ。

天候
曇りのち雨
気温
朝11℃ 昼12℃ 夜6℃
歩数
32302歩
累計172553歩
出費
ガラナエール・・108円
アンバサ・・120円
カップラーメン・・98円
カニ雑炊・・730円
タコ刺し・・650円
生ビール×2・・960円
ガム・・100円
計2766円
累計11691円
食事
朝・・民宿食
昼・・カロリーメイト(1本)、アンバサ
3時・・カップラーメン
夕・・カニ雑炊、タコ刺し、生ビール×2
道中・・ガラナエール、飴

5日目 遠別~羽幌

20070411081659
朝6時50分起床。と言っても、下はアスファルトなので正確には起アスファルト。よく覚えてないが、昨夜はなんだかバス停にトラックが突っ込んできて潰される、というような夢でうなされた気がする。国道沿いなので車の音が激しい。いつも目覚ましを7時にセットしているが、大抵それより早く目を覚ます。今日は風の音で目が覚めた。ドンドンドン。何の音?風の音。キャー。である。今の子供もこの遊びをするのだろうか。窓の外を見ると強い風雨。あちゃー、こりゃ今日いけんかな、と思った。しかし、だからと言って今日一日バス停の中で寝そべっているわけにもいかず、7時半にもなれば始発のバスが来てしまう。朝食を軽く済ませ、念のために鎮痛剤とリゲインも飲んで、7時40分に出発した。始発のバスはやり過ごした。国道232号線の一本道。地図を見る限り、留萌まで続くようだ。
出発してすぐ、道端に闘魂と書かれた碑があった。アントニオ猪木かな、と思い足を止めたが全く関係ないようである。碑には、その土地を開拓した先人を讃える趣の文が刻まれていた。自分はわずかながら、この旅に出る前に土木の仕事を経験したので分かるのだが、土地を切り開くということは容易なことではない。例えば一本の木を根っこから引き抜くにしても、チェンソーもユンボもない時代である。人力のみで行うということがどれほど大変なことだったか、まさに闘魂であったろうと思う。自分も少しでもいい、この開墾魂にあやかって旅を続けていきたい。碑にお辞儀をして先へ進んだ。
風は一向におさまらないのだけど、雨は降ったり止んだりを繰り返している。時々、霰のようにもなってレインポンチョをパラパラと打つ。このレインポンチョがいけない。元々、自分はこの旅において雨具の準備をしていなかった。周りからはレインコートは必須アイテムである、それも安物でなく少し値が張るくらいのものがいい、と言われていたが用意しなかった。レインコートはかさばるため、リュックの容量を考慮してのことだったのだ。雨が降ったら休めばいいや、と思っていたのである。ところが、やはり不安になった自分は急拵えで100円ショップにてこのレインポンチョを購入した。それはよかったのだが、どうあがいても100円である。ボタンは締まらないし、その締まらぬボタンを無理に締めようとしたら破けた。もう始めからボロボロである。だが仕方ない、ボロボロでも着ないよりはマシ。くたびれたスナフキンみたいな男が雨の中を行く。
ラジオでは、大気が不安定だと言っている。確かにさっきまで強く雨が降っていたと思っていたら、急に雲間から太陽が覗いたりしている。リュック用のレインコートも出し入れを繰り返した。まだ午前中だったろうか、自分の歩く先にあったバスの停留所に白いバンが停まって、中からオレンジ色のつなぎを着た大柄な男が降りてきた。どうしたことだろう、ヒッチハイクのつもりで停まってくれたにしてはバカ丁寧だし、それとも自分に無関係の用事だろうか、考えながら歩いていると男はじっとこちらを見ている。近くまで歩いた時、サッと手を出してきた。その手の方を見ると、缶コーヒーが握られている。
「はい、あったかいよ」
「え?あ、すいません」
「どこまで行くの」
「・・えっと、とりあえず函館までです。・・で、その後青森渡って沖縄まで行こうと思ってて・・」
「ずっと歩いてるんだ」
「そうです」
「俺も昔、あっ俺、今こっち住んでるんだけど、鹿児島から帰ってきたことがあるんだよ」
「えっ、何で帰ってきたんですか?」
「歩き、歩き」
「へー!どのくらいかかりました?」
「あー、俺の場合、東京で働いたりしてたかんね。でも、そんな、3ヶ月くらいかな」
「3ヶ月っすか」
「どのくらいまわるつもりなの?」
「僕は、あの、沖縄行った後また宗谷まで帰ってこようと思って。宗谷から来てんすよ。・・日本一周しようと思って。でも冬の間が、」
「死ぬわな」
「そうなんすよねー。だから、冬の間だけはバイトしよっかなって」
「そっかぁ。俺、これから留萌行くとこなんだけど乗ってく?」
「いや、歩いて行こうと思ってるんで大丈夫です」
「そっか、いや、こういうの助かるっしょ?俺も助かったもん」
「助かります、ありがとうございました」
「なんで、なんで。したら気をつけてね」
「はい、どうもです」
いいなあ。実にいい。あの人は誰かにこうやって助けられたことがあり、自分は今そうやって助けられた。この旅を終えた後、今の自分の様な人間を町で見かけたら、自分は今回のようにホットコーヒーを持っていこう。暑い日だったらキンキンに冷えたやつを持っていこう。こうやって恩返しを重ね、人が人を思いやるいい力が、いいパワーが、世界を駆け巡ればどんなに素敵なことだろう。引き合いに出して悪いが、地蔵の供え物の話も結句こういうことである。
昼過ぎ、初山別到着。ここで昼食に食堂のラーメン大盛りを食べて、町の信金にて3万引き出し。ここから羽幌の街もまた20kmほどあるという。羽幌まで行けるだろうか、まあ行けなくともバス停はどこにでもある。バス停の存在に気づいてから心に余裕が出来た気がする。
天候のせいか、海の波が高い。もう少し高くなれば、かぶってしまいそうな道もあった。地元埼玉を出てくる時、桜は満開で春だなあと思っていた。だが北海道にはまだ完全に春は来ていない。山にも川にもまだだいぶ雪が残っている。いや、北海道の春なんてそんなもんだよ、と言われるかもしれないが、自分にとってはまだ冬の景色である。こいつらは違うのだろうか、春って分かってるのだろうか、道路上に雨を求めて無数の糸ミミズが踊っていた。
歩きにも余裕が出てきた。長い距離を歩き通しても疲れなくなってきた。事実、今日の休憩という休憩は昼食の時だけであった。ただ、休憩のあと歩き始めるとしばらく足が痛い。ラジオで坂本冬美の夜桜お七が流れたので、チャラララーン、スッタッタッタッてふざけて走った。それだけ余裕が出てきた。ただ、何故なんだろう、別に腹は減っていないはずなのに道端に落っこちていた木っぱがバームクーヘンに見えた。おかしいなあ。甘いものが食べたいからかな。
羽幌の街までもう少しの所で雨が強くなってきた。とりあえず、近くのバス停に避難する。5時も過ぎたし、もうこのままこのバス停で寝てしまおうかと思ったが、ベンチの上にあった昔の芸能アサヒを読んでいたら雨が止んだ。日没が近かったが、濡れている服を少しでも乾かしたいのと(歩けば自然に乾いてくる)、羽幌の街で缶ビール飲みたさに歩くことにした。日没後はなるべく歩かないように気をつけている。暗くなると外灯は少ないし、例えば行き倒れても朝まで気づいてもらえないかもしれない。一番怖いのは車で、北海道の車はみなレースをしているようにビュンビュンとばしていく。夜道なんか歩いていたらスッダーーンと後ろからどつかれるかも知れない。
結局、日没を迎えてしまったが何とか羽幌の街にたどり着いた。コンビニで買い物をする。(ちなみに北海道のコンビニはセイコーマートが多く、小さな町などの拠点拠点を押さえているのはまずセイコーマートである。この地元に根付いた感じの営業が自分は好きだ。ありがとう、セイコーマート)節約のために第三のビールというやつを飲む。さっきからバス停の中にいるが、街中だからか時々外を自転車や歩行者が通る。「うわっ、今中に誰か人がいたよっ!」という声が聞こえる。

天候
雨時々雪、霰
気温
朝8℃ 昼8℃ 夕5℃
歩数
56856歩
累計229409歩
出費
ラーメン(大盛り)・・700円
チキンカツ入りカレー焼きそば・・278円
缶ビール・・190円
コーラ・・88円
ボールペン・・105円
計1361円
累計13052円
食事
朝・・ウイダーインゼリー、(鎮痛剤、リゲイン)
昼・・ラーメン(大盛り)
夕・・チキンカツ入りカレー焼きそば、缶ビール
道中・・カロリーメイト、飴

※コメントを下さる皆様へ
ありがとうございます。皆様がこのブログを通して自分の旅を知り、それを応援してくれることを深く感謝します。おこがましくもこのブログを日々の生活の楽しみにして頂けたら幸いです。基本的にコメントへの返信は控えさせて頂きますが、何か質問等あれば出来る限り答えていきますのでよろしくお願いします。

6日目 羽幌~小平

20070412075630
7時起床。携帯電話の目覚ましで起きた。今日の天気はどうじゃろな、よっと、窓から外を見てみると雲は多いが晴れている。頭が痒い。今日はどこか温泉に入りたいな、と思う。それにしてもジャージを持ってきて正解だった。昨日の夜、雨に濡れて乾ききらなかったズボンは脱いで、ジャージで寝た。とっても快適。朝、ジャージからズボンに着替えると、まだ少し湿っていてヒンヤリと冷たい。サッと穿いて、準備を始めた。
バス停の2軒隣にあったコンビニで日替わり弁当とコーラを買って朝食にした。コンビニの前で弁当を食べながら店前のコンセントで携帯電話の充電をさせてもらっていると、あることに気がついた。というのは、皆、車のエンジンをかけっぱなしにしたまま、コンビニに入っていくのである。それの何がおかしいんだ、という人はきっと平和な地域に住んでいるのだと思う。自分の地元では考えられない。昔はよく見た光景だが、今、車のエンジンをかけたまま店内へ入っていく人はほとんどいない。それだけ防犯意識が高まったのだと思う。それとも、アイドリングストップってやつだろうか。何にせよ、なんだかのどかな印象を受けた。突然、声をかけられ顔を上げると、おじさんが「昨日、見たんだよ。どこ行くの?」と言うので「とりあえず函館に向かってます。ぐるっと海岸線で」と答えた。
午前8時20分、出発。段々と雲が多くなってきた空から粉雪が舞い始めた。雨じゃないだけマシである。雨はすぐ服を濡らして体温を奪うので嫌だ。自分はレミオロメンの粉雪をサビだけ歌いながら歩いた。何度も何度も繰り返して。
「こなぁぁゆきぃぃ~」
北海道は全ての市町村に町章みたいなものとは別にカントリーサインという独自のマークがある。町の入り口となる道路際などに設置されていて、これを見ると新しい町に入るという喜びが湧いてくる。海の方を見ると、昨日よりは波が低かった。雪も段々弱まってきた気がする。10時半、苫前町を通過。コンビニであんぱんとスポーツドリンクを買って食べた。ここからは一気に今日の目標地点まで歩くつもりだった。
正午、どうも足の調子が悪い。昨日の疲れが抜けきっていないというか、むくんでいる感じがして、若干の痺れもある。通りがかったトイレ付きの大きなバス停にて一旦休憩することにした。ベンチに腰掛けて休んでいると室内の壁、あちらこちらに落書きがされているのが目に入った。その内容はここで語るほどでない。どこの公衆便所にでも書かれているような内容である。しかし、よくここまで皆書くことが揃うものだ。男が書いたと思われるものは、ほとんど下ネタ。女が書いたと思われるものは、ほとんど恋愛のことである。今思えば、自分も思春期の頃の頭の中なんて、こんなものだったかも知れない。いや、下手したら今でもそうかもしれない。そういえば、ついこの前、地元の鉄道の駅の待合室に落書きした。わざわざ文房具屋にペンまで買いに行って友達と落書きした。そうだ、そうだ、そうでした。自分も同じだった。けれど、中には大衆の心中を代弁するかのような痛快な落書きもあり、例えば「古丹別何もなさすぎ〓もっといろいろたてて!」とかは良かった。この辺りの
バス停は、どこにでも貸し傘が置かれているのだけれど、こういうのもすごくいいなあと思う。
休憩後。結局、足の調子は良くならない。特に左足が不調で、地面をずるようにして歩く。それから1時間ほど歩いたが、またバス停で休憩することにしてしまった。もしかしたら、この荷物を減らせば少しは楽になるかもしれないとリュックの中の食料を飲み食いするが、たいして減らない。自分は、いざとなったら困るのは食料であると踏んで、食料を大量に買い込んだ。それが裏目に出てしまった。梅がゆなどは一袋250gで5袋もあるから、それだけで軽く1kgオーバーの上にリュックの中でかさばっている。しばらくは少し時間をかけて、こういったかさばる食料を処理していこうと思う。やはり荷物は軽い方がいい。今日、失敗だったのがそんな理由で処理しようと思ったコーラであった。保存用でリュックの中に入れておいた500mlペットボトルのコーラを飲んでしまおうと思って開けたら爆発した。忘れていたが、リュックの中でずっと揺られていたのである。手がベトベトになってしまった。歩きだすと波風に乗って流れてくるにおいがある。海には潮のにおいというも
のがあるけど、漁港は特にそのにおいが強い。海沿いの国道を歩いてると、ぷうんとにおいが漂ってきたりして、あのにおいを嗅ぐと港町に来たなという感慨がある。
今日もまた人から飲み物を頂いた。ホントに優しい人が多い。乗っていくかい、と言ってくれる車の運転手も多く、今日など郵便局の車まで止まってくれた。自分は正直、この旅に出る前から、道端で急に横に止まった車に「オメエみてえなの見てると胃がムカムカすんだよっ!ペッ」と唾を吐きかけられるくらいの覚悟でいた。何故かというと、自分は旅に出るということが好き勝手で自己中心的な行動だという意識があったからで、これはこの旅に出る前に数人の友達とも話しあったのだけど、自分など人から応援されるような立場の人間ではないと思うのだ。地元で真面目に仕事をしている人間の方がよっぽど応援されるべきである。はじめにも書いたが、自分は見てくれのいいホームレスであり、半分ニートなのだ。自分の中にある自信というのは、上に挙げたような唾を吐きかける人間に対して石を投げつけてでも自分の夢は完遂させる、というような強行の自信であって、こう人に優しくされると拍子抜けしないでもない。こうやって見知らぬ人々に温かくされるというのは素直に嬉し
いが。
夕方、小平の町に着くとローソンへ立ち寄った。ここが最北のローソンだという。店員さんと仲良くなって、カップラーメンを作りながら話をして、色々な情報も頂いた。外に出てカップラーメンを食べている間も店内で自分の旅の話が盛り上がっていたらしく、買い物を終えたおばあちゃんが出てきて自分のことをじっと見つめ、「そういう風に食べながら回ってるんだ?」と言うので、笑ってしまった。小平の町に蛸専門店というものがあり、強く興味をひかれた自分は見学に行き、パンフレットをもらってきた。その他にも、うに種苗生産工場やニシン番屋跡など面白そうな施設が多い。
なんとか目標であった小平の道の駅を通り越し、バス停へ。結局、今日も風呂には入れずじまいだった。何故、今日は足の調子が悪かったのか考えるに、昨日足のケアマッサージを怠ったからだと結論づけ、今夜は入念にしておいた。やはり、足のケアは大事かも知れない。潮騒をBGMに眠。

天候
雪のち曇り
気温
朝4℃ 昼11℃ 夜5℃歩数
47355歩
累計276764歩
出費
日替わりハンバーグ弁当・・398円
コーラ・・78円
スポーツドリンク・・78円
こしあんぱん・・88円
ウイダーインゼリー×2・・408円
どでかばー(チョコ菓子)・・50円
缶発泡酒・・211円
チーズかまぼこ・・148円
カステーラ×2・・148円
カップラーメン・・198円
つまみかまぼこ・・105円
つまみタコ足×3・・730円
計2640円
累計15692円
食事
朝・・日替わりハンバーグ弁当、コーラ
10時・・こしあんぱん、スポーツドリンク
昼・・レトルト梅がゆ、カップラーメン、レトルトお吸いもの
夕・・カップラーメン、缶発泡酒、たこ皮ジャーキー、どでかばー
道中・・コーラ、飴

7日目 小平~留萌

20070413072825
朝7時13分、起床。7時の目覚ましで起きれず二度寝をした。今日は出来れば増毛の町まで行ってしまいたい。増毛からは山際を通るトンネルの多い国道なので、一気に抜けてしまいたいのだ。朝食にレトルトの梅がゆ(冷えたまま食べたのでおいしくない)、カステーラと緑茶。8時に出発した時、空は曇っていたが30分くらいして晴れだした。今日は海も穏やかである。そういえば昨日、ローソンの店員が「今年は北海道も暖冬なんですよねぇ。いつもならまだ雪がもっと残ってるんだけど」と言っていた。ラッキークッキー洗濯機である。北海道も暖冬でホント良かった。昨日、不調だった足の調子も今日は歩いている内に調子が上向いてきた。これなら増毛に行けそうだ。
小平のバス停から歩いていると、左手に大きな看板があった。見ると、「ゆったりかん 日帰り入浴500円 10:30~ 5km先」とある。入るっきゃない、と思った。もう3日風呂に入っていない。昨日、親父から電話があり、代わった母が「身だしなみはしっかりしなさいよ」と言っていた。これはつまり、旅の恥はかき捨てなんてうそぶいてボサボサの頭などでフラフラ歩いたりしていたのでは人間の品性っちゅうか、尊厳っちゅうか、そういう大事なものを失っていくからで、人間堕落するのは簡単だけど、這上がるのはとってもムズイ、堕落せぬようにまず身だしなみよ、と母は言っていたのでそれは理解できる。でも、風呂屋がなかったのだ、ここ3日間くらい。やっと見つけた風呂屋である。だから、入るっきゃないと思った。
「10時半か、今9時20分だから5km歩いてる内に丁度いい時間になるな。」考えて向かった。途中、海沿いから内陸に向かって山の方にカーブした国道にトンネルがあった。この旅で初めてのトンネルだ。中に入るとヒンヤリとしてオレンジ色の蛍光灯だけがずっと先まで等間隔に光っている。まだ新しいのか、歩道のコンクリートはスリップ防止の波線が入ったキレイなものである。歩いていると、なんともいえない不思議な感覚になってきた。ディズニーランドのアトラクションにスペースマウンテンというジェットコースターがあるが、あれに乗った時のような、四次元を漂ってんじゃないか、というような気分になってきたのである。こういうのトリップって言うんだろうか。皆さんもそういう経験ないだろうか。トンネルって何だかそのまま異次元に繋がっていそうな迫力がある。意識を保つために、うつむいて自分の足下1m先くらいを見つめて歩くことに集中した。車の音がやけに響く。トラックなんかが通るとゴォォォという轟音が遠くの方からこだまする。ところが、車の
流れが途切れると替わって自分の足音とリュックが軋む音が響いた。トンネルの出口の所にあった看板によると全長830mとのこと。トンネルを出ると、すぐにゆったりかんはあった。
このゆったりかんでやってしまった。何をやってしまったかというと、風呂上がりについでだから昼食もとっていこうと入ったレストランで6350円も飲み食いしてしまったのである。なんでそんなに使ったかというと、この町の特産に問題がある。この町の特産はタコなのだ。前にも書いたが自分はタコに目がない。ところがこのレストランのメニューときたら、タコづくし、タコ天国なのである。自分は以下のタコメニューを注文した。
・小平産たこ刺し
・タコマリネ
・タコのバター炒め
・ピリ辛タコネーズ
これ以外にもタコメニューはあったのだが、この4品を厳選して食べた。味は、というとイマイチであった。確かにタコが名産なのだろうけど、タコを料理に活かしきれていない。例えばタコのバター炒め。これはタコ刺しをただバターとコショウで炒めて、レタスの上にのせてあるだけだった。もう少し工夫が欲しいところである。地元行田のタコに全くゆかりのない居酒屋「かもん」の生たこ刺しの方がうまい。この中で一番おいしかったのはピリ辛タコネーズ。注文する際に店員に「ピリ辛タコネーズって、どんな料理ですか?」と聞くと、店員は「よく分からないんですけど、結構出てますよ。」などとふざけたことを言う。「え、マヨネーズ?」と聞くと、「あ、ちょっと待って下さい」と厨房に聞きにいってくれた。要するに、タコの唐辛子マヨネーズ和えであった。
ただ、タコ料理だけ食べているというわけにいかず生ビールも調子に乗って6杯飲んでしまった。最後にザンギとカツ丼まで食べてしまった。(ザンギ=鶏唐揚げの北海道名)そんなわけで6350円。酔いもベロベロまでいかないがヘロヘロである。また、時間が3時でもある。急いては事を仕損ずるとも言うし、増毛に行くのは明日にして今日は留萌まで行くことにした。ゆったりかんの体重計で荷物の重さを計ってみたら20kgあった。体重は62kgで2kg減っていた。身長は測れなかったが、なんだか縮んでそうだ。
昨日あたりからラジオの調子が悪い。電池かな、と思い電池を交換してみたが直らない。イヤホンをはずすとスピーカーからの音は正常なのでイヤホンが悪いのかもしれない。小樽にでも着いたら、いいのを買おう。国道232号線を右折して国道231号線へ。留萌は稚内と同じくらいの大きな街だった。その街中を通って、はずれのバス停へ。途中、どのあたりだったろう、平和ボケした犬がいた。自分の姿を認めるや、すっごく眠たそうな目で起き上がって後ずさりした。セリフをつけるなら「お、お、お、なんだこいつ」。
にしても、北海道は花粉症がないからいいっ!目、鼻の調子がバッチリだ。夜はとにかく星がきれいだし。

天候
晴れ
気温
朝4℃ 昼12℃ 夕4℃
歩数
39428歩
累計316192歩
出費
日帰り入浴券・・500円
マッサージ機・・100円
昼食代(たこ刺し560円、タコマリネ350円、タコのバター炒め680円、ピリ辛タコネーズ600円、ザンギ400円、カツ丼760円+生ビール500円×6)・・6350円
板チョコ・・105円
ガム・・105円
飴・・156円
アイス×2・・208円
缶ビール・・258円
計7783円
累計23475円
食事
朝・・レトルト梅がゆ、カステーラ、緑茶
昼・・レストラン食(上記)
夕・・缶ビール、タコ足スライス
道中・・アイス×2、飴、緑茶、水

8日目 留萌~増毛

20070415132626
朝6時50分起床。7時35分に始発のバスが来るので、それまでに準備を済ませ7時半に出発。ただ、歩いているのもなんだかな、どうせ歩くなら肩にカラスでも乗せて歩きたいなあ、さっきからカラスがやけに多いし、などと考えながら歩いていると、また人から飲み物を頂いた。珍しかったのは、その飲み物をくれた人がおばちゃんだったことで、今まで自分に「車、乗るか?」とか「これ、やるよ」と声をかけてくれた人というのは皆、男性だった。で、そのおばちゃんと少し話をしているとおばちゃんはこう言ったんだ。「私の息子もさ、歩いて旅してたことがあったから」
今日は足の調子がとても不調だ。どこまで行けるだろう?増毛から先はトンネル続きで暫く先まで町がない。かといって、増毛は留萌から15kmも離れていない。移動距離としては短すぎる。うーん、なんて悩んでいると、対向車線を走っていた白いワゴン車がUターンして自分が歩いている歩道に進入してきた。自分のすぐ脇に止まった車の運転手はこう言った。
「どこまで行くの?」
「あ、函館の方です」
「増毛まで乗ってくかい?」
「いえ、歩いてるんで大丈夫です。ありがとうございます。」
「いやいや、根性あんな。じゃあさ、このままこの道をまっすぐ行くと増毛の町に入る前に、道が二つに別れてんだ」
「はい」
「そこ右に曲がると、ずっと海岸線を走れる道があるからよ」
「右ですか」
「うん、そこ行くとバンガローが4つあるから、そこ良かったら泊まっていいよ」
「えっ?バンガローですか」
「ボートもあるからさ」
「へー!」
「俺、今日はそこに一日いるからさ、よかったら来なよ」
「あ、はい!じゃあ泊まるか分かんないんですけど見学させてもらいに行きます」
「うん、頑張って!」
「ありがとうございました」
ということがあり、自分はそこへ向かった。言われた通り二つに別れた道を右に曲がりながら、バンガローってナンダローって考えていた。テントみたいなやつだろうか。ドレダロー、ドレダローって探していると、たくさんのボートが置かれた家が目に入った。さっきの運転手のおじちゃんが「おー!」と言って手を挙げている。そこはボート屋さんであった。おじちゃんに缶コーヒーをご馳走になり話をする。そのおじちゃんも昔から旅好きだそうで、様々なことを教えてもらった。ホタテ漁の話とかトンネルの落盤は午前中に起きやすいとか(水分が凍って岩に裂目が入り、その氷が午前中に溶けてくるため)、この町の歴史や近くの冬山で遭難があったこと、冬の北海道は絶対歩くな(吹雪でも車はとばすから歩行者は危険)という話。中でも印象的だった言葉が「今の若い人はバイクもボートも歩き旅もほとんどやらんもんなあ」というセリフだった。確かに友達にボートを持っている人はいない。バイクに乗っている人もあまりいない。歩き旅もおじちゃんによると「60くらいの人は
たまに歩いてるけど、若い人は珍しい」とのこと。「ボートやめて、ゲームの仕事始めようかな」と言っていた。おじちゃんに、増毛町で旅人がよく足を運ぶという喫茶店を教えてもらい、午後、その店へ。途中、漁港の方を見やると自分と同じくらいの歳の女性がゴムの前掛けをつけて漁船の上で作業をしていた。海の水は底が見える程に透明だった。旅に発つ前、札幌の居酒屋で友達がギター片手に歌ってくれた、さだまさしの「風に立つライオン」を思い出した。生きることに思い上がりたくはない、とはどういうことなんだろう。
旅人が情報を求めて集まる店「ルイーダの酒場」はドラクエ3だったが、その喫茶店は増毛館という宿の隣にあった。中へ入って情報を聞こうと思ったんだけど、うまく聞き出せずにビールをちびちび飲んで帰ろうとした時、店のママに「今日はどこまで?」と声をかけられた。少しホッとして「あっちの方に出来るだけ進もうと思ってるんですけど・・」と答えると、そこから話が弾み、気づけば増毛館に一泊することになっていた。増毛館もこのママ夫婦が経営している。自分が増毛の町に滞在しようと思ったのは
・明日、丸一日でトンネルを抜け浜益の町まで行きたかった
・情報によると、増毛と浜益の間にはほとんど商店などない
・足があまりに不調で、町の整体医院にかかりたかった
・リュックの中の荷物を整理して要らないものを実家に送りたかった
といった理由が重なったからで、この後、整体に行って足もだいぶ軽くなり、増毛館で段ボール箱をもらい6kgの荷物の減量にも成功した。それをコンビニに出しに行く際、ATMでお金も引き出した。整体では自分が旅をしていることを話すと入念にやってくれた。
夕飯は近くの居酒屋にでも行こうと思い、ママに居酒屋情報を聞くとオススメがあるという。そこは外見は全くの民家だが、中に入ると確かに居酒屋だった。増毛館のママの旦那さんは一休さんと呼ばれていて、一休さんとママと子供二人が一緒に、そして自分と後からきたお客さんと居酒屋のママ、それに居酒屋の柴犬ラスティーの合わせて8・・なんて言うんだろう、人じゃないしな、とにかく合わせて8で本当に楽しいお酒を飲んだ。みんなが和気あいあいとしていた。自分はお客さんにビールを一杯おごってもらって、居酒屋のママに湿布をもらって、旅の話やジブリの話をした。一休さんは、以前自転車で日本一周をされたことのある方で参考になる話をたくさん聞けたし、日本一周したらもう一度増毛に、この居酒屋に来なよと皆が言ってくれた。自分と一休さんだけが最後まで店に残っていたが、一休さんがギターも弾くそうで宿に帰って演奏を聴かせてもらうことにした。すると、居酒屋のママも演奏を聴きたいと言い、店を閉めてから3人でハイヤーにて増毛館へ向かったのだっ
た。ママはだいぶサービスしてくれたようだ。また、この時ママは自分にスルメも2枚持たせてくれた。
増毛館にて、一休さんのミニライブ。演出がすごく凝っている。居酒屋ママのおごりでワインとビールを飲みながら演奏を聴いた。一休さんは、じゃあ2曲だけ、と言い喜納昌一の「花」と、なんと「風に立つライオン」を演ってくれた。自分がリクエストしたのではない。こういう偶然ってあるんだな。居酒屋のママは「能登に着いたら絵葉書をちょうだい」と言って、自分に千円を渡した。能登の海が見てみたいのだと言う。千円も要らないと言ったが、いいのいいの、と言うのでありがたく頂いた。最終的に一休さんの伴奏で自分も海援隊の「贈る言葉」などを歌い、宴は解散へ。「海の絵葉書よ~」と言いながら居酒屋ママはハイヤーに乗って帰っていった。その後、一休さんとサシで話していたが午前3時半にバタンQ太郎。バ・ク・ス・イ。

天候
晴れ
気温
朝10℃ 昼15℃ 夜(忘)宿部屋の室温は夕14℃。
歩数
31502歩
累計347694歩
出費
カップラーメン・・187円
チョコ菓子・・130円
宅急便代・・1480円
整体料・・4000円
宿泊料(朝食付き)・・3800円
居酒屋・・2700円
計12297円
累計35772円
食事
朝・・レトルト梅がゆ
10時・・カステーラ、爽健美茶
昼・・カップラーメン、チョコ菓子
3時・・瓶ビール、お通し
夕~深夜・・毛ガニ、イカうに和え、焼き魚(カレイ)、タコ刺し、ジンギスカン、ホタテ(しぐれ煮?)、太巻き、豆、クラッカー、生ビール×5、ワイン、瓶ビール
道中・・飴

9日目 増毛~浜益

20070415140302
朝7時半、起床。前日に朝食を7時半に頼んであったので、起きてすぐに頂いた。顔を洗って歯をみがいて、準備を整えてから「さあ、行くか」とリュックを持つと驚く程に軽い。昨日、思いきって荷物を減らしてよかった。8時40分、今日は一日ひたすら歩くことになるだろう、覚悟して出発すると宿から一つ目の信号の所まで子供達が見送りにきてくれた。「また来てね~」と手を振って。
増毛の町から少し行くと、早速、昨日話に聞いていた峠道にさしかかった。少し勾配のある上り坂が続く。その坂をフッフッと上っている時に、突然うしろから「頑張れー!」という声が聞こえた。振り返ると、一休さんが郵便局の車の助手席に乗り、手を振り出している。一休さんは郵便局でバイトもしているようで、これから仕事で浜益方面に向かうようだった。自分が手を振り返したのも一瞬で、車は峠道を上って行きすぐに見えなくなった。また一人になり、静かな山道を上ってゆく。その坂の中腹で一つ目のトンネルが見えてきた。ああ、もう少しで、トンネルだ、と少し息をきらせながら歩いていると、今度はけたたましいサイレン音。なんだよ、なんだよって周りを見てみると、10mほど前に立つ柱に取りつけられたスピーカーからである。なんだ、このスピーカーは、と最初疑問に思った。山火事かな、と思ったんだけど、止まっては鳴り、止まっては鳴りを繰り返している。はて、なんのためのサイレンなんだろう?考えていると一つのことに気がついた。サイレンがなると同
時に、車がそのスピーカーの下を走り抜けていくのである。しかし、サイレンが鳴らない時もある。そこで自分が思ったのは、これはスピード出しすぎ警報ではないかな、ということだ。以前、どこかで見たことがあるが、スピードを出しすぎている車がセンサーにかかると、その100m先にある電光掲示板などに「速度超過!」と出る。しかも、センサーと電光掲示板には時間差があって、車が近づいてきたちょうどよいタイミングを見計らって出る。恐らく、それのサイレン版ではなかろうか。まあ、でも自分にそれを確かめている時間などない。解決半ばにして、先へ進むことにした。
トンネルは、はっきり言って怖い。あまり歩行者のことを考えて造られていないからだ。だから、その逆にトンネルの中を人が歩いていると車の運転手もギョッとするのだろう、自分に近づいてくる車がスピードを落として大袈裟に避けていったりした。何よりも怖いのがトンネルそのもの自体である。天井、壁にいくつも大きなひびがあり、所々、水や砂が漏れ出している。この辺りは落盤事故の名所で、実際に歩いていると土砂で潰れてしまったトンネルの脇に新しいトンネルを作って、道路を引き直してある箇所もある。こういうのに比べると幽霊が出るトンネルなんてたいしたことないんじゃないか、とも思う。
昨日、ボート屋のおじちゃんに面白いことを聞いていた。何個目かのトンネルをくぐった先に崖の下を見ると学校があるのだという。もちろん、その校舎は今は使われていないんだけど、入り口には熊避けの金網がついていたりして、昔その辺りに住んでいたアイヌ民族の学校なんだそうだ。「それが山の崖下にあって、よくこんなとこで勉強したなって思うよ」とおじちゃんは言っていた。その校舎を探しながら、しばらく歩いた。すると、確かにあったんだ。海と山に挟まれたほんの僅かなスペースにあった。うっわぁ、と言う以外に言葉がない。道路から下りて行って見てみたいが、下りられる場所じゃない。ホントに自然の中にポツンと建物だけあった。木造平屋で見た目はまだきれいだった。
午後、昼休みを兼ねて30分だけ休み、歩き出した。歩道を歩いているのだが、所々道が狭まり歩道がなくなる。その際に歩道の縁石から車道に下りるのだけど、足が痛くてこれが辛い。高々20cmくらいである。よく老人が一々よっこいしょと一呼吸置いて動作しているが、あの気持ちがすごくよく分かった。一つ、年寄りをいたわれるようになった気がする。自分は「あー痛くない痛くない、痛くなくて困っちゃうな、早く痛くなんねーかなー」と独り言を言いながら歩いた。おまじないって結構効く。
そして、ついに石狩市に入った。知らなかったのだが、浜益とは石狩市浜益区であるらしい。石狩とは自分の中で一つの目標だったので、これは嬉しかった。あまり嬉しかったので、石狩市の看板と並んで記念撮影をした。それにしても、こんな海沿いの一本道をどこまでいってもテトラポッドがあるが、あれ、どうやって入れてるんだろう。まさか、ダンプでガラガラやるわけじゃないだろうし、クレーンで一つ一つ吊っているんだろうか。大変そうだ。でも、もしかしたら素人が思うより簡単にやっているのかもしれない、職人ってそんなもんだとボンヤリ思いながら小雨になった道をとにかく歩いた。
自分は、なるべくこの旅を早く進めようと思っていた。ただ歩くことが目的だったから、あまりよそ見をせずに歩き続けた。ところが、昨日はあまり移動をせずに少し町中を見て回り、町の人とも話をして仲良くなった。歩くだけでなく、こういう観光も時々おりまぜていくと旅はどんどん楽しくなるのかもしれない。昨日、増毛館のママが「多分、この先歩いてるとどこかでゴールデンウィークだけ働かないって声かけられると思うよ。これから忙しいから」と言っていたが、そうなったらそうなったで自分は旅の資金を稼ごうと思う。時々ウサギ、時々カメになって旅をすることに決めた。
山道を歩いていると、野生の鹿の群れに出会った。軽く10頭はいる。自分の存在に驚いて、少し走って逃げた所でこちらの様子を窺っている。鹿刺しってうまいんだよなあ。自分が今まで食べたうまい物の中で3本の指に入る。猟師がいれば今日自分は鹿刺しが食えるのになあ、と思いながら鹿をツッツッツッと呼んでみたが来なかった。やはりよこしまな考えは動物には分かってしまうのだろうか。今回は鹿だったが、熊には絶対会いたくない。立場逆転である上に、熊は自分ほど甘くはないだろう。
そういえば、日本一周って人によってそれぞれルールがあるみたい。昨日、一休さんから聞いた話だ。例えば、県庁所在地を全て回って日本一周になると考える人もいるらしい。だから日本一周を達成した人達が集まると各々によって言い分が違う。でも、やはりルールなどないのだから自分が達成したと思えば、それで達成なんだ、と一休さんは言っていた。その通りだと思う。日本一周なんてのは自己満足で、元々が旅をする人ってのは自由にやろうと思っているのだから、そこにあれこれルールを作っても堅苦しくなるだけ。どんなに完全な作戦をたてても、やっつけ仕事のようになったのでは本末転倒なのである。自分は自分の旅を行きやすぜ。キャラは・・、そうだな、うっかりはちべえとかがいいな。新しい町に入るたび、鰻の煙につられて「うわぁ、いい匂い!」とか言いたい。夢、叶うだろうか。
「着いたっ。やっと着いた!」午後6時10分、浜益着。今日もバス停にて眠。

天候
曇りのち雨
気温
朝10℃(室内) 昼8℃ 夕4℃
歩数
61524歩
累計409218歩
出費
コーラ・・120円
パン・・189円
チョコボール・・63円
カップラーメン・・173円
缶発泡酒・・211円
計756円
累計36528円
食事
朝・・宿食(ご飯、味噌汁、おかず)
昼・・カロリーメイト
夕・・カップラーメン、缶発泡酒、スルメ、チョコボール
道中・・コーラ、飴

10日目 浜益滞在

20070415211901
トイレ付きのバス停に寝たので、早朝から自分の横を通りトイレに行く人の足音で目が覚めた。時計を見ると午前5時半。自分もトイレにたってから、朝食に昨日買っておいたパンを食べた。バス停の時刻表を見て目を疑う。このバス停に停まる路線バスの便数、聞いて驚くなかれ。2便である。しかも一方向に2便ではない。上りと下りで1便ずつである。つまり、チャンスは一日一回。最小限だ。しかし、世の中は広い。もしかしたら世界には一年に一回しかバスがやってこないバス停もあるかもしれない。
今日は午前5時40分から午後2時半までブログの管理をしていた。本当であれば予定通りに歩を進めたかったのだが、自分の怠惰でブログの更新が遅れてしまっていたので仕方ない。遅れを取り戻すべく半日ずっとバス停の中で携帯電話とにらめっこをしていたら、何人ものトイレ利用者がやってきて、何度も驚かせてしまった。そりゃそうである。誰もいないと思ってやって来たバス停の中に寝袋にくるまった男がまるでそこで暮らしているようなのである。一応「すいません」と謝るのだが、中には「あの、トイレ使ってもいいでしょうか?」と自分に聞いてくる人もあり恐縮してしまった。
移動を開始したのは、午後2時半過ぎだった。移動と言っても、浜益の町を過ぎたらまたトンネル続きだから、そう先へ進めるわけではない。町がなくなるギリギリの所まで数km詰めるだけだ。浜益には海水浴や釣りの出来る海浜公園があり、その公園の前の通り、これが今自分の歩いている国道231号線になるのだけど、この通りには飲食店や土産物屋、コンビニ、商店が並んでいて結構賑やかである。今日は休日の晴天ということもあってか、客も多い。しかし、この通りに掲げられたのぼり、看板が自分には目の毒であった。浜ラーメン、うに丼、刺身定食、つぶ、など書かれていて食欲を刺激するものばかりである。つい、吸い込まれそうになる自分に喝を入れ、ナミアムバッサランナミアムバッサランとお経を唱えながら歩いた。別にどうしてもダメというわけでない、しかし店に入れば自分は必ず生ビールも注文してしまうであろう。旅の中でそんなことを繰り返さば資金繰りなどすぐに頓挫してしまうのだ。このバカめ、何故もっとストイックに生きられんか!とその時叱咤して
いたのではもう遅い。自分を戒めるのは早い段階の方がいい。もう遅いかも知れないけど。引き続き、お経を唱えながら数軒の飲食店の前を通過した。が、さすがにこの店の前では足が止まった。タコの直売店である。ゴクリと唾を飲み込んだ。店の中にいくつものタコの足がぶらさがっている。覗き込んで、どうしようかな、買おうかな、悩んだ。安いのである。タコの足が一本丸々で600円とかそんなもんだ。しかし、買ったって持ち運びも調理も出来ないのだからしょうがない。でも欲しいな。ええい、ナミアムバッサランナミアムバッサランと目をつぶって頭を振り、歩いた。なんとかその通りを抜けた自分はコンビニに立ち寄ってカップラーメンとカップ焼きそばと缶発泡酒を買った。これが一番安く済む方法である。ところで、やはりというかなんというか、この辺りまで南下してくると札幌からの車が増えるからだろうか、コンビニの駐車場でエンジンをかけっ放しにして店に入っていく人はいなかった。その後、ボンヤリと海を眺めに浜へ。
旅に出る前、友達に「旅の間、オギニはどうすんの?」と言われた。「オギニって何?」と聞き返すと、友達は「アレだよ、アレ」と言いながら軽く右手を振る動作をした。
「ああ、アレか」
「どうすんの?」
「いやー、自然に任せると思うよ」
「えっ!パンツ汚れんじゃん!」
「だってネタもないじゃない」
「あー、そっか・・。想像は?」
「想像って!中学生じゃないんだから」
男に旅の話をすると、案外よくこの質問をされた。オギニというのは、まあ、皆さんもうお分かりだろうが人間、特に男子によくみられる性処理行動のことだ。確かに長期間の旅をする上で様々な支障はあるのだろうけど、今のところその行動を起こそうとする気にはならない。この問題に関しては、先輩にも「お前、たまには出さないと体に悪いんだぞ」と言われ、正直悩むところだが、別に真剣に考える問題でもないのでほったらかしにしてある。そりゃ誰だってそうだろうけど、歩き通して疲れたバス停の中で行為を起こす気にはなかなかならない。天命を全うするのみである。自分勝手な天命を。
ちゅって、そんな感じで今日もバス停。今日のバス停は広い、恐らく6畳間。

天候
晴れ
気温
朝7℃ 昼9℃ 夕11℃
歩数
10572歩
累計419790歩
出費
カップラーメン・・158円
カップ焼きそば・・140円
スポーツドリンク・・98円
缶発泡酒×2・・420円
カロリーメイト・・210円
いちご大福・・100円
パン・・189円
グミ・・40円
計1355円
累計37883円
食事
朝・・パン、スポーツドリンク
3時・・カップラーメン、カップ焼きそば、缶発泡酒
夕・・缶発泡酒、スルメ
道中・・グミ

11日目 浜益~望来

20070416220515
朝6時半起床。バス停に人が入ってきて起きる。4人組のおじいちゃん、おばあちゃんで、おばあちゃんは自分を見てびっくりしたようだった。「お早うございます、すいません」と言うと、おじいちゃんに話しかけられた。
「どこから来たのよ」
「どこまで行くのよ」
「寒くなかったかい」
今までもそうだったけど、皆、嫌な顔をせず気軽に話しかけてくれ、しかもこちらを気遣ってくれる。自分はだいぶ助かる。最後には「気いつけてけよ」と言ってバスに乗り込んでいった。自分はわずかでもいい、そういうことに対してはしっかりと恩返しをしたい。そう思い、バス停の中にホウキがあったので、それで床を掃くことにした。ようし、これで恩返しが、と考えていると埃が舞い上がってきた。忘れていたが、自分はホコリアレルギーなのである。
「プアッ!ペッ!ペッ!」
咳をしながら外へ逃げた。全く、朝から自分は一体何をしてんだろう。
7時20分、出発。今日も浜益から厚田という町に抜けるまでは、しばらくトンネル続きだ。最も長いトンネルで3km近くある。何度もトンネルをくぐっている内に気づいたが、トンネルの中って割と自由だ。?と思われるかも知れないが、トンネルの中は車の通行がない限り、まず自分一人である。もちろんトンネルの外に出たって、人はまず歩いてないが、外の解放感でない室内で得られる解放感、カプセルホテルで感じる、周りを遮断して自分一人の空間になった時の解放感がある。自分は大声で好きな歌を歌いながらトンネルの中を歩いた。具体的に言うと、ザ・ハイロウズの「即死」、「サンダーロード」、中島みゆきの「ファイト」、西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら」なんかを歌いながら歩いた。たまに自分が歌っている歌に感情移入してしまって、「ファイト」なんか歌ってる時は「出場通知を抱きしめてあいつは海になりました」と歌いながらトンネルの中で感極まってしまった。
トンネルを抜けても山ばかりで、少し歩くとまたトンネルなのだけど、所々に見る山にはまだ緑がない。いくつかの草や、あの一年中葉がある木は何て言ったか、針葉樹だったか、そういったものがちょこっとあるだけで、ほとんどの木々は枝ばかりだし山肌は雪でまだ白いしで冬山のようである。山の中の道を歩いていると、突然、脇の草むらから野ネズミが駆け出してきて自分の足下を通り、排水溝の中に隠れていった。自分がドラえもんなら間違いなく気絶している。でも自分はドラえもんでなく人間だ。シェーにとどめることが出来たが、あまりおどかさないで欲しい。おどかすと言えば、一つ、恐ろしいトンネルがあった。歩道がないのである。それだけじゃない。一応、片側一車線なのだけれども、工事中のダンプがしょっちゅう通るので運悪くすれ違いざまに挟まれれば自分はミンチである。まあ、皆ベテランだろうし下手をうつことはないだろうけど万が一ってこともある。常に前後を確認して、後ろから車が来たら右の壁沿いを歩き、前から車が来たら、左の壁に沿って歩いた。
まるでインベーダーゲームのインベーダーである。
ウミネコとウミカモメは違うと聞いたことがある。一体何が違うんだろうと思って、時々、岩場の上で群れている鳥を観察しているのだけどよく分からない。真っ白なやつもいれば、灰色のまだらがあるやつもいる。自分が歩いている脇に気の抜けたカラスがいたので、今度は逆におどかしてやったらクアーと鳴いて目を見開き、その場でトントンと足踏みして回っていた。
道路のすぐ脇が崖になっている所もあり、そういう所は覗き込むと下の方にゴミが散乱しているのが見える。ひどい人間もいるもので、テレビが投げ捨てられたりもしている。そういうゴミの中を川の水が流れ、海へと注がれてゆく。結局、その海で捕れる魚を食べるのは自分自身なのだと、ゴミを投棄する人間は気づいていないのだろうか。そういう人間は、テレビを抱えたままフルマラソンをすればいい。
海の向こうに積丹半島がかすんで見える。これから数日後に自分はあそこまで行くのだ。今まで自分が歩いてきた道は弓なりになっていたことが多く、そうやって自分の目的地が遠くに見渡せた。今日中にあんなところまで行けるのか?と思っていても案外行けるもので、朝、かすんで見えていた場所に夕方たどり着けた時は、歩いたという実感が湧く。前から思っていたが、人間の歩くスピードは意外と早い。昼食に食堂へ入って、携帯電話を充電しつつ、この先の町の情報を聞いた。トンネル続きの道が終わり小高い丘が広がると、やっとラジオがFMの電波を拾うようになった。今までFMが入らなかったのだ。順調に進む。
夕、バス停に入室。今日のバス停はレンガ造り。明日はラジオ局にリクエストしてみようかなー、なんて考えながら眠。

天候
曇り時々雪、雨
気温
朝2℃ 昼9℃ 夜9℃
歩数
56330歩
累計476120歩
出費
タコ刺し定食・・1000円
生ビール・・450円
パン×2・・277円
カップラーメン・・158円
スポーツドリンク・・78円
缶発泡酒・・188円
計2151円
累計40034円
食事
朝・・パン、ウイダーインゼリー
10時・・板チョコ
昼・・タコ刺し定食、生ビール
3時・・いちご大福
夕・・カップラーメン、缶発泡酒、チーズかまぼこ、パン
道中・・スポーツドリンク

12日目 望来~銭函

20070418073339
朝7時、目覚まし通り起床。午後2時からのラジオ番組に携帯電話からリクエスト。昨日、コンビニで買っておいたよくばりコッペパンとチョコチップスナックパンをスポーツドリンクで飲み込んで8時10分出発。地図を見て、今日はだいたいこの辺りまで進もうと計画を立て、軽く準備体操をしてから歩きだす。自分の足が幸いなのはタコができていないことで、これは事前にウォーキングシューズをしっかりと吟味したからだろうか。タコができると悲惨なのだと増毛館のママも言っていた。しかし、いかにウォーキングシューズといえども、履いているうちに段々と痛んでくるものでラバーは磨り減って溝がなくなってきているし、表面は薄汚れてきた。一体いつまでもつだろうか。おまけに物凄く臭い。毎日歩き通しだから仕方のないことだし、これでも通気性のいいメッシュのものを選んだのだが、やばい。この前、整体をしてもらった時も「足臭いんですけど、すいません」と言ってやってもらっていたら、整体師は足を揉みながら「確かに臭いですねぇ」と言っていた。この靴が壊
れたら、次は防臭の靴を買おうと思う。
歩きはじめてすぐに、丘の上から見下ろす形で札幌の町が臨めた。平野の一角に無数に林立するビル。なんだか感動してしまった。自分は今から2週間前にあのビル群の中で友と酒を飲み、歌を歌い、見送り、見送られ、一日電車に揺られて稚内の町までやってきた。とりあえず、その地点まで戻ってきたのだ。ここから見ると、札幌の町も小さく見えた。
と言っても、自分は札幌には寄らない。札幌まで行かずにこのまま海沿いに小樽へと進んでいく。国道231号線ともここでお別れだ。右折して、ここからは国道337号線を進むことになる。これが今日の昼までの出来事だった。自分は今日も順調に進んでいた。午後も順調に進むはずだった。この時点では。国道337号線に入ってすぐのことである。自分の行く先に一つの建物が見えてきた。
自分には弱いものが3つある。一つは酒。酔いに強い弱いという話でなく、酒と聞くと居ても立ってもいられなくなる。自分の祖父が大変な酒好きだったと聞くから、その血だろう。もっぱらビール党ではあるが。もう一つはパンクロック。パンクロックとは音楽の一ジャンルだが、これは何故だろう?中学生の頃に出会ってから今まで、パンクロックを聴くと体が勝手に動いてしまう。時に血が煮えたぎるような感覚を覚える。最高にハイになるのはパンクロックを聴いている瞬間である。音楽全般が好きだけど、パンクロックのギター、ドラム、ベース、それに乗っかるボーカルが他の音楽に突出して好きなのだと思う。そして、最後の一つはギャンブルである。
その建物は競輪の場外車券場、サテライト石狩であった。なんでこんなところにあるのだろうか。よりによって自分の通り道に。今までパチンコ屋は何軒か見た。思わず入りそうになってしまうのだが、パチンコ屋というのはギャンブル性が強い。短い時間で大金をつぎ込む上、熱くなりやすい。これはとても危険である。それに、自分みたいな顔の見慣れない股旅者が訪れたって、いいように搾りとられるだけだと思ったから我慢できた。パチンコなど人為的にいくらでも操作できるから怖いのだ。けれど、公営ギャンブルとなると弱い。「うっわっ、これ場外じゃん!なになにこれ、勝負しろってこと?キショー!当てちゃうよ~当てちゃうよ~!」となる。はっきり言って、自分には勝負する金などないのだ。現時点で金の使いすぎである。でも何がいけないかと言うと、財布には食費が入っている。つまり、勝負する金などないけど持ち金はある。ここに悪魔がつけいる隙が生まれるんだな。金など持ってなけりゃ、必然的に我慢しなければならないのだから、ギャンブル好きはなるべく余
計な金など持たない方がいい。それでも一応、自分はいつものようにナミアムバッサランナミアムバッサランとお経を唱えながら前を通り過ぎようとした。
あかんかった。
歩く速度は上がるばかりで、恐らく万有引力より強い力によって自分の体はサテライト石狩に吸い込まれていった。
受付の人が自分の荷物を見て、預かってあげると言う。どこから来たのか、どこまで行くのか、そんなことを話していたら記念にって専門紙をタダでくれた。最近は「どこまで行くの?」と聞かれたら、「沖縄です」と答えることにしている。場内の食堂「勝ち処」で昼食をとって3レースばかり買い、ラジオを聴きながら椅子に座って予想をしていたら、ウトウトと寝てしまった。朝のリクエストは流れなかったようだった。
もう4時になる。最終レースだけ買って帰ろうか、と腰をあげて第10レースの車券を買うと、発売機から出てきた車券の様子がおかしい。函館けいりん、と書かれてある。自分は京王閣競輪の車券を買ったつもりだったが、本日の開催は京王閣と函館の2開催だったのである。「なんだよー、開催間違えちゃったよー」と思ったが、買ってしまったものは仕方ない。函館10レースって何時だろう、と見てみるとだいぶ先である。函館はナイター開催なのだった。もうこの車券捨てて帰ってしまおうか、と思ったけど当たるかもしれない車券をみすみす捨てることが出来ず、函館10レースまで見届けることにした。結局、夕飯も「勝ち処」で食べた。
結果は惨敗である。惜敗とかでない、惨敗だ。夜8時頃にサテライト石狩を出て銭函へ。都市部にも出たし、もう夜道も大丈夫だろうと思っていたら、都市部はまだ先だった。歩道が暗い。国道337号線を道道225号線へ。11時半、銭函駅着。えーと、どこか寝れそうな所・・と探してみるが、なかなか見つからない。住宅街って、そういう場所がありそうでないもんである。0時、国道5号線にぶつかり少し小樽方面に向かった所で辛うじてバス停を発見。ドアなしだが贅沢は言っていられない。発泡酒を飲んで眠。

天候
晴れ
気温
朝3℃ 昼(忘) 夜6℃
歩数
51307歩
累計527427歩
出費
カツカレー大盛り・・800円
飲料水・・150円
うまい棒×3・・30円
缶発泡酒×2・・362円
ざるラーメン大盛り・・550円
車券・・6000円
スポーツドリンク・・78円
パン×2・・196円
カップラーメン・・88円
計8254円
累計48288円
食事
朝・・パン、スポーツドリンク
10時・・うまい棒×3、缶発泡酒
昼・・カツカレー大盛り、いちごミルク
夕・・ざるラーメン大盛り
深夜・・カップラーメン、缶発泡酒、スルメ
道中・・飴

13日目 銭函~小樽市街

20070419163439
朝6時半起床。昨夜、バス停の時刻表にて6時半から始発のバスが出ていることを確認していたので、6時に目覚ましをセットしていたが、鳴っているのに気付かなかったらしい。目が覚めると6時半であった。またバス停の客を驚かせてしまったかもしれない。起きてすぐに荷物をまとめ、近くのコンビニへ。ここでトイレを借りて、昨日買っておいたパンを食べ、準備をととのえてから出発しようと思ったのだ。ただトイレを借りるのも悪いので自分は野菜ジュースを買った。何故、野菜ジュースかと言うと、昨日親父から電話があり「もっと野菜をとれ」と言われたからで、自分の食事は毎日ブログに記録しているから、これを見て心配してくれたのだろう。もっともだ、と思い野菜ジュースを飲むことにした。レジに商品を持っていくと、レジのおっちゃんに「なに、旅してんの?」と話しかけられた。「ええ、そうなんです」といつものように数分話をしてコンビニを出ると、おっちゃんが小走りに店の中から出てきて「これ食え、ちょっとは体あったまるぞ」と自分にカレーまんとピザ
まんをくれた。なんていい人なんだろう。お礼を言って頂いた。皆、自分が「歩いて旅をしています」と話した時にまず北海道の寒さを心配してくれる。地元の人が言うには、まだ野宿をする季節じゃないらしい。
7時40分出発。今日、実は友達が小樽市街まで来て一緒に酒を飲む話になっている。北海道の鵡川という町で牧場を経営している男で、卓ちゃん含め大学時代からの付き合いである。彼曰く、「ブログを見ていたら、あなたが可哀想になった」とのことだが、自分はまだ人の同情を買うほど落ちぶれちゃいない。「可哀想と思われることが可哀想だ、自分自身が」と反論したら、笑っていた。自分も笑った。
「今日はどこら辺で飲もう。運河あたりでしっぽりいきますか?」
「うん、いいんじゃない。俺、あすこらへんでいい店知ってたんだよなあ」
なんて計画を立ててる時が一段と楽しい。
途中、コンビニに寄り、何気なく漫画を立ち読んでいたら一時間半かけて丸一冊読んでしまった。「実録、裏社会!」みたいな本なんだけど、この手の本は興味をひかれる割に読後感がめちゃくちゃ悪い。あの業界の裏も、この業界の裏も、自分の業界ではないのだからどうでもいいことである。聞けば気の毒、見れば目の毒、知らん知らんオラ知らん、オラシオンならオラ知っとるでよ、とふざけていた方が人生はきっと楽しい。選挙カーに手を振られながらトコトコ歩く。
小樽は海の町で丘の町だ。町の景色を遠目に眺めていると、ジブリ映画「魔女の宅急便」で主人公キキが住むあの街を思い出した。トンボがプロペラ自転車ですっ飛んできそうな坂。また、小樽といえば石原裕次郎。自分は石原裕次郎の「俺の小樽」をアカペラで歌いながら歩いた。
正午、マイカル小樽着。マイカルはポスフールと名称を変えたから、今はポスフール小樽と言うのだろうか?超巨大ショッピングモールである。自分の記憶に間違いがなければここにノースフェイスというアウトドアブランドの専門店があったはずだ。小樽に着いたら、そこで雨具などの装備品を調達しようと目論んでいた。しかし、記憶していた場所にあったのは雑貨屋。「あれっ、っかしいなあ」とリュックを背負ったまま総合インフォメーションに行き聞いてみると、だいぶ前に改装をしたとのことである。残念ながら店自体は撤退してしまったようで自分は買い物を諦めたのだが、かわりにいい施設を見つけた。というのは、どうやらこの建物の中に温泉があるようなのだ。もう4日間も風呂に入っていない。今日こそはと思っていたので丁度いい、早速自分は温泉へと向かうことにした。が、温泉に入る前、先ほどのインフォメーションで貰ったテナント一覧のパンフレットを見ている内にいらん施設まで見つけてしまった。なんでこんなところにこんなものがあるのだろう。場外馬券売
場である。
温泉なんかより、その場外馬券売場が気になってしまった自分は、とりあえずどんなものかを見るために1F奥の場外馬券売場「アイバ」へと向かった。抑えようのないこの気持ち。場外馬券売場というのは通常「ウインズ」と呼ばれるが、何故、この場外は「アイバ」というのだろうと思ったら、地方競馬の場外馬券売場だった。(競馬には主に中央競馬と地方競馬の2つの組織があり「ウインズ」というのは中央競馬の場外馬券売場の名称)温泉に入る前に1レース買っていくことにして、自分は3連単3-1-4を500円買った。3-1-4とは語呂で「さとし」であり、自分の目である。
温泉から出ると1時半になっていた。友達が小樽に到着するのは夕方6時過ぎだと言っていたから、まだ時間はある。ここから小樽運河の辺りまでは、地図を見る限り歩いて3、40分。今日は友達もいるので野宿というわけにはいかず、運河周辺で宿も探さなければならないので少し早めにここを出るにしても、まだゆっくりとする時間はある。コインランドリーにも行きたかったが、折角のマイカル小樽である。時間が許すまで建物の中を見て回ることにした。一つ、迷ったのがマッサージである。浪費か必要経費かで言えば、今回は浪費だったかもしれない。温泉からあがってすぐに足つぼマッサージをした。「一番強くお願いします」と頼んで、激痛に耐えていると、体があったかくなってきて足がウソのように軽くなった。その後、ロッテリアにて腹ごしらえをし、アイバへ。温泉に入る前に買っておいた馬券はハズレていたが、昨日の失敗は今日の成功である。今日こそは勝つだろう、と思って、それから3レースばかし買ったが無惨に散った。最終12レースが終わると、もう5時だ
った。馬券売場につぐんでいる自分に、売店のおばちゃんが話しかけてきた。
「観光ですか?」
いえ、自分は違うんです、これこれこういう旅をしていまして、と話すと「じゃあ、これ飲んで」と野菜ジュースをくれた。「体にいいから」と言っていたが、まるで心を見透かされたようである。
夕方6時、約束通り友達と小樽運河で行きあう。結局、宿は彼の勧めるホテルへ宿泊することにし、荷物を置いた後、酒を飲みに街へと繰り出した。一軒目の居酒屋で刺身と焼き魚を食べながら日本酒。二軒目の店を探しているうちに甘味処で働いていた年下の女の子と仲良くなり、彼女の仕事あがりを待って3人で地ビールのお店へ。後、カラオケに行って、バーに行った。自分は飲み通した。おんぶに抱っこで、この夜の御代は全て友達がもってくれた。
午前4時半、白んできた街を自分は一人歩いていた。何故、そんなことをしているのだろう。恰好だって薄着で寒い。宿に着くと友達は先に寝ていた。酒は時に運命をねじ曲げる。今日一日、振り返ってみて自分はまるでバカであった。反省と感謝に挟まれて恥ずかしくなりいたたまれなくなった自分は、携帯電話を充電器に差し込み、布団に潜りこんだ。もう、贅沢をするのはやめよう。

天候
晴れ
気温
朝7℃ 昼15℃ 夕12℃
歩数
32607歩
累計560034歩
出費
野菜ジュース・・158円
コーラ・・120円
マッサージ・・4200円
ロッテリアハンバーガーセット・・600円
缶発泡酒・・220円
温泉代・・840円
タクシー代・・470円
宿代・・3000円
馬券・・2800円
計12408円
累計60696円
食事
朝・・マヨネーズパン、シュガーパン、カレーまん、ピザまん、野菜ジュース
10時・・コーラ
昼・・ハンバーガー、フレンチポテト、コーラ、缶発泡酒
夕・・居酒屋など5軒ハシゴ(酒、ツマミ、甘味)

14日目 小樽滞在

20070420065602
早朝、友達が「じゃあ、帰るから」と言い、部屋を出ていったのを寝ぼけまなこで見送った。次に目を覚ましたのは朝の9時である。このホテルのチェックアウトは何時だろうか。10時位までには出ていかなければいけないな、と思い支度を始めた。テーブルの上に現金が4千円と、何故か映画「スタンド・バイ・ミー」のポストカードが置かれていた。友達に電話してみると、「もう自宅に到着して仕事をしている。ポストカードは君にあげる」とのこと。彼の家は小樽から高速道路を使って2時間位の所にある。自分は昨夜のお礼を言って電話を切り、ポストカードは地図帳に挟んで栞にすることにした。4千円というのは、宿泊費を千円余分に置いていってくれたらしい。
さあ、今日はこれからどうしよう。実は今日、自分は小樽でバイトを探してみようと考えていた。バイトと言っても、書類を出して、面接を受けてといった、ちゃんとしたものでなく1日仕事のようなものだ。今日で旅を始めて2週間。稚内から小樽に来るまでに使ったお金の総額が6万円を超えた。これは、日に直すと4、5千円の出費である。自分の当初の予定が一日の予算300円だから、ざっとその15倍も使っている。まあ、300円は厳しいにしても、このままではその内資金が底を突いてしまうだろう。仕事があればやろうかな、なんて安穏としていられなくなってきた。ただ、小樽から先へ進んでも仕事があるという確証はない。ならば、なるべく栄えている都市で仕事を探した方が効率がいい。友達ともそんな話をしていたので、ようし、自分は今日小樽で仕事を探す、って気合いを入れていたら、チェックアウトが遅いのを心配したのか、ホテルの女将が部屋の様子を覗きにきた。
しかし一体、どこで仕事を探したもんか。そこが一番の悩みどころである。市役所に行けばどうにかなるだろうか、そんなことを考えながら自分が向かった先はコインランドリーであった。昨日の洗濯物もあったし、ここで洗濯機のモーター音とぐるぐる回る乾燥機を見ていれば、何かいい案も浮かぶかもしれない。洗濯物が洗い終わるのを待ちながら、心を落ち着かせて思案に耽ることにした。外からはひっきりなしに選挙カーのスピーカー音。
「ありがとうございます!ありがとうございます!最後のお願いにやってまいりました!よろしくお願い致します!ありがとうございます!ありがとうございます!」
洗い終わった洗濯物を乾燥機に入れて回してみたが、100円10分では乾かなかった。仕方なく、もう10分回そうと思ったのだが財布の中に小銭がない。表に出て、道路の向かいにあった自販機で缶コーヒーを買ってお金をくずす。こうやって、いらん金を費してしまってるのかも知れないなあと思いながら。友達から電話があり、「昨日の女の子に自分のメールアドレスを教えておいて」と頼まれた。「あいよ」と了解して電話を切り、乾燥機を回していると一人のおっちゃんが洗濯物を持ってやって来た。自分のリュックを見て「旅でもしてんのかい?」と話しかけてくる。
「ええ、歩き旅をしています」
「生まれはどこさ」
「埼玉です」
「埼玉のどこ」
「熊谷って分かります?」
「おー、熊谷か。分かるよ、あそこらへんもよく仕事行ったもんな」
「その隣の行田ってとこなんですけどね。熊谷の方には、どんな仕事で?」
「んー。鉄塔さ」
「鉄塔ですか」
「電線だ。鉄塔に登って電線はる仕事してたのさ。全国いろんなとこ行ったよ」「北海道電力とかですか」
「東京電力だ」
「え?」
「東京電力だ」
「東京電力ですか」
「そうだ」
中略
「あ、そうだ。おじさん、この辺でゴールデンウィークの忙しい時だけ人雇ってくれるようなとこあります?」
「ええ、この辺かい?・・ないな」
「ないっすか」
「札幌まで出りゃあ、あるよ。看板持ちとか」
「あー、看板持ちですか」「1万だよ。俺もやってたことあんだよ」
「へー、いつ頃ですか」
「えっ?」
「いつやってたんですか?看板持ち」
「ああ、若い頃だよ。19くらいだったかな。その頃、6千円くらいもらえたんだから。今でも1万くらい貰えんじゃないか」
「小樽にないですかねぇ」
「小樽にはないよ」
「・・そうですか。市役所行けば何かないすかね」
「市役所なんかあるわけないよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。だって全然違うべ」
「そうなんすか・・」
「昔は漁師の仕事もあったんだけどな」
「ああ、漁師の仕事いいですね」
「今はねえからなあ」
そんなことを話していたら、おっちゃんはいつの間にか自分の洗濯物を洗い乾燥もし終えて、帰っていった。今はタクシーの運転手をやっているそうで「駅で見かけたら声かけるわ」と別れ際に言っていた。自分ももうとっくに乾燥を終えていたけど乾燥機の中のものをそのままにして、昨日、友達からもらったお土産の「ちんすこう」を食べながら暫くボーッと考えていた。今さら、札幌まで戻って仕事をする気はない。自分は飽くまで旅を進めながら、その通り道で仕事をしていきたい。けれど、小樽に仕事はないと言う。このまま、歩き続けて運よく仕事が見つかるのを待つしかないか。ゴールデンウィークまであと10日。
4時過ぎ、昨日一緒に酒を飲んだ女の子が働いている甘味処へ。昨日、「明日は3時から仕事」と言っていたのを覚えていた。店に入るなりコーラを注文して、友達のメールアドレスが書かれたメモを手渡した。彼女は少しはにかんでメモを受け取った。自分はさっきからその店であうん焼きなる菓子を食べ、携帯電話を充電させてもらいつつ、この日記を書いている。このあとは、またバス停でも探そうと思っている。
夜9時、小樽運河沿いを余市方面へ数km歩いたところでいくつかバス停を発見。国道5号線を歩いていたつもりだったが、自分が歩いていたのは、どうやら5号線に平行して走っている道道820号線のようだった。終点で5号線に合流。昨日のマッサージが効いたのだろうか、足の調子はすこぶる良好。

天候
晴れ
気温
朝14℃ 昼14℃ 夕13℃ 夜10℃
歩数
13830歩
累計573864歩
出費
コインランドリー洗濯・・200円
コインランドリー乾燥・・200円
洗剤・・30円
缶コーヒー・・120円
コーラ・・150円
あうん焼き(人形焼きのような菓子)・・300円
計1000円
累計61696円
食事
朝・・スポーツドリンク、野菜ジュース
昼・・ちんすこう
夕・・あうん焼き、コーラ
道中・・飴、ガム

15日目 小樽~余市

20070421230412
朝6時、目覚まし通り起床。寝袋のチャックを開けて、携帯電話のベルを止めると人影が。おわっ!と今日は自分が驚いてしまったが、バス停の中におじいさんが立っていてこちらを見ていた。「おはようございます」と挨拶して、外の天気を見てみると空が曇っている。今日明日は雨になるらしいと天気予報にもあった。バス停にいたおじいさんと「雨、降りそうですね」なんて会話をしながら、準備をととのえた。ここにきて、寒さはそれほど感じなくなった。気温を見てもだいぶ上がってきたと思う。北海道もだんだん暖かくなってきている。
7時出発。歩き始めて1時間位経っただろうか。自分が歩いている歩道の右端に小学校があった。丁度登校時間なのだろう、小学生の集団とも何度もすれ違った。で、自分は「おはよー」なんて言いながら通り過ぎて行くのだけど、困ったことが一つあった。と言うのは二人組の男の子の小学生である。あろうことか、今すれ違わんとする自分を目の前にして防犯ベルを鳴らしたのだ。ヒョロロロロロ、とけたたましい音をあげる防犯ベル。男の子は「バカ、何やってんだよ!消せよ!」というようなことを言っている。どうやら、彼らもわざと鳴らしたのではなくピンが何かに引っかかって作動してしまったようで、二人して混乱していた。周りを見てみると、その子達以外は大人が自分一人である。黒いフリースジャケットを着て、でかいリュックを背負った若い男一人である。「なんたらタイミングで鳴らすのだろう、この子達は。・・やばいな」と思った。第三者がこの状況を見れば、自分は完全に不審者だ。しかし、どうしたもんか。走って逃げたいが、走って逃げたらさらに怪しい。道
路を走る車からの視線が怖いので、自分はそちらを見ないようにして何事もなかったかのように小学生に「おはよー」と声をかけながら通り過ぎた。彼らは慌てふためいて自分の挨拶なんか聞いちゃいなかったが、うまくいった。
途中、ホームセンターを発見してここでレインコートを購入。レインコートというのはピンキリで、安いものは100円ショップでも買える。逆に高いものはホームセンターで5、6千円はしている。何が違うかと言うと、素材や丈夫さ、動きやすさなど様々だろうけど、一つ大きな違いを挙げるとすれば透湿性だ。高いレインコートというのは、着ていてもムレない。自分は旅を続ける以上、今後雨の中を歩くこともあるかもしれず、歩くということは汗をかく。よって、安物のレインコートを着ていたら冷えた汗で風邪をひく、なんてこともあるかもしれない。だから自分は少し奮発していいものを買った。これで今日雨が降っても大丈夫だ。レインコートを買ったら財布がスッカラカンになってしまったので、コンビニATMで1万円下ろし。商店街の魚屋をチラッと覗いてみたが、えら安い。カレイやホッケが発泡スチロールの箱にたくさん詰められて、一箱500円とか700円とかそんなもんである。
国道5号線を歩いているつもりだったが、またいつの間にか違う道を進んでいたらしい。道路標識には道道228号線とある。おかしいな、と思うのだが方向はあってるし、海沿いの道なので迷わず進んだ。だが、これが裏目に出てしまったのか、ニッカウイスキーの工場を通り過ぎてしまった。自分は余市に来たら観光名所であるニッカウイスキーの工場を見学しようかな、と思っていた。まあ、でも、過ぎてしまった道をまた戻るのも面倒である。そう考えて進むことにしたのだが、そのすぐ先でハローワークの看板を見つけた。ハローワーク・・。これだっ!と自分は思った。なんでこんな単純なことに気がつかなかったんだろう。仕事を探すならハローワークである。看板には今きた道を戻れという意味の矢印があった。これを見て、自分は今来た道を戻る決意をした。
どうせ、戻ったのだからニッカウイスキーの工場見学にも行くことにした。さらに、道を戻る途中に日帰り入浴390円という安い温泉、名を余市川温泉と言い、建物の屋根の上をスペースシャトルが飛んでいるという、なかなかにトリッキーな風呂屋なのだけども、そこで体も流した。この風呂屋には日替わりの湯というものがあり、本日の湯はブルーベリーの湯だったんだけど、これが気持ちよくて自分はつい湯船で1時間位寝てしまった。起きて風呂からあがったら、自分の体がブルーベリーの匂いがした。
突然なんだけどニッカウイスキーがなんでニッカと言うかというと、旧社名が大日本果汁株式会社であって、その日と果をとってニッカになったそうだ。んで、なんでウイスキー会社なのに旧社名が大日本果汁株式会社だったかというと、ウイスキーというのはすぐに出来ない、会社を設立した時に一番最初のウイスキーを樽で寝かしている間、リンゴジュースなどを製造、販売していたからだそう。これは、ニッカウイスキーの工場見学で得たウンチクなんだけど、この工場見学で樽から出したままのウイスキーというのを試飲させて貰って、自分は衝撃を受けた。それまで自分の中にあったウイスキーの印象は「飲み込む酒」だったんだけど、あの誇り高い香りと僅かな甘さがジワァっと喉に伝わっていき。ウイスキーをうまいと思ったのは初めてだった。高いから買えないんだけどね。ちなみにアルコール度数も高くて64%。
後、ハローワーク。受付の人に「すいません、駄目元で来たんですけどゴールデンウィーク中だけ出来る仕事ってありますか」と聞くと、なんとあると言う。一つはヒーローショーでの飲食販売。だが、これは場所が山奥のスキー場であるために敬遠した。もう一つは農家の仕事で、内容は「ビニールハウス被覆作業、トマト栽培に係る業務全般」とあった。
夕方、その農家に電話して、自分が旅の途中であること、履歴、その他の状況を全て説明して「とりあえず来てごらん」という返事を頂いた。余市町から内陸に歩いて数kmの仁木町という町である。家を訪ねると、わざわざ自分のための部屋と布団を用意してくれてあった。夕食も頂く。おやじさんに「明日、試験をするから」と言われ、「よろしくお願いします」と答え、あてがってもらった自室にて眠。恵まれてるなあ、と深く思う。

天候
曇り時々雨
気温
朝9℃ 昼14℃ 夕11℃
歩数
31295歩
累計605159歩
出費
野菜ジュース・・88円
カップラーメン・・176円
アイス(ガリガリ君)・・62円
レインコート・・2980円
日帰り入浴料・・390円
計3696円
累計65392円
食事
朝・・カンパン、ウイダーインゼリー
昼・・ウイスキー(試飲)
夕・・カップラーメン、野菜ジュース、ガリガリ君、頂いた夕食(ご飯、味噌汁、シーチキンサラダ、鶏肉の照り焼き、フライドチキン、たくあん、ほうじ茶)
道中・・水

47日目 仁木~積丹町婦美

20070523075800
6時起床。6時40分、豪華な朝食。お盆に乗り切らないほどのおかず、デザートを持ってきてくれ、ビニール袋を渡された。中身はおにぎり10個。約束通りに奥さんは出発の朝、食べきらないほどのおにぎりを持たせてくれたのだ。
7時10分、奥さんがコーヒーを持ってやってきた。今日は天気は良いのだけれど風が強くって、「宮沢賢治にこんな話があったわよね。あっそうそう、風の又三郎!高沢くん、それみたいね」と奥さんは笑った。おやじさんは、ワラを一本持ってきてくれた。これでわらしべ長者を目指して綺麗な嫁さんを見つけてまた来るんだぞ、と言った。
そして、8時。パートさんや研修生、おじいちゃんおばあちゃん、おやじさん奥さん、ニャオン、みんなで並んで記念写真を撮って(オチョンは出かけていた)、そしてみんなに見送ってもらった。遠くの曲がり角を曲がるまで奥さんの手を振る姿が見えた。
歩き出してすぐ、近くのサクランボ畑からこちらに走ってくる人がある。奥さんの親友のおばちゃんであった。自分は一体ここで何人の人と知り合い、何人の人に背中を押してもらったのだろう。そのおばちゃんは自分と少し話すと「そこであなたの旅の無事をお願いしておくから」と言い、近くの神様でゲンを担いでくれた。
国道5号線を30分くらい歩いて余市駅に到着。自分はここで「そういえば万歩計がない」ということに気づいた。駅のベンチで荷物を引っくり返して調べたのだけど、やはりなかった。どうやらなくしてしまったらしい。仕方なく新しいものを買うことにして、駅前にいたタクシーの運ちゃんに万歩計が売ってそうな店を聞いた。その店が分かったのはいいのだけど、話の成り行き上、タクシーに乗ることになってしまった。どうやら、線路をはさんですぐ裏のホームセンターに置いてあるらしい。初乗り料金でそこに到着して、様子を見ると開店までまだ15分ある。「ここで15分待ってみますわ」と運ちゃんに言って、金を払おうとリュックのポケットを開いたら、そこから万歩計がポロッと落ちてきた。グワシッと自分は叫んで、5分後また駅のベンチに座っていた。タクシーの往復料金610円が自分の凡ミスで泡である。自分は自分のこういうおっちょこちょいなところが嫌いだ。
気持ちを入れ替え、万歩計をセットして歩き出す。この1ヶ月で足は完調である。行きがけにお世話になった余市のハローワークに寄ったが、1ヶ月前に担当してくれた人はいなかった。国道229号線を積丹(しゃこたん)方面へ。この1ヶ月間、食べまくって少し体が重い気がする。しかしこれは長期間の食い溜めといった感じ。で、ある時ハッと気づいたら手にワラがない。どこかに落としてしまったんだろうか。ベンチ?タクシー?途中で休んだ地べた?リュックからカメラを取り出した時?さっぱり分からない。あたー、どうしようかなと思ったが、自分はワラ以外にもおやじさんからもらってきたものがあるのを思い出した。クルミである。どちらかと言うと、わらしべ長者よりクルミ長者の方が現実的だ。自分はこれからクルミを求める人を探すことにする。それにしても気持ちのいい晴天。昼、奥さんにもらったおにぎりを食べながら地面を見ていたら、アリが一生懸命働いていた。仲間を運んでいるようである。負傷したんだろうか。
また一人になってしまった。けれど、それほど寂しさはない。自分はとことん風来坊なんだなと思った。いつの間にやら道路にはバイカーも増えている。北海道も完全に春である。しかし、ここら辺のトンネルはおっかないね。今日は何度トラックに追われ走ったことか。歩道が全くないのだ。映画「スタンド・バイ・ミー」で主人公の少年達が機関車に追われて橋を走るシーンがあるが、あんな感じである。友達から電話があり、結婚式の出欠の返事を求められた。日時が7月末であり、会場は北海道である。自分の想定ではその頃石川県辺りにいる予定だ。「出たいけど、フェリーターミナルがうまい具合いにあるか分からんし、金もなぁ・・。迷うなぁ。」と言葉を濁していると、なんだか出席する方向で話がまとまっていた。
風が吹くと海にサァーッと小さな波が立ち、風紋が出来る。それがキレイだ。積丹町からは山道。登板車線が続く坂道を越えて、少し行ったところで自分はキツネを見た。写真を撮ろうとしたら逃げられてしまったけど。そこからさらに少し行った婦美(ふみ)という所でバス停を発見しサザエさん。久しぶりのバス停だが、1ヶ月空くとこうも違うもんか。寝袋が暑い。今現在、ううんと唸っている。そしてこれは失敗した。いやに喉が渇くのである。

天候
晴れ
気温
朝20℃ 昼23℃ 夕23℃
歩数
40801歩
累計645960歩
出費
タクシー代・・610円
アクエリアス・・125円
缶ビール・・135円
計870円
累計92743円
食事
朝・・ご飯、味噌汁、目玉焼き、ウインナー、アスパラガス、キャベツ、タコ刺し、たくあん、いちご、ふりかけ、カスタード菓子、ほうじ茶、コーヒー
昼・・おにぎり×4、アクエリアス
夕・・おにぎり×3、缶ビール、水
道中・・アクエリアス、水

48日目 積丹町婦美~神威岬

20070524122232
7時起床。朝食におにぎりを食べたが、水がほとんどなくウイダーインゼリーの登場。これで手持ちの水分はなくなった。昨日からの喉の渇きもあり、早く水分を確保したいところ。バス停を出て、すぐ国道を右折、道道913号線を積丹岬へ向かう。国道を外れて岬まわりのルートになるが、そこから見える島武意(しまむい)海岸の景色はオススメだと、おやじさんと奥さんに聞いていたのだ。日本渚百景にも選ばれているそうだ。
スタートして4、5km進んだろうか、今日も気持ちのいい晴天でTシャツで歩いているのだが汗をかく。段々唾液がネバついてきた。水分がなくなってきている。岬まではあと5、6kmだろうか。どこか途中に自販機でもあればいいが、と思いながら歩いているとそれからすぐカーブを曲がったところに町が現れた。幌武意(ほろむい)の町であった。この町の自販機でコーラを購入。で、がぶ飲み。ゲップ。うんめぇー!この町に小さな小学校があって、体育館を併設した平屋の小学校だったんだけれど、ここに一体何人の児童が通っているのだろう。入学式の名残だろうか、「ようこそ」と書かれ星の切り抜きが貼り付けられた手作りのボードが玄関に見え、日本の教育事情ってきっと素晴らしいんだろうなと思った。そこから2kmほど行ったところにもまた小学校があり、ここでは小学生達が校庭でヨサコイを踊っていた。もうすぐ運動会のようで、その出し物の練習らしかった。後、島武意海岸へ。
丘を登ると、人がすれ違えばいっぱいになるような小さなトンネルがあり、そこをくぐるとトンネルの奥の方から少し磯の香りを含んだ風が吹きつけてくる。トンネルをぬけると眼前に小高い丘から美しい海岸の景色が広がった。崖からの景色と言ってもいいかもしれない。そこから下の浜におりるには、急斜面に面した長い階段を下りていかなければならず、自分の先を歩いていたカップルは躊躇なくそこを下っていった。トンネル出口のベンチに腰掛けていたおばちゃん3人がその様子を見て言う。
「ほら、若いカップルが。若い時は帰りのことを考えんからねー。あたしはダメだわ。エッヘッへ」
しばらくそこで休憩していたら、後からバスガイドと観光客がやって来て「これがシャコタンブルーなんです」とバスガイドが説明していた。なるほど、この透明度の高い海は写真で見る沖縄の海なんかとまた違った何色もの青の海だ。シャコタンブルーとはいい名前である。そしてここにも、北海道の観光地には付き物の義経伝説があった。源義経は兄頼朝から逃げて北海道へ来て、何人の娘を食い物にし裏切ってきたのだろう。各地に悲恋話が残っている。終いにはモンゴルに渡ってチンギスハンになったというのだから大したものである。
観光客の一人が自分に声をかけてきた。
「兄ちゃん、どっから来たんだ」
「宗谷です」
「自転車か」
「いえ、歩きです」
「歩き?かぁー、若ぇから出来るんだよな」
「そうっすね」
若さ、ということをこの旅でしょっちゅう言われる。確かに自分は若い。生涯の中で一番体力がある時なのかもしれない。何も束縛されるものがなく自由である。ローンにも追われていない。妻子もない。だから、こんなことが出来るのかもしれない。それは思う。でも、あなた方が自分に出来ないことの全てを若さのせいにするのはどうかと思う。口幅ったいことを言うようで申し訳ないが、「あなたに足りないものは若さではなく気概なんじゃありませんか?」と言いたくなってしまう。リヤカーを引っ張って日本一周した人の話、あれはおじいちゃんだと聞いた。脱サラして日本一周したおじさんもいたと聞く。本気でやる気なら歳は関係ないはずである。しかし、まあ「若いくせに」と「若いっていいな」というのはいつの時代の若者も言われるんだとこの前聞いたし、あと30年したら「情けねぇな、おっさん」と自分が言われているかもしれないので、その時はその時、素直に老いを認めようとも思う。それにしても日本渚百景、自分はこの先いくつ見られるだろう。なんせこの旅はず
っと海岸線なのだ。自分はスピッツの「渚」を歌いながら歩いた。
再び国道229号線にぶつかって南下。途中の商店を一度通りすぎたが、思い直して引き返した。引き返して正解である。この先しばらく商店がなくなると言うここで飲酒、カップラーメン。お湯を沸かしてもらい食べている間中、店のお姉さんと話をしていた。昨日、自分を見かけたらしい。ここから先の情報をたくさん聞いていると、干しタラ2匹を剥いて食べさせてくれた。店を出る時にはおばあちゃんがグレープフルーツとワサビ柿ピーまでくれた。そして、神威(かむい)岬へ。
何故神威岬へ行ったかというと、だいぶ前から道路標識が神威岬まであと何kmとやけに神威岬を推すからで、そんなに推すならちょっと寄ってこうと思ったからだ。これも正解。行って正解。皆さんもぜひ一度行ってミソラシド。カムイというのはアイヌ語で神の意味らしい。その岬は確かに神の領域といった感じだった。面白いことにここにも義経伝説があったが、娘の名前がまた違う。18時にゲートを閉めるらしく係員のおじさんに呼び止められたのだけれど、自分は車でなく歩きだったので「じゃあ、ゲートは閉めて帰るから見終ったらゲート脇からでも出て。あと、ここはキャンプとか出来ないから。警察も夜見回りに来るし」とおじさんは言って帰っていった。誰もいない神威岬はさらに神々しさを増していた。次第に夕暮れ。係員のおっちゃんはああ言っていたものの、商店の情報では神威岬から先しばらく何もないと聞いていたから、岬駐車場にあった自販機裏で寝ることにした。屋根はないが、多少風は防げる。そこに寝転がってグレープフルーツの皮を剥いて丸ごと食べた。
時折、眠れ眠れと神の息吹。空は満天の星。自分は神の懐に抱かれて寝た。

天候
晴れ
気温
朝20℃ 昼25℃ 夜13℃
歩数
45397歩
累計691357歩
出費
コーラ・・150円
発泡酒・・211円
カップラーメン・・160円
計521円
累計93264円
食事
朝・・おにぎり×3、水、ウイダーインゼリー
10時・・コーラ
昼・・クッキー、水
15時・・発泡酒、カップラーメン、干しタラ×2
夕・・グレープフルーツ、ポテトチップス、水
道中・・水

49日目 神威岬~盃温泉郷

20070525103628
24日、6時半起床。ここ神威岬の入口ゲートは8時に開くらしいから、その前に荷物をまとめて出発しようと7時過ぎに発ったら、さすが神の領域だけあって見てんだろうね、悪いことは出来ねえなと思った。ゲートに向かう途中で車がやって来た。運転していたのは昨日の係員のおじさんである。
「なに、泊まったの?」
「寝させてもらいました」
「どこで?」
「自販機の裏です」
「アレレ・・」
「すいません」
それから4kmくらい歩いて道路脇のトイレで朝食。このトイレでは携帯電話を充電したりしながら昼まで過ごした。携帯を充電する場所にはいつも苦慮する。一番手っ取り早いのは食堂に入ってしまうことだが、これでは何か注文せねばならず出費が痛い。時々、コンビニの外で充電させてもらうのだが、コンビニ前に数時間やることもなくアグラをかいているのは気が引ける。で、ついに行き着いたのが公衆便所であり、公衆便所のコンセントで携帯を充電しながらアグラをかいて唸っている人を見掛けたら、たぶん自分だ。でも、ただもらうのも悪いから軽く掃除とかしている。ついでにペットボトルに水ももらってるんだけど。
そのトイレにいる時に、一人のおじさんが話しかけてきてくれ、そのおじさんは「すぐそこのトンネルを抜けたところで釣りをしているから寄ってけ。コーヒーやる」と言う。数十分後、言われた通りそのトンネルを抜け歩いていくと、おじさんは路肩に車を停めて歩道の防波堤から釣りをしていた。自分の顔を見ると、「おー、待ってろ、今お湯沸かすから」と言って車に向かった。おじさんは札幌の人であった。釣りが大好きでこの前はわざわざ四国まで釣りをしに行ったほどだそうだ。今夜は泊まりがけで夜釣りをするという。聞くところによれば、この辺りではカレイとホッケが釣れるらしい。ホッケという魚は関東の方では馴染みが薄いが北海道では大衆魚であり、脂が乗ったホッケは大変ウマい。だから、あんなにウマい魚がそう簡単に釣れるものかと思うのだが、これが簡単に釣れるらしい。シーズンであれば入れ食いなのだという。自分も釣りをしたかったが、実は残念なことに増毛(ましけ)での荷物整理の際に釣りざおを実家へ送り返してしまった。だから、ただコーヒーを飲
んで見ているだけであった。釣りをする様子を眺めながら話をしていると、そのおじさんが自分の親父と同じ年齢であることが分かった。会社を早期退職して今は大好きな釣り三昧なのだという。薬品卸売の大手会社で働いていたそうで、ちょうどいい、自分はかねてからの疑問であったジェネリック医薬品について聞いてみた。ジェネリック医薬品とは最近TVCMなどでよく宣伝しているワケのわからない医薬品で、各製薬会社が「ジェネリックを指定したら、効力が同じなのに安いんだよ」と訴えているのであり、会社が何かを訴えているという以上これは金儲けに違いないのであるからして、では何故そんな効力が変わらない薬を安価で提供できるのか自分はあのCMを見る度に疑問に思っていたのだ。果たして、そのカラクリが分かった。まず、薬というのは発明品と同じで特許があるんだそうだ。だから、その薬を発明した会社(仮にA社)以外の会社(仮にB社C社)がその薬を作る時は特許料が発生する。しかし、この特許の期間が短くて6、7年したら切れるそうなんだ。つまり
A社が開発した薬の特許が切れると、そこにB社C社がやって来て開発費を一切かけずに同じ薬を作ってしまう。もちろん、コストが少ない分B社C社はこれをA社製より安く売っても儲けが出るのであり、これがジェネリック医薬品なのだという。だいたい従来の7割の値段で出るそうだ。しかし、唯一の弱点はB社C社がA社ほどのれっきとしたノウハウを持っていない点で、そこはやはり猿真似、総体的に本家には品質がわずか及ばないのだそうだ。「効くことは効くけどね」と言っていた。
おじさんと別れ、一路、盃(さかづき)温泉へ。途中、職人さんの15時休憩にお呼ばれされ、ここでもコーヒーをご馳走になった。歩道を歩いていると、時々鎖が歩道ギリギリまで延びて吠えかかってくる飼い犬があってビックリする。前にも書いたかもしれないが、あれは本当に心臓に悪い。この海岸線というのはトンネル工事が頻繁に行われていて、使われなくなった古いトンネルが新しいトンネルの隣でよくほったらかしにされているけど、あれを見ると冒険心が駆り立てられる。そして何故かトンネルの中にドラゴンボールのカードダスが延々と落ちていた。あの、また話が脱線するけど、「えっ、なんでこんなところにこんなものが?」というゴミをたまに見かける。以前、地元の農業用水路の土手に「ドラえもん」の台本が大量に打ち捨てられてたことがあって、あれもおかしなもんだった。
18時半、盃温泉郷に到着。国民宿舎「もいわ荘」にて入浴。ここではゴミを処理して、洗面所にてボディソープで洗濯をして、ペットボトルに水を入れて、携帯電話の充電をさせてもらった。缶ビールが高かったのでスプライトとアイスで我慢して、ここを出たらすぐ近くに新築のトイレがあったからあそこに寝てと、なんて算段しながら休憩所でアンマ機にかかろうとして100円を入れたらアンマ機が動かない。あれっと、よく見たらコンセントが抜けていた。おいー、とうなだれて係員を呼ぼうと思ったが、自分も上記のように幅広くやらせてもらっている手前、たかが100円でケチをつけるのも気が憚られ、黙ってプラグをコンセントに差してからもう100円入れた。ウイ~ンと動き出すアンマ機。10分経って止まり、温泉入って気持ちいいし、アンマもかかって気持ちいいし、隣の部屋には何があるんだろうなと思い覗いてみたら、同じようなアンマ機が無料で置いてあった。おいっ、ふざけんなよ!とツッコんだ。当然である。なんでこっちが有料で、そっちが無料なのか分か
らない。悔しいので無料のにもかかった。久しぶりにテレビも見たが、最近時事が周りより遅れてきた気がする。自分のニュース情報源は今のところ携帯電話のみである。
後、公衆トイレへ移動。ちゃんと名前があるトイレで、その名も公衆トイレ「ヨットイレ」。電気がオートで人の出入りがなくなると自動的に消灯するハイテクなトイレなんだけど、さっきから真っ暗な室内はすごくホラー。薄明かりに洗面台の鏡が浮かび上がって、そこから誰かが覗いてそうな気がするけど、自分はタフに生きようと思う午前0時48分。

天候
晴れ
気温
朝13℃ 昼16℃ 夕19℃
歩数
45430歩
累計736787歩
出費
風呂代・・500円
アンマ機代・・200円
スプライト・・150円
アイス・・105円
計955円
累計94219円
食事
朝~昼・・きびだんご、カステーラ、わさび柿ピー、チョコバー、飴、水
夕・・スプライト、アイス
道中・・コーヒー×2、水

50日目 盃温泉郷~岩内

20070526185748
25日、9時10分起床。昨日、自分の寝床を侵略してくる虫があり二度その虫を遠くへ追い返したのだけど、三度目に念仏を唱えてはたき殺した。フナムシのような虫とクモであったが、今朝どこからともなく一匹のアリがやってきてそのクモを持っていった。自然ってすげーなーと思った。
今日は朝からうっすらと曇りだったが、歩き始めてしばらくすると黒くて重そうな雲が空を覆い始め、気づいたらアスファルトに点々と水玉が出来ている。天気予報では15時から雨の予報。やばい、急がねば。雨が強まってきたので、一時バス停に避難。一瞬、雨が収まったところを見計らって先へと進む。
途中、泊原発という原子力発電所の脇を通過。鉄柵のゲートに守衛が立っていて通行車の動向を見守っている。物々しい雰囲気。そこから少し先に「原子力PRセンターとまりん館」という社会科見学用の施設みたいなものがあり、自分は先を急ぎたい気持ちもあったのだけど、ちょっとここで原子力について学ぶことにした。展示室では、原発がどういうもので、チェルノブイリ原発と泊原発がどう違うかといったことなどが紹介されていた。自分はソファに座って休んでいたら、いつの間にか寝てしまった。後、原子力で発電した電気で携帯電話を充電して週刊新潮を読み、17時出発。結局ここに3時間程いたことになるが、原子力がなんなのかはさっぱり分からなかった。だって理数系は苦手さ。平日にこんなところに来ている大人は自分くらいだろうと思っていたら、作業着にペンキがついた職人さんが二人、施設内のゲームで遊んでいた。
外は雨こそ降っていないものの暴風であった。岩内まではあと7km。「うあーー、俺は岩内でぶっ倒れるくらい寿司を食うんだーー!!」と自分自身にハッタリかまして奮起させ、はったり川を渡る。岩内に到着したのは18時過ぎだった。岩内では様々な誘惑が自分を襲った。スーパーがあり、精肉店があり、居酒屋があり、回転寿司があり、ラーメン屋があり、パン屋があった。岩内の街は大きい。自分の腹はそれらを「食いたい食いたい」と訴え泣き叫んでいたが、自分の口は「ダメだ、我慢しろ」とたしなめていた。この時の自分の顔はきっと修羅のようだったろう。しかし、そんな自分も最後の最後で捕まってしまった。よりによってパチンコ屋にである。
10円20円をケチって、たまたま見つけた100円ショップで缶ビールを買い、スーパーで半額になった中華丼とザンギを買った。そんな自分が、街の外れ、もうここまでくれば大丈夫だろう、もう誘惑はないさと安堵した瞬間にやられた。マルハン岩内店。マルハンというのはパチンコ最大手の会社である。ちょっと覗いていこうかなというのはタブーであるが、覗いてしまった。店内の休憩所で中華丼やらビールを飲み食いしたら、気分が良くなって「どれ、ちょっと揉んでやるかな」と赤ら顔で立ち上がり、荷物をカウンターに預けて、秘宝伝というスロットに座ったら1万飲まれた。あのヒリヒリするような焦燥感。台を離れパチンコへ。海物語でもう1万。マリンちゃんリーチが外れ、マリンちゃんに「ゴメンね」と謝られた。自分はすり潰された。
店を出たのは21時。不細工な負けである。もうパチンコはしない。これからは公営ギャンブル一本にする。そう誓いながら寝床のバス停を探した。外は雨が降り始め、辺りは暴風雨の様相を呈していた。パチンコ屋から2kmくらい歩いただろうか、3軒目にしてようやくまともなバス停を見つけた。今日はここで寝ようと思い、中に入ると地面に小さなガラスの破片が散乱している。ええ、なんで?と思ったけど、外は暴風雨。仕方なくそこにシートを敷いて寝ることに。そして深夜。
自分は寝られなかった。こんなことは旅を始めて初めてのことである。何故か?パチンコの負けが悔しかった?違う。むしろ自分はふて寝しようと思っていたのだ。何故寝られなかったか?物凄い風で寝られなかったのである。バス停が地震のように揺れる。自分は風によってバス停のドアが外れて吹っ飛びそうになるのを三度防いだ。今夜ここで自分が寝ていなければ、このドアはおしゃかである。そう思いながらも、こうしていてはいつまで経っても寝られないので、もうほったらかして寝ることにした。寝袋に潜って5分くらいしただろうか。自分が寝よう寝ようと努力をしているところに、バリンッ、ビュゥゥオーという音がして、ついに一対になった引き戸のドア1枚が姿を消した。恐れていたことが起こってしまったのである。自分はゆっくりと起き上がり、ウルフルズの「事件だッ」を歌った。こんな時でも歌を歌うのは自分の良い癖か悪い癖か。その歌が歌い終わらぬ内に今度はもう1枚、ガラスが割れ枠がひしゃ曲げられて海の方向へすっ飛んでいった。目の前で起こった映画の
ワンシーンのような光景。ちょうど映画「ジョーズ」で海水浴客がジョーズに食われる瞬間のように引き戸は海へと消えた。正方形の枡を横に倒したような形になったそのバス停の中で自分は体育座りをしてボーッとしていた。もし、次この小屋が飛ばされれば、風の向きからして自分は小屋もろとも5m脇の海である。そこに待っているのは死だ。雨も吹き込んでくるし、ここに留まるのは危険だと判断した自分は荷物をまとめカッパを着て「南無」と叫んで暴風雨の中に飛び出した。深夜0時半のことである。
自分は街の方へ戻ることを嫌い、先へ進むことにした。途中、建物の柱が折れたり、壁が倒れていたり、ゴミ集積カゴが歩道を遮ったりしていた。「世紀末かよ?!」とツッコンだが、よく考えてみたら世紀末はもう過ぎているのであって、少し恥ずかしくなった。どこのバス停も破壊されていた。足を踏み入れてみると、中が浸水していて靴が濡れる。行けども行けどもバス停はダメで、ついに民家がなくなり、明かりが途絶えた真っ暗な暴風雨の道路を一人歩いていた。見えてきたのはトンネルである。もういい、自分はトンネルの中で寝ようと決心しトンネルへ進入したが、そのトンネルは歩道が狭かった。時々通るトラックの運ちゃんをびびらせまくったことだろう。深夜1時、薄暗いトンネルの狭い歩道で自分は途方に暮れしばし体育座りをしていた。
その後、立ち上がった自分はさらに先のトンネルで寝場所を確保できるだけのスペースを発見。そこに落ち着いて、トンネルの壁に寄り添うようにして眠。トンネル内に反響する爆音トラックも先ほどのバス停に比べたらオルゴールである。濡れた靴、湿った衣類とリュック、しぶきをあげるトラック。衣食住って大事だなと痛感した。

天候
曇りのち雨
気温
朝20℃ 昼20℃ 夜16℃
歩数
34462+4537(深夜分)=38999歩
累計775786歩
出費
カップラーメン・・150円
菓子パン・・105円
ポテトチップス・・105円
ジュース・・105円
缶ビール×2・・210円
サラミ・・105円
かにかま・・105円
中華丼・・149円
ザンギ・・97円
パチンコ代・・20000円
計21131円
累計115350円
食事
朝・・きびだんご、カロリーメイト、飴
昼・・カップラーメン
夕・・中華丼、ザンギ、かにかま、缶ビール×2、飴
夜・・ポテトチップス、ジュース
道中・・水

51日目 岩内~蘭越

20070527090245
(いわない~らんこし)
26日、9時起床。昨夜寝損なった分長く寝ていようと、トンネルの歩道で寝返りを打ちつつ睡眠。時々轟く大型トラックの音に負けじと睡眠。歩道といっても、自分はトンネル内では誰一人ともすれ違ったことはないのでゆっくり寝られる。睡眠に満足して起き上がり、荷物をまとめていると背後から声がした。
「おーい、大丈夫か?」
振り向くと、そこに立っていたのは警察官である。
「はい」
「旅してるのか?」
「はい」
「昨日の雨でか?(トンネルに避難してたのか)」
「そうです。立ち往生しちゃって」
「どっから来たのさ?」
「宗谷です」
「うわー!ここまでどのくらいかかった?」
「半月(実質)くらいです」
「風邪引かなかったか」
「大丈夫です」
「いやー、ここ(トンネル)通った人から通報があってさ、人が寝てるみたいなんだけどもしかしたら・・」
「死んでるんじゃないかって?」
「そうそう」
「はは、大丈夫です。生きてますよ。それはすいませんでした」
「いやいや。学生さん?」「いえ」
「じゃあ、仕事は?」
「土方をやってましたけど辞めました」
「お金貯めて?」
「はい」
「どんくらいの予算なのさ?」
「一応、80万です」
「それで旅してるんだ」
「そうですね」
「じゃあ、ちょっと悪いんだけどコレに名前と住所書いてもらえるかな」
「ああ、はい」
「生年月日は?」
「あと携帯番号もいいかな」
「はい」
「で、どこまで行くのさ?」
「とりあえず、沖縄に向かいます」
「えー!そっかぁ、じゃあこれから先も何回か警察にこうやって聞かれるね」
「はは、そうっすね。すいませんでした」
「じゃあ、気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
という会話。確かにお巡りさんの言う通り、自分はこの旅であと何回警察の尋問を受けるのだろう。もしかしたらパトカーに乗ることもあるかもしれない。別に迷惑をかけるつもりはないし、犯罪もないが、通報されてしまったら仕方ない。なるべく気をつけて行動しているけれど、昨日は仕方なかった。寝床の問題って意外とデリケートで、例えば公園で寝るにしても、ベンチの上ならOKだが、ベンチがなくてブランコの下とかで寝たらアウトである。これはもう第三者が見た時に「あんなところで人は寝ないだろう」というイメージがあるところは全てアウトである。だから、寝場所を探す身になって初めて気づいたが、街にはあまり寝床がないのだ。土手に住むホームレスの気持ちがよく分かる。本州へ行くとバス停も簡単なものになるので、寝床を探すのが大変になりそうだ。
それと、これはいつも書こうか書くまいか迷っていたんだけど、昨日のこともあったのでやはり書いておこうと思う。このブログの更新に関してのことだが、このブログが3日経っても更新されない場合は自分の携帯電話が故障したと思ってもらいたい。10日以内に対処して更新する。10日経っても更新されない場合は、自分がなんらかの原因でブログを書ける状態でないと判断してほしい。復帰し次第、更新する。1ヶ月経っても更新がない場合は、最終日の更新がエンディングであると思って頂きたい。松尾芭蕉は客死した。自分はもちろん生きて帰る。だけど、生死なんてものはいい加減なものであるし、神様はいつも気まぐれだから正直分からない。命ある限りは宗谷岬に着くまでブログを更新するのでよろしく。
午前中から天気は小雨だったが、午後に向かいさらに悪化。自分は昼から蘭越にある道の駅に滞在した。ちょっとここで態勢を立て直そうと考えたのである。実はこの道の駅に来るまでの間に雷電温泉という温泉があり、靴がびしょ濡れになってしまった自分は温泉につかってゆっくりしようと考えていたのだが、この雷電温泉が改築のために閉まっていた。そこで、その先の道の駅まで進んできたのだった。
夕方、17時にそこも閉まるというので、近くのバス停、商店情報だけ聞き移動。道の駅から1kmも行かないところにあった商店に入。そのしょっぱな。
「トンネルの中で寝てたろ?!」
店主らしきおじさんであった。どうやら、今朝自分をトンネルの中で見かけたらしく
「警察に尋問されてたろ?俺、見たんだよ」
と言っていた。どこでどう人が見てるかなんて分からないものだ。もしかしたら、この先九州辺りで長距離トラックの運ちゃんに「お前、北海道のトンネルでうずくまってなかったか?!」なんて言われることがあるかもしれない。その商店でカップラーメンとビールを買うと、「そこで食ってけ」と椅子を貸してくれ、そしてなんとタコ刺しをサービスしてくれたのである。帰りにお礼を言うと、「近く来たらまた寄ってけ」と言ってくれた。自分は旅をするにあたり周りの人から「世の中には悪い人もいるから気をつけて」と結構言われ、また自分自身も「そうなんだろうな」と思っていたけど、まだ一人も悪い人に出会っていない。これはすごくラッキーなことなんだろうか。悪い人って、どんな人だろうか?そう考えて、今までの人生を振り返ってみたら不思議なことに誰一人として悪い人が思いつかない。あれ。世の中には恐ろしいニュースが溢れていると思っていたのに、あれ。おかしいな。不思議だ。みんな優しい。今はみんな優しく感じる。
商店前のバス停で眠。今日は風に強いログハウス様の建物。

天候

気温
朝16℃ 昼16℃ 夜15℃
歩数
18601歩
累計794387歩
出費
ジュース×2・・300円
グミ・・31円
じゃがりこ・・157円
ポテトチップス・・126円
コアラのマーチ・・105円
カップラーメン・・145円
缶ビール・・160円
計1024円
累計116374円
食事
朝・・菓子パン
昼~17時・・ジュース×2、コアラのマーチ、ポテトチップス、グミ、じゃがりこ
夕・・カップラーメン、サラミ、缶ビール

52日目 蘭越~寿都

20070528102031
27日、8時20分起床。今日も天気は小雨。道中でリヤカーを引くおばあちゃんとすれ違った。そのおばあちゃんに話しかけられ「おっかねえ人がいるから気をつけなさいよ。刺されっちゃうよ」とアドバイスをくれたのだが、おばあちゃんの瞳に自分がそういう人物に映らなかったのが光栄である。世の大人に、何もしていないのに「何かしそうな最近の若者、おっかない若者」という括り方をされるのは最近の若者として悲しい。特に自分は若干人相が悪い。無理に笑顔を作ろうとすると気持ち悪くなるので、最近は満面の笑顔を諦めて微笑み程度で生活している。ただ、以前本で読んだ瀬戸内寂聴さんの言葉が心にあって「わがんせ」、和顔施と書くのかな。「人間、どんなに貧乏して人にあげられるものが何も無くても、笑顔はあげられる。笑顔をあげなさい。それでいいのです」と仰しゃっていて、自分は「うっわぁ、なんたらいいことを言うんだろなぁこの人は」と深く感銘を受け、それ以来しかめっ面の自分に気づくと「わがんせわがんせ」とおまじないを唱えてはいる。だから、
もしかしたら今日ついにその効果が表れて、そのおばあちゃんは話しかけてくれたのかもしれない。
その後、親父から電話があり「一昨日は大丈夫だったか?」と言う。一昨日の暴風は、この辺りの住民にとっても驚くほどの暴風であったらしく、地元民の「凄い風だった」というセリフをよく聞いたし、仁木のおやじさんもビニールハウスが1本飛んでしまったと言っていた。親父の知り合いがたまたま一昨日北海道に来ていたらしく、そこから話が伝わったらしい。「大丈夫だよ」と答えたけど、いやぁ、あれは凄い風だったさホント。わやだべさ。にしても、この海岸線は本当に誘惑が多い。最近のつわものは「生ウニ丼」のノボリ。どこ歩いても生ウニ丼生ウニ丼生ウニ丼である。これじゃ1回くらい食べないと申し訳ない気もしてくる。旅の途中で聞いた話では3万円の生ウニ丼まであるらしい。バフンウニでご飯が隠れて、などと聞くと垂涎ものである。
午前中からカッパを着用して歩き、昼、ちょうどいい具合にコンビニを見つけ入ろうとしたところ、自分の脇に車が止まって「近くまでだけど乗ってきませんか?それとも歩き?」と雨の中をドライバーさんがわざわざ車から降りてきて聞いてきた。もう一度言うけど、自分はカッパを着ている。カッパを着ている人に声をかけてまで自分の乗用車に乗せてあげようと思うだろうか。自分は思わないだろう。何故ならシートが汚れるからだ。「歩きなんで大丈夫ですよ」と断ったら、「分かりました。あ、喉は渇いてない?」と言う。「飲み物いる?」と言うのだ。まるで聖者のような人である。我に固執する自分が生きてるのが恥ずかしくなるくらいである。しかし、これも成長だろうか。飲み物をもらう自分が卑しく思え、これも断れた。
午後から雨が強まったので一時バス停に避難して、収まってきたところを少し先の温泉へと向かった。その途中、やる気がありすぎて空回りしている自販機を発見。激写。その温泉から寿都(すっつ)の町までは5kmくらいだろうから、今日はこの温泉でのんびりしようという考え。風呂に入って、缶ビールを買って、などとしていたら休憩所のTVでちょうど競馬「日本ダービー」が始まるところであった。この日本ダービー、自分は鳥肌が立った。誰か競馬好きの人で見てた人いるだろうか?日本ダービーとは若男馬の祭典である。そのなみいる男達を抑えてウオッカ、牝馬(ひんば)が勝った。鳥肌みのる。四位(しい)だよ。四位ってのは、騎手の名前ね。すげぇ。すげえよ。ヒシアマゾンも駄目だった。エアグルーウ゛も駄目だった。って、別にダービーに出たわけじゃないんだけど、有馬記念というでかいレースで2着どまりだったんだ。女傑と呼ばれた馬達がやっぱり越えられなかった男達の世界で、今日は圧倒的な勝ち方をしたんだ。強ぇぇぇよ!この興奮はあまり分かってもら
えないかもしれないけど、隣のおっちゃんも興奮してた。だって戦後初なんだよ、ダービーで牝馬が勝つのは。その興奮覚めやらぬまま缶ビールを立て続けに4本飲んで、次は朝青龍対白鵬戦だったけど、これも良かったなぁ。これで白鵬は横綱だ。安心して自分はそのまま寝た。起きたのは19時半である。酔い醒ましにアイスを食べて、寿都町に向け出発。
途中、セイコーマートに立ち寄ったら、おにぎり全品50円引きセールなる恐ろしく割引率の高いセールをやっていて(105円のおにぎりが55円だよ)、5個買った。明日の朝食にする。会計をしている時に財布がなくて、慌ててリュックを探したんだけどなくて、ドキドキしていたらレジの店員が持っていた。カゴの中に入っていたらしい。そんな下手くそな主婦みたいな失敗すな、俺!まあ、でも明日から晴れるみたいだし、ハリキッテコーなのさ。寿都町のバス停で眠。

天候

気温
朝18℃ 昼15℃ 夜13℃
歩数
35153歩
累計829540歩
出費
カップラーメン・・108円
黒糖ふかしパン・・98円
風呂代・・500円
スナック菓子・・105円
枝豆・・200円
フライドポテト・・250円
発泡酒×4・・640円
アイス・・105円
ジュース・・146円
おにぎり×5・・340円
ゼリー・・80円
カップウドン・・88円
計2660円
累計119034円
食事
朝・・きびだんご、カロリーメイト、飴、水
昼・・カップラーメン、黒糖ふかしパン、水
夕・・スナック菓子、枝豆、フライドポテト、発泡酒×4
夜・・アイス、カップウドン、おにぎり×2、ジュース

53日目 寿都~島牧

20070529091541
(すっつ~しままき)
28日、9時20分起床。昨日買っておいたおにぎりを食べ、出発。カラスが見通しのいい直線道路で車のタイヤが通る辺りに何かを置いている。クルミだろうか。車が通り過ぎると近づいてなにやら確認していたが、自分が側を通ると森の方へ飛んでいってしまった。久しぶりにラジオをつけてみたらまたFMが入らない。AMも、あれなんでなんだろうか、英語のレッスンとか韓国だか中国だかの番組が入ってくるのに、肝心なラジオ局は一つも入らない。
歩き始めて1時間位で弁慶岬という岬に到着。ここには仁王立ちする弁慶の像があって、伝説によると義経と弁慶はこの岬でアイヌの人々と相撲に興じたのだという。弁慶が相撲をとったという土俵跡に石碑が建てられていた。今でこそ土俵自体無くなってしまったが、土俵があった時は弁慶が相撲をとった時の下駄の跡まで残っていたそうだ。看板にそうあった。また、この町では義経を守護した弁慶の気力と体力を神業とし、弁慶を神様として崇める風習があるのだという。
そこからさらにテクテク歩いていくと道が緩やかな上り坂になっているところがあり、道端に地蔵が1体あった。どうやら、交通安全の地蔵らしい。見ると、地蔵の両脇の花束が倒れている。まだ、みずみずしい感じのする綺麗な花で「誰が生けたのだろう、こんな山あいの地蔵に」と思い、直してあげることにした。花束を掴み、花瓶に挿そうと花瓶を見たら、あら、水が入ってない。それで、ツイと手に持った花束を見てみたら、なんとこの花束、造花であった。ここまで人の目を欺く造花を作った造花業者も造花業冥利に尽きるというものだろう。造花を花瓶に挿し、折角なのでリュックから飴ちゃんを2個取り出して御供えし「守ってちょんまげ」とお願いしてきた。時計を見ると、もう昼であった。
自分の脇にパトカーが止まり、お巡りさんが「乗ってくか?」と言う。勤務中だろうに、いいお巡りさんだ。小さな川で小さな魚が群れて泳いでいるのを見つけた。なんだろう?ヤマメじゃないだろうし。道路脇の森ではウグイスが鳴いている。歩いていると、時々こうやって自分が自然と調和出来ているような気がする。
コンビニが見えてこないので、道路脇のちょっとしたスペースに荷物をおろして昼食。仁木のおばあちゃんにもらったきびだんごで凄く助かっている。きびだんごと言えば桃太郎で、桃太郎は歩き旅だった。つまり、昔からきびだんごというのは歩き旅のお供だったんだろうけど、昔の人って本当にスゴいよね。きびだんごの利点をざっと挙げると
一、満腹感がある
一、日持ちがいい
一、糖分を摂取できる
一、持ち運びが楽
一、すぐエネルギーになる一、うまい
よほど考えて作られたのだろう。カロリーメイトでも、これほどの利点は挙がらないんじゃなかろうか。もしかしたらきびだんごは最強の携帯食かもしれない。そして、その昼休み中に初めて「仲間」を見た。これでもかと荷物を積んだ自転車が自分の目の前を走っていったのだ。自分も負けてられないと休憩を30分で切り上げて跡を追った。
今自分が渡っているこの川は百年後も淀みなく流れ続けているだろうか、海は変わらず波を寄せては返しているのだろうか、少し不安になるけど誰もそんなことは知らない。なんだかなあと呟きながら歩いていると、どこの家からかすっげぇいい肉じゃがの匂いがしてきた。腹が鳴る。ギュークルル、ズンズンチャッ。胃袋の中でマサイ族のような人達が雨乞いの踊りを踊っている。ズンズンチャッ。ズンズンチャッ。
夕方、道中で見つけたコンビニで缶ビールとカップラーメンを買った。自分がここで書いているビールというのは「第三のビール」というやつなんだけど、これはもはやビールじゃないんだね。原材料が、ホップ、糖類、エンドウたんぱく、カラメル色素だって。麦が入ってないんだよ。自分は今まで何を飲んでいたのか。あのビールのような色などカラメル色素だったのだ。どーなってんの、これ。ショック。カップラーメンを食べた後、また歩き出す。今日は気持ちのいい天気だし、行けるとこまで行こう。右手に江ノ島海岸という海岸が見えてきた。ここも日本の渚百選であるらしい。島武意とこれで2つ目だ。18時59分、日没。雲か大陸か、かすんでよく見えないが太陽は海の彼方の一線に顔を隠した。これから日本は夜になる。
ホテルはリバーサイド、バス停はシーサイド。いつものようにオーシャンビューのロイヤルスイート。カクテルはハニームーン。おーい、誰かーって叫んでも誰の耳にも届かないかもしれない。携帯電話は圏外だし。島牧のバス停で眠。洗濯物を外に干して、おやすみなさい。

天候
晴れ
気温
朝17℃ 昼21℃ 夕16℃
歩数
53408歩
累計882948歩
出費
カップラーメン・・88円
缶ビール・・118円
計206円
累計119240円
食事
朝・・おにぎり×3、ゼリー、コーラ
昼・・きびだんご、カロリーメイト、水
夕・・カップラーメン、缶ビール
道中・・飴、水

54日目 島牧~せたな

20070530093128
29日、8時起床。昨日干して置いた、というか看板に引っかけておいた洗濯物は靴下以外乾いていた。この靴下はもう捨てよう。函館に着いたら靴と靴下を新調しなければならない。旅出前は洗濯と入浴が一番心配だったが、やはり成せば成るというのか、どうにかなるもんだ。無理矢理感は強いけど。天気は曇りで朝から肌寒い一日。ずんずん進む。
昼、カンパンを食べた。これでリュックの中の食料は全てなくなった。これも旅出前は心配なことの一つだったが、食料問題。いざ歩いてみれば、保存食がなくても一日一回は商店に出会うことが分かり、なんとかやっていけることが分かった。山へ登るなら遭難した時の為に必要な保存食だが、自分はその危険もないだろうから思い切って荷物軽量化の為に保存食はこれでカットする。残っているのは飴だけである。昨日立ち寄ったセイコーマートの情報によると、次のコンビニはせたな町のセイコーマート。夕方着の予定。トラックの運ちゃんが「乗せるよ」と言うのを断ったら、この先せたなからの峠道がかなりきついと教えてくれた。せたなから20km位、国道が内陸に入っている部分があるのだけどそこが峠になっているらしい。海岸線にも道があるようだが、地図上では途中で切れてしまっているので国道を進む。
確かに情報通り、コンビニはここまで一軒もない。だが、これはいいことだ。コンビニがなければ誘惑されることもない。安心しながら歩いていると、巨岩のカーブを曲がったところに食堂があった。この旅で幾度となく自分を苦しめてきたものの集合体が見える。
「特製カレー」
「活ホタテ!!」
「冷え冷えのビールありますよ~!」
このノボリ群を前にして自分は立ち止まった。5分は考えた。いや、10分。腹の中でうなだれていたマサイ族がすっくと立ち上がり「雨かっ?!」と自分の喉の方を見上げている。自分は倖田來未のキューティーハニーの調子で「おなかがヒクヒクしちゃうのー」と歌って通り過ぎた。嘘じゃない。本当に胃がヒクヒクしたのだ。だが、頑張れた。マサイ族は意気消沈してまた腰をおろした。
せたなは日本女医1号者開業の地であるらしい。16時に予定より早くセイコーマートに着。カップラーメンとパンと缶ビールを買った。セイコーマートの特長はコンビニなのに商品を割引きして販売していることで、これは大変助かる。カップラーメンは88円からあるし、缶ビールも大抵数種類は値下げされている。しかし、今日自分が買った缶ビールは新発売のもので通常の値段であった。キリン「良質素材」、リキュール(発泡性)〓とある。原材料に発泡酒、大麦スピリッツ。発泡酒が原材料とはどういうことだろう。キリンだから淡麗が使われているのだろうか。味は良かった。
そこからさらにせたな北檜山区へ5kmほど歩く。道は相変わらずの国道229号線。途中、ガンタンクとミシュランが合体したアンパンマンの二刀流に「車はスピードダウン、お前はスピードアップじゃボケッ!」としばかれ、ずっと視線を感じながら進む。
北檜山のスーパー着。ここで食料を買い込んでからまた移動。セイコーマート着。パンを買って、店前で携帯電話を充電させてもらった。1時間半ねばったら体が芯まで冷えた。20時、バス停を探すためさらに先へ。町の外れにパチンコ屋があり、自分は前回の反省があるからもう同じ轍は踏まない。キショー、町の終わりに関のようにこんなもん作りやがって、と一瞥くれて先を急いだ。
大きな橋を渡ると、真っ暗な山道。歩道も街灯もほとんどない。自分は考えた、思い出した。そういえば、今日自分に話しかけてきてくれたトラックの運ちゃんは、せたなを過ぎるとしばらくは峠になるので集落はないと言っていた。そして、どうも先ほどからバス停を見ない気がする。ハッとした。もしかしたらここは路線バスが通っていないのかもしれない。町の中央に大きなバスターミナルがあったからあそこが終点だったのかもしれない。とすれば、この先いつまでたっても泊まれる場所はなく、このまま闇雲に進めばとんでもない目にあうだろう。自分は踵を返して今来た道を戻った。冷たい夜風の中を2kmほど引き返した。途中にさっきのパチンコ屋があった。ちょっと温まるかなと傾きかけた体をブルブルと頭を振って、いかんいかん、こういうのがいかんのだよ、と戒めてバス停を探した。町まで戻るとバス停より早く公衆便所が見つかり、ここで眠。思いっきり防犯カメラがこちらを向いているのだけど気にしないことにして、しかしあまり迷惑もかけられない、端っこの方で
うずくまって寝ている。

天候
曇り
気温
朝14℃ 昼15℃ 夕17℃
歩数
54711歩
累計937659歩
出費
カップラーメン・・88円
パン×2・・263円
缶ビール×2・・265円
焼きそば・・210円
ミートソーススパゲッティ・・208円
カツオチキンナゲット・・198円
ジュース・・188円
タコ刺し・・200円
ポテトサラダ・・70円
計1690円
累計120930円
食事
朝・・きびだんご、カロリーメイト、水
昼・・カンパン
夕・・カップラーメン、パン、タコ刺し、カツオチキンナゲット、ポテトサラダ、缶ビール×2、ジュース
道中・・水

55日目 せたな~大成

20070531051412
30日、6時起床。ここのトイレは町中とあってか早朝から利用客が多い。しかも皆、大の方ばかりだ。音が・・。ガードマンの仕事だろうか、一人の青年がやって来てトイレから出てくるなり話しかけてきた。テンションの高い人で「うっわ、お兄さんカッコいっすねー!うっわぁ、うっわぁ、頑張ってくださいっ!」と言って、手を振りながら出ていった。それ以降も数人と会話をして、皆「えー」とか「ひょー」とか言ってトイレを出ていった。8時過ぎにまた一人のおじさんがやって来たので軽く会釈をしたら、そのおじさんはこのトイレの管理人で、一瞬気まずくなったが話してみれば優しい人であった。「お世話んなりました」と挨拶して出発。
今日も好天。夏のような暑さだ。虫や鳥や木々がザワザワしている。セミが鳴いている。アリが獲物を運んでいる。ミミズが干からびている。あまり暑いので、昼休みを早めて発泡酒を飲んだ。うまいなぁ。のどかだし。昨日のトラックの運ちゃんは集落がないと言っていたけどA-COOPがあったのだ。よかった、よかった。そのA-COOPの脇で休憩をしていたら職人がトラックでやって来て自分に話しかけてきた。いつものような会話をしていると、「おう、あんちゃん何飲む?」と自販機の前に立って言う。「いや、自分はこれがあるんで」と申し訳なくも発泡酒を指差すと、「いいから何か冷たいの飲めよ」と押すので「じゃ、お言葉に甘えて」とサイダーを奢ってもらった。職人というのは男気があって好きだ。昔、こういうことは3度断れと教わった。相手が4度目も勧めてきたらその時は受けろ、それが礼儀だと教わった。三顧の礼とも言うし、3度というのは何かをする時に区切りになる大事な数だが、相手が職人の場合は1度だけでいいような気がする。何故なら職人はチ
ンタラしているのが嫌いだから、律儀に3度断っていたらきっとイライラするだろう。
せたなから山道が続いたので、久しぶりに田んぼをよく見かけた。ちょうど田植えのシーズンなのか、稲が植わった田んぼとまだの田んぼとがあり、機械で植わらなかった部分におばあちゃんが手で苗を植えていた。峠の途中で一休み、30分位寝てから再出発。この旅で迷惑をかけているせめてもの罪滅ぼしにとそこでゴミを拾い集めたのだけど、どちらにしろこのゴミはコンビニに捨てるのだから迷惑を被るのはコンビニということになるのか。慈善が一転、偽善。とかくこの世は住みにくい。その山でまた荷物を満載した自転車とすれ違ったが、会釈をしただけで颯爽と行ってしまった。自分はこの先の町がどーたら、道がこーたらといった情報の交換がしたい。
16時過ぎ、峠を抜けてようやく海岸線に出た。わずかな間だったが、海を恋しく感じる時間だった。大成(たいせい)という町に入ったのだが、この辺り一帯は市町村合併でだろうか、全てせたな町に切り替わっているようだ。海岸線に出てすぐ、どこからか変な声が聞こえてきた。どうやら自分の歩く方角からである。近づくと、その声の正体は小学生の男の子で、土手の隅で大声をあげて泣いていたのだった。自分は道路から「どうした?」と声をかけてみたが、男の子はこちらをチラと振り返っただけで後は無言である。泣き叫んでいたからか顔が紅潮している。もう一度「どうした?」と言ったら、今度は何かブツクサ喋り始めた。近くに行き、話を聞いてみると
「ヨーヘイが、あいつ、いっちょまえに、俺を置いていきやがった」
と泣きながら言っている。
「友達とケンカしたのか?」
と聞くと、違うと言う。
「置いてかれただけか?」
と聞くと、うんと答えた。
「友達なんだろ?」
「うん」
「しょうがない奴らだな」
「・・・」
「俺、さっき見かけた3人組かな」
「違う、2人」
「2人かぁ、見なかったな」
「2人でいたはず・・」
「元気出せよ、明日学校で会うんだろ?」
「うん」
「大丈夫か?」
「うん・・」
「これやるからよ」
そう言って自分はリュックの中から昨日買っておいた菓子パンを出したのだが、菓子パンは荷物に潰されてぺしゃんこであった。
「ありゃ。まあ、これ食えよ。チョコチップ入ってんだぞ」
男の子は、自分が開けて差し出したその菓子パンの袋から一本、スナックパンを引き抜くとそれを食べ始めた。自分も一本とって食べた。食欲があるようならもう大丈夫である。別にどこも怪我していないようだし自分は先へ進むことにした。
「男は簡単に泣いちゃ駄目だぞ」
そう言うと、男の子は顔を隠すようにして自分に背中を向けてパンを食べていた。
「元気出せよ。じゃあな」立ち上がると、こちらを振り返った男の子に手を振ってまた歩き出した。その後、道の駅にて休憩。今日の最低目標はこの道の駅だったが、まだ時間があったので先へ。
この海岸線は奇岩だらけである。海辺に変わった形の岩がたくさんあり、その全てに名前がついている。自分は今日、親子熊岩という奇岩のところまで行くことにした。道路にはカラスの食事跡だろうか、ウニの殻がちょくちょく落ちている。もちろん中身は入っていないのだが殻はキレイに残っていて、まるで生きているかのように道路にあるので何だか悔しい。道路がカーブになっているところにまたパトカーが止まっていた。そこに立っていたお巡りさんが声をかけてくる。どうやら自分と話すために先回りして待っていたようなのだが、尋問なのか、ただ興味があっただけなのか、世間話をしただけで「じゃあ、気をつけてね」と見送られた。なんだったんだろう。4、5歳くらいの子が「バイバーイ、頑張ってねー!」と自分に手を振ってくれ、自分も振り返し、親子熊岩を通過。見つけたバス停にサザエさん。今日は暖かいので、寝袋を使わずに寝ようと思う。

天候
晴れ
気温
朝21℃ 昼26℃ 夕20℃
歩数
51236歩
累計988895歩
出費
カップラーメン・・138円
プリン・・49円
発泡酒・・211円
コーラ・・150円
計548円
累計121478円
食事
朝・・ミートソーススパゲッティ、焼きそば、ジュース
昼・・カップラーメン、プリン、発泡酒
夕・・パン、コーラ
道中・・水

56日目 大成~江差

20070601091007
31日、4時起床。5月が終わるね。あっという間だ。またすぐに正月が来るよ。昨日、寝袋を使わずに寝たらさすがに寒かった。朝は寒さで目が覚めた。昨日のサイダーを開蓋即飲、牛飲馬食。5時に出発。早朝からのスタートで、さあ今日は捗るぞーと期待して1時間ほど歩いてからコンビニにて本格的朝食。激メンワンタンメンとバターシュガーパン。地域ネタですんませんが、セイコーマートの歌が頭から離れず。「田舎のばあちゃん、おいしいトマトが、採れたからって、送ってきたよ、ご飯におやつに、パクパク食べる、だから今日も、全力疾走、フレッシュフレッシュフレッシュ、おいしさフレッシュセイコーマート」てな感じの歌。いいね、あれ。
朝だから空気もなんだか気持ちよく、すいすい進んでいると道路端に軽自動車が止まり、運転手のおばちゃんが中から手招きをする。近づいて話を聞こうとすると、おばちゃんは助手席の荷物を後部座席に移しながら「乗んなさい」と言った。自分が状況を説明し断ると、おばちゃんは少し残念そうな顔をして「じゃ、歩きなさい」と言った。おばちゃんはこれから山を越えて隣町の眼科病院まで行く途中なのだという。手を振って別れた。
トンネル内ではツバメが巣をつくっている。出口に近い辺りでトンネル内の電灯にポコポコと泥を盛ったような巣がいくつも出来ている。中からヒナが顔を覗かせた。「巣立ち」という言葉が一番しっくりくるのは鳥だ。そんな気がした。
途中、海沿いの切り立った崖に上る坂道で「生命の泉 能登の水」と書かれた標識を見つけた。「いのちのいずみぃ?」その文句に強く惹かれた自分は、ルートを変更し、さらに山の上へと続く道を進んだ。しかしまあ、標識には600m先とあったからすぐである、歩いていくと地元民の方が「まあ、わざわざ水を飲みに?ご苦労さん」と挨拶してくれた。期待に胸高鳴らせながら向かう。あった。小さなあずまやの下、水が溢れ出ている石がある。自然に湧いて出ているものなのだろうか。自分は腰を屈めて両手を受け皿にして飲んでみた。水だ。リュックの中のペットボトルを取り出して、中に入っていたコンビニトイレの水を捨て、この能登の水を詰めた。当たり前かもしれないが無色透明。あずまやのすぐ隣にあったお稲荷さんにお賽銭を投げてお礼を言い、ついでに旅の加護までお願いしてその場を去った。
さあ、生命の水を飲んだことだし、調子よく行きますかあ、と歩き出してすぐ、また生命の泉があった。これは後になって分かったことだが、この町には生命の泉が何箇所もあったのだった。わざわざ坂を上らんでも、その先に近いのがあったのだ。
昼に向かい太陽が昇ると反比例して自分の歩くペースは落ちていった。密かに移動距離最高記録の大台50kmを狙っていたのだが、この調子ではどうだろう。そんなことを思いながら歩いていると、突然車のクラクションが鳴り、振り向いてみると道路脇に車がハザードをたいて止まっている。自分が歩く方向と反対方向の車だし、なんだろ、と思って見ていると、あっ、さっきのおばちゃんである。どうやら病院帰りのようだった。「あんた、ずっと歩いてたん?」と言うので「そうですよ」と答えた。そのおばちゃんが言うには、(自分が)息子によく似ていてほっとけない、あんたが心配でならん、親はいるの?、あんた仕事は、ニートってやつか、あたしは77歳なんだ、食堂をやっててね、と言ってももう子供達に譲ったからあたしはやってないんだけど、あんた年賀状くれる?とのことで、自宅の住所を渡されて、また手を振って帰っていった。なんだか自分はキツネにつままれたようだったが、来年の正月は予定では九州にいるはずである。書いてあげるか、年賀状。と思い、渡さ
れた住所、それも郵便物の封筒である、それをリュックにしまってまた歩きだした。
南に下ってくるにつれ、セラーズというコンビニが増えてきた。昼、そのセラーズで休憩。昼食をとった後、すぐ温泉へと向かった。13時、乙部温泉着。そんなに広くはないが自分の好みの風呂屋だ。露天風呂とサウナがあって、混んでなく、畳の休憩所がある、そこでは軽食と酒が出て、テレビを見ながらゴロゴロ出来る、そんな風呂屋。ただ、シャンプーもボディーソープも置いてなくて、浴室で人にシャンプーをもらったら、その人に「さっき、歩いてたよね」と言われた。見られているもんである。ボディーソープは我慢しようと、何もつけないタオルで体を洗っていたら、その人は「どこから来てんの?」と言って石鹸まで貸してくれたのだった。
風呂上がり、横になっていたら2時間も寝てしまって、とりあえず江差までは行かなければと外に出た。いつの間にか空が曇りはじめている。少し歩くと、やあ、正面の方からチンドンチンドン賑やかな音が聞こえてきた。祭りでもあるのかと思ったら違う、小学生の鼓笛隊の演奏であった。この辺りの小学校はどこももうすぐ運動会があるらしい。江差に近づくと女子高生も見かけた。眉毛をいじくって化粧をバッチリした女子高生である。自分の地元では、まるで水商売をしているかのような女子高生や、すうぱあもでるみたいな女子高生をたまに見かけるがあれは反則であると思う。何が反則かって、法律で守られている立場なのだから誘惑するのは反則である。勝負するなら同じ土俵でして頂きたい。どすこい。なんちて。救われねえ。ま、それは冗談として、時々見かける女子高生って華って感じがしていいなあとよく思う。
後、江差「道の駅」着。セイコーマート近くのバス停で眠。明日も全力疾走、フレッシュフレッシュフレッシュ!

天候
晴れのち曇り
気温
朝17℃ 昼24℃ 夕20℃
歩数
58784歩
累計1047679歩
出費
カップラーメン×3・・274円
パン×2・・196円
缶ビール・・130円
ジュース×2・・288円
アイス・・98円
賽銭・・10円
風呂代・・400円
コーヒー牛乳・・100円
計1496円
累計122974円
食事
朝・・カップラーメン、パン、サイダー
昼・・カップラーメン、缶ビール
夕・・カップラーメン、パン、アイス、ジュース
休憩時・・ジュース、コーヒー牛乳、水
道中・・水

57日目 江差~江良

20070602081631
6月1日、8時起床。起きて荷物をまとめていると外からバス停の中を覗く親子があり、どうやら子供を幼稚園か何かのバスに乗せるので来たのだろう、バス停に自分がいたので中に入りづらかったようだ。「ごめんね」と子供に謝って、「お兄ちゃん何してんの~?」と喋りかけてくるその子と話したり、お母さんと話したりしながらバス停を掃除して退出。すぐ脇のセイコーマートへ。ここで朝食。後、出立。
今日の予定は、とにかく進むこと。目的地は特に設けず日没まで歩き抜く。今日を含め函館まであと4日で行く予定だ。その為にはこの4日間で160km以上を歩かねばならず、出来るだけ距離を稼いでおきたい。昨日書き忘れてしまったが、国道229号線は江差で終わり、今日はすでに国道227号線に入っている。歩き出してすぐ、上ノ国(かみのくに)町からは国道228号線に変わった。
国道228号線はガラガラの国道だった。函館へ向かう車は上ノ国から木古内(きこない)へ抜ける道道5号線に向かうため、ぐるりと松前を回るこの海沿いの国道は一般の人はあまり利用しない道なのだろう。だから、こう言ってはなんだが上ノ国から松前まで60km位、地図上であまり栄えた町も見当たらない。そこが今日の不安なところであり、とにかく出来るだけ進もうと決めた理由でもある。
歩いていると、歩道の上でトカゲを捕まえて食べようとしているヘビがいた。こういう時、今にも食べられそうになっている者の方に肩入れしたくなるのは人の情だろうか。負けている方を応援したくなるのは何故だろう。自分はトカゲを助けることにした。「食べようとしている方だって腹が減ったところをやっと見つけた獲物かもしれないし、そういうのはそっとしておくもんだよ」という意見はあるだろう。でも、まあ、捕食中に自分に見つかってしまったヘビが運が悪いのだ。トカゲの腹に食い付いていたヘビをつつくと、トカゲとヘビは互いに自分を見て、まるで結託したかのように同じスピードで同じ方向に逃げていった。例えるならそれは、廊下でプロレスごっこをしていた中学生が教師の足音を聞いて同じ方向に逃げていくように仲良く逃げていったのだが、どうせならトカゲは少し違う方向に逃げればいいのだ。バカな奴である。
途中、国道沿いの放牧地で馬の親子が寄り添って草をはんでいた。馬を見るのは久しぶりのような気がする。サラブレッドだろうか。もう少ししたら子離れの季節である。競走馬は生後数ヶ月で無理矢理母馬から引き離される。そうやって馬を調教していくのだが、その時の母馬のいななきは悲痛だ。数日間ずっと仔馬を呼び続ける。仔馬の方も遠くで聞こえる母馬の声に応じて鳴き続けるが、数日すると親も仔も分からなくなってしまうのだ。忘れたふりをしているんじゃないか、と思わせるくらい互いに関心をなくす。それは恰もボケてしまった年寄りが自分の家族に「どちら様でしょうか?」と聞くように。
仁木の奥さんに江差に着いたら美味しいヨウカンがある、と聞いていた。それを直前まで覚えていたのだが、朝からエンジン全開で行く内につい町中を通り過ぎてしまった。ヨウカンを食べはぐったのが今日の残念である。
右は海、左は山、前と後ろは車がない曲がりくねった一本道という状況が続き、たまに集落があるもののそれも国道沿いではない。なんだか熊が出てきそうな道だなーと思っていたら、やっぱり看板があった。熊出没注意とある。何を注意すればいいのかよく分からないが、熊と格闘することになったもしもの時のことを考えてイメージトレーニングだけは入念にしておいた。知っているだろうか?熊にはパンチもキックも効かない。(当たり前だっ!)金太郎は相撲で熊に勝ったのだ。もし逃げきれず接近戦になったら、熊が立ち上がったところを猫騙し、次いで大腰、もしくは腕を掴んでの一本背負い、無理だな、体当たりか、窮鼠猫を噛む、目ん玉めがけて石を投げつけ死ぬ気で崖を下るとか、そんなとこだろうか。道路にはスズメバチの死骸もあったし、おっかない国道だ。
ところで、バス停は各市町村の持ち物のようで、よく町ごとで建物が統一されている。ある町ではバス停が全てログハウス様だったり、またある町ではレンガで統一されていたり。ドアが壊れているようなボロボロのバス停が並ぶ町は、財政がうまくいってないのかなと思う。いつの間にか車のナンバーが札幌から函館に変わっていて、これは気付いた時ちょっぴり嬉しかった。
函館まで、あと111km。松前はスルメが有名とあったからスルメイカの漁だろうか、日が暮れた水平線に幾つもの白い灯りが見える。江良、(えら)かな、自分も読み方を知らない。住みやすそうな町だ。その町の商店でカップラーメンを買ったら、店のおばちゃんがホッケのすり身のさつま揚げをくれた。この店には以前にも自分のような歩き日本一周の旅人がきたことがあるらしく、ちょうど自分と同じ位の歳だったそうで、やはり同じような人はいるんだなと思った。そう口にしたら、「そりゃいるさー」とおばちゃんは言った。あと、北海道の人は「ゆるくない」という言葉をよく使う。「大変だ」という意味だろうけど、旅の話をするとよく「それはゆるくねえなあ」と言われる。今日も2、3回言われたのだった。
国道沿いのバス停で眠。このバス停は今までで一番広い。今日気付いたこと、靴を脱いで砂利の上を歩いたら最高に気持ちよかった。

天候
曇り
気温
朝19℃ 昼(忘) 夕15℃
歩数
67863歩
累計1115542歩
出費
パン×3・・308円
カップラーメン×2・・193円
ジュース×3・・373円
発泡酒・・150円
計1024円
累計123998円
食事
朝・・カップラーメン、パン、ジュース
昼・・ジュース
夕・・カップラーメン、ホッケのすり身のさつま揚げ、発泡酒、ジュース
道中・・ジュース、水

58日目 江良~福島

20070604020145
2日、6時半起床。朝、バス停を出て川の土手で朝食をとっていたら、自分の背後に車が止まった。中からおばちゃんが降りてきて、ペットボトルにカルピスのようなものを入れて凍らしたものを自分にくれ、「私にも息子がいるからさ、頑張ってね」と声をかけてくれた。車を運転していたらここでしゃがんだ自分を見かけ、心配になったのだという。わざわざ車を引き返して自分に冷たいものを持ってきてくれたのだった。
今日は福島町まで行く予定。朝食を終え、8時過ぎにそこを発った自分は午前中に松前へたどり着けるよう休憩をはさまず歩くことにした。そして、11時20分松前着。松前は北海道南端の町であり、ここからならアレが見えるはず、とずっと海を眺めながら歩いていたら・・見えた!海の向こうに広い大陸。次なる舞台、本州は青森である。海の上を渡る橋から下を覗いてみると、テトラポッドにへばりつくようにしてウニがそこら中にいるのが見えた。あれ捕ったら密漁だろうか、怒られるかな、でも食いたいな、どうしようか、うーん、なんて悩みながら先へ先へ。
松前には松前城という城があり、それは小高い山の上に建っている。と言っても海からすぐ近くの山なので、国道からもちょっとした階段を上っていけばすぐなのだが、自分は変な道からこの城に向かった為に城の裏側に出てしまった。ベンチで少し休んでから、この城の中へ入ってみようかしらんと門の前まで行ったのだけど、入館料がかかるのでやめた。駐車場から城を写々丸。その後、国道沿いのセイコーマートで昼食をとることに。
昨日、親から電話があり「もっと野菜をとれ」と言われた。それは自分も重々承知していることで、例えば少し大きな町でスーパーを見つけ、運よく野菜ジュースが半額ででも出ていればこれは即買いだが、なかなかそうもうまくいかない。そこで今日の昼、試しにセイコーマートにて定価通りの買い物をして、栄養バランスと量の両面が満足するメニューを揃えてみた。
・カップラーメン
・メンチカツドッグ
・フレッシュサラダ
・乳酸菌飲料
以上、4点である。これで合計金額が640円。金の話になってしまうが、640円が1日3食で1920円。沖縄に着くのが9月いっぱいとして残り4ヶ月=120日だから、1920円×120日=230400円。これはキツイ。やはりこの食費は出てこない。自分は、持ち金と折り合いをつけた1日の食費を600円と見積もっており、だからやはり安易な食事に偏りがちである。これはもう仕方のないことだから、出来る限り考えてはいるが、毎食カップラーメンだろうと、野菜をとってなかろうと、あまり食事に関して口を出してほしくない。正直言ってしまえば、自分だって生ウニ丼を一回くらい食べてみたかったし、たまには民宿にでも泊まってしっかりと朝食をとりたい。でも、そんな金はこの前のパチンコですっちまったのさ。無宿者の宿命よ。だから今後は、さらに食費を切り詰めて競艇あたりで一発でかいのを当てて、ヒルトンでもオークラでもプリンスでもハイアットでもシェラトンでもペニンシュラでも、高級ホテルの最上階で燕尾服を着て裂きイカを食うぐらいの余
裕を持とうと思っている。
道路では軽トラックが船外機の買取りをしている。
「使わなくなった船外機、納屋に眠った船外機、ございましたら、どうぞお気軽にお声がけください」
はじめ、古新聞古雑誌の回収かと思ったら違った。漁業の町ならではだ。松前からしばらく行くと、北海道最南端「白神岬」が見えてきた。ここから青森の竜飛崎までが本州との最短距離らしく、20kmもないそう。記念写真をとって、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」の♪ごらんあれが竜飛岬、という部分だけ歌唱してさらに先へ。道路脇の民家で犬が吠えているので、何事か見てみるとすぐ近くにキツネがいた。これはシャッターチャンスと、カメラを用意して近づくと逃げられてしまい、それを追っかけていたら、犬の飼い主のおっちゃんがその様子を見て笑っていた。話しをすると、あのキツネは毎日やって来るのだと言う。2枚撮れたよ。
セイコーマートで夕食。金をかけずに栄養をとるにはどうしたらいいかを引き続き考えて、自分が購入したのは千切りキャベツと牛乳である。カップラーメンの空き容器に袋詰めされた128円の千切りキャベツミックス120gを投入。ドレッシングをかけずにキャベツの甘味でひたすら食べて、終いに1L158円の牛乳をがぶ飲み。これでどうだっ。文句あるまい。福島町は千代の富士と千代の山、二人の横綱の出身地であるらしい。また、青函トンネルが地下を通る町でもあり、国道沿いに青函トンネル記念館なる面白そうな施設があったが、すでに閉館時間であった。そしてこちらも閉店時間間際、たまたま見つけたスーパーでギリギリ、半額のライスと惣菜(ザーサイ)、トマト、パン詰め合わせを購入。トマトが2個で50円という破格の値段で1パックだけ売っていて、即買いしたのだけど触るとブヨブヨしている。大丈夫なんだろうか。相田みつをに「トマトがトマトである限りそれは本物、トマトをメロンに見せようとするから偽物になるんだよなあ」という詩がある。見た目
はトマトだが、これはもしかしたらすでにトマトじゃないかもしれない。明日の朝食べることにした。
高校前のバス停を嫌って、夜道を歩いていたらなかなかバス停が見つからず、失敗したなーと思った頃に発見。入ろうとしたところに1台の車。乗っていたのは中年の夫婦で「さっき歩いてるのを見て、今そこで引き返してきたんだけどさ、先行くなら乗せてくよ。この先峠だし」と言う。「いえ、今日はここ(バス停)で寝ようと思いまして。歩いて回ってるんですよ。ありがとうございます」と返事すると、運転席にいた旦那さんが「俺も昔、札幌から釧路まで歩いたことがあるんだよ。10泊11日。だからさ」と言った。その旦那さんは「はい、これ」と黒酢ジュースをくれ、車をUターンさせて「グッドラック」と手を振りながら去っていった。バス停の近くにどこからか逃げてきたのだろう、首輪をつけた犬がいて自分の周りをウロウロしているのでパンを半分ちぎってあげた。残りの半分を自分で食べていると、また道路脇に車が止まった。軽のジープ。運転していたのは同年代と思われるスキンヘッドの男性で「ヒッチハイク?俺、函館まで行くんだけど乗ってく?」と言う。自分
は礼を言って断った。実は今日、夕方にも1台「函館へ行く」という車が止まってくれた。毎日毎日、本当に素晴らしい人々との出会いに感謝する。犬とも別れてバス停で眠。函館まであと69km。

天候
晴れ
気温
朝15℃ 昼21℃ 夕19℃
歩数
62577歩
累計1178119歩
出費
フレッシュサラダ・・272円
カップラーメン・・105円
乳酸菌飲料・・105円
メンチカツドッグ・・158円
牛乳・・158円
カップウドン・・88円
グレープフルーツサワー・・99円
千切りキャベツミックス・・128円
パン×2・・316円
パン詰め合わせ・・160円
ライス(半額)・・91円
惣菜(半額)・・49円
トマト×2・・50円
計1779円
累計125777円
食事
朝・・パン×2、フルーツジュース
昼・・カップラーメン、メンチカツドッグ、フレッシュサラダ、乳酸菌飲料(ソフトカツゲン)
夕、夜・・カップウドン、千切りキャベツミックス、グレープフルーツサワー、パン、牛乳、黒酢ジュース
道中・・水

59日目 福島~木古内

20070604090618
3日、5時起床。バス停内で朝食。外では7時のチャイムに合わせて犬が歌っている。
出発。今日は木古内まで約32kmの移動を最低目標に掲げた。福島町から木古内までは内陸に国道が入っているため、今日一日は峠越えになりそうだ。緩やかな坂を上りはじめてすぐ、変な看板を発見。
「あわび最中 イカサブレー」
名物だろうか?アワビもイカも好きだが、最中とサブレーになってしまうとあまり食べる気がしない。
福島と木古内の間に知内(しりうち)という町があり、そこには道の駅もあるから、とりあえずそこへ向かおうと決めひた歩く。その道中、正午過ぎ、初めて旅人と話しをした。自転車に乗った50歳位のおっちゃんで、今朝青森からフェリーで函館に渡ってきたのだという。ここから函館までは60km近くあるから、やはり自転車の移動力というのは大したものだ。おっちゃんはこれから利尻(りしり)島へ向かうのだという。出身を聞いたら東京ということで、「東京からここまで何日かかりましたか?」と聞いたら、10日ぐらいだと言っていた。そして、もう一つ気になる情報が。自分の前を歩いている人がいるらしい。自転車のおっちゃんが言うには、その人も函館へ向かっていたそうで、なんと60歳のおっちゃんだと言う。追いつきたい。追いついて、話してみたい。自分がいつも聞かれるように「何故、こんなことをしてるんですか?」と聞いてみたい。
途中、青函トンネルの出入口が見えた。山に入る普通のトンネルのようである。しかし、あれが50km以上の距離にわたって北海道と青森を結ぶ、世界最長の海底トンネルなのだ。海の底に穴を掘るというのは、どういうものなのだろう。どういった技術なのだろう。想像もつかない。
知内町は北島三郎の出身地らしい。道の駅につくと、スピーカーからひっきりなしにさぶちゃんのヒット曲が流れている。「与作ぅぅぅ」と聞こえてくる。演歌好きにも演歌嫌いにもたまらない憎い演出である。そこのトイレで休憩していたら、一人のおじちゃんが話しかけてきた。少し会話をした後、「ちょっとこっち来い」と自分を誘う。何かと思い、そのおじちゃんの後をついて外の駐車場まで行くと、1台のトラックまで案内された。「俺はもう、今日商売やる気ねえから」と言いながら荷台を何やらゴソゴソやったと思ったら、出てきたのは焼き芋である。そう、おじちゃんは石焼き芋屋だったのだ。ありがたい、おじちゃんはホクホクの焼き芋を2本、紙袋に入れて自分にくれた。そのおじちゃんも車の中で寝泊まりしながら全国で焼き芋を売り歩いているのだと言い、しばらく旅先のことやカーフェリーの話をしていた。その後、おじちゃんは「日曜日だけホテルに泊まることにしてるんだよ」と言って函館へ向かっていった。自分も支度をして、木古内へ続く峠の下り道を歩き始め
た。その道すがら、アリの大行列を発見。中途半端な行列じゃない。1kmに及ぶ往来で、もしかしたらアリ帝国北海道支部かもしらん。
話が逸れるが、今日は競艇SG総理大臣杯というビッグレースの優勝戦の日である。自分はこのレースを買うことにして、親父に電話した。親父は競艇の電話投票会員に入っていて、いつでも携帯電話から舟券が買える。その時、親父は電話に出なかったのだが、あとで折返しの電話がかかってきた。代金はツケにしてもらって、3-1-4、これは前にも言ったが314(さとし)で自分の目なのだが、3連単で千円買ってもらった。結果、はずれ。次回に乞う御期待。
夕方、木古内着。川で少年が水切りをして遊んでいる。また海沿いになった国道を日没まで先へ進んだが、この辺りにはまるでバス停の小屋が見当たらない。仕方なく見切りをつけて浜で寝ることに。そんな調子で、さっきから浜の砂利の上にシートを敷いて寝袋に入っているのだけれど、浜はダメだね。湿気が強くって。さあ、明日はいよいよ函館だ!

天候
曇り
気温
朝15℃ 昼17℃ 夕14℃
歩数
53490歩
累計1231609歩
出費
なし
累計125777円
食事
朝・・ライス、惣菜(ザーサイ)、牛乳、トマト×2、パン
昼・・パン、焼き芋、水
夕・・焼き芋、水

60日目 木古内~函館

20070606115309
8時起床。起きて頭をボリボリ掻くと、爪の間にフケが溜まる。函館へ着いたら4日ぶりの風呂だ、とあくびをしながら寝袋をたたんだ。海のほうを見ると、昨夜はすぐ5m位脇まで打ち寄せていた波が、干潮で50mほど先まで引いている。この辺りの海は遠浅なのか、だいぶ先まで平らな岩場が見えている。
昨日、夢を見た。自分はYUKIというミュージシャンが好きなのだけど、そのYUKIが夢の中に出てきて、パンク色の強かったジュディマリのボーカルとしてパンキーでクレイジーでセクシーな踊りを踊っていた。自分はそれを家族とTVで見ていたのだった。何故、そんな夢を見たのだろう。歩きながら考えていたら、すぐ分かった。函館はYUKIの出身地なのだ。そっかあ、もしかしたらYUKIに会えるかも!なんて淡いミーハー心。
函館まで、あと25km。この辺りからは函館まで弓形の地形になっていて遠くの方に函館山がよく見える。さあ、もうひと踏ん張りだと調子よく歩いていると、車に乗ったおっさんに声をかけられた。このおっさんは変なおっさんであった。はじめ、運転席に乗ったまま自分を手招きし、何かと思いつつ近寄ると、まあ、普通の問答。そのうちにおっさんの自己紹介が始まり、「実は私はこの先の山で露天風呂を作ったりして遊んでてね、あんたいらっしゃい、ラーメンとかもあるから。この前も九州から歩きの人が来ていてね、その人もよかったよかったって言ってたよ」と言う。自分はそれを好意と感じ、受けたかったのだけど、今日は函館に着いてから色々と用事があったので丁寧に断った。するとおっさんは、「1時間くらい空いてるでしょう、ほら、後ろに荷物も置けるから車に乗んなさい」と言う。
「いや、僕は車には乗らないことにしてるんです」
「またここまで送ってきてあげるから乗んなさい。それならいいんでしょ?この前の九州の人もそうしてたよ」
「でも、函館行ってからも用事があって時間がないんですよ」
「あなた達はね、そうやってただ歩くだけで観光もしないんでしょ。ここにはね、トラピスト修道院て言って男の修道院だとかね、日本で一番最初の車とかあるんだよ。男爵芋の展示館もあるんだよ」
「ですから、そういうのを見て回っていたら函館に着くのが夜中になっちゃうんですよ」
「この前の九州の人もやっぱりそう言っててね、でもみんな来てよかったって言ってくれるんだよ、バイクの世界ラリーの人とかも来ててね、みんな本書いたりしてるんだよ、露天風呂でも入ってくといいよ」
「じゃあ、僕歩いていきますよ。この先なんですよね?」
「車に乗んなさい」
そんな会話を4,5回繰り返して執拗に自分を誘うおっさん。終いには自分も疲れてしまい「うん、うん」と話を聞き流していたら、おっさんは「そんなに時間に追われて旅をしていて何が楽しいの?」と切り返してきた。癪に障ることを言うおっさんだ。
「いや、だから、あなたに車に乗っけてもらって、なんだかんだでここに戻ってくるのが13時。函館まで25kmだから時速5kmで5時間。すると18時だ。そうすると用事に間に合わないんですよ!」
と少し強く言ったら、おっさんはようやく諦めてくれたのだった。
そこから少し歩いた自分は、気を取り直すために一旦休憩することにして、道路脇の自販機でコーラを買った。千円札で買ったのだけど、釣り銭口がやけにガチャガチャいう。まさか、釣り銭が全部細かいので出てきたんじゃないだろうな、と訝りつつ確認してみると、おお、釣り銭が多い。数えてみると1770円あった。今日はなんだかよく分からない日だ。
道の向こうから自転車が1台やって来て、自分を見てこちらへ向かってきた。旅人かな、と思い会釈をすると、自分の脇に止まり「日本一周している人ですよね?」と言う。
「えっ?はい」
なんで知ってるんだろう?と、当然の疑問を抱きつつ答えると、続けて言った。
「ブログ読んで、今日函館に来るって書いてあったんで遊びに来ました」
えぇぇぇぇぇぇぇぇ!びっくりした。たまげた。驚いた。しかし、それ以上に嬉しかった。ブログってすげえ!!と感動した。「なんでブログを知ってるの?」と聞いたら、「先輩が偶然見つけたのを教えてもらったんです」と言っていた。その先輩とは、寿都でカッパの自分を車に乗せようとしてくれた人らしい。そこから函館まで20km近くあったが、二人で話しをしながら一緒に歩いた。その人はF君といい、北大大学院の1年生だそうで、自身も自転車で日本を駆け回るアクティブな青年であった。F君と話しながら歩いていると、途中からもう一人F君の友達のM君が加わって三人で函館へ。そして、今夜三人で飲もうという話になった。自分は荷物整理や買出し、入浴などの用事があったので一旦彼らと別れて再び夜に落ち合うことにした。
予定通り、仁木から函館までキッカリ2週間でたどり着いた。谷地頭温泉という函館山の麓にある温泉を教えてもらい、ここで体重を量るとこちらも予定通り、仁木で食い溜めさせてもらった分をちょうど使い果たして4kg痩せていた。これは旅に出る前の元の体重である。靴もなんとかここまでもった。もうソールは穴が開く寸前だったけどよく頑張ってくれた。「サンキュー、マイシューズ」と労って二足目にバトンタッチ。全てが順調に運んでいる。そう実感した。
夜、F君M君と3人で彼らの行きつけの寿司屋へ。回転していない方である。ここで、自分は下駄を履いた寿司を彼らに奢ってもらった。彼らは学生、自分は一応社会人である。「それはいかんよ」と言ったのだけど、「いやいや、ここは自分らが払います」と言って勘定を済ませたのだった。その後、M君の家で宅飲み。二人は共に一人暮らしで、自分は彼らと将来の展望について話し合った。彼らが大学院を出た後、どういった道に進もうとしているのか、自分が人生の中でどんな失敗をしてきたか、久しぶりに夜が更けるまでそんなことを語り合った。こんな夜は学生の時以来かもしれない。
その後、自分もF君もM君の家にそのまま泊まらせてもらった。そして、仁木でもらってきたクルミである。クルミ長者の手始めとして、あれを物々交換してもらった。M君は、「それじゃあ」と言って部屋の中をゴソゴソ探しまわって一冊の小説をくれた。クルミは丁度2つあって、本当は2つで1組のつもりだったが、F君とM君に1つずつ渡し、F君は「明日交換する物を用意してくるよ」と言っていた。
「また1年後に函館に戻ってきた時、すごいもんになってるかもよ」
「それ、すっごい楽しみだね!」
そう言って3人で笑った。全く、本当に楽しみである。

天候
晴れ
気温
朝20℃ 昼22℃ 夜16℃
歩数
72104歩
累計1303713歩
出費
靴・・3990円
靴下・・990円
夏用寝袋・・998円
カップラーメン・・176円
野菜ジュース・・157円
コーラ×2・・240円
宅飲み酒代・・1096円
自販機釣り銭・・-900円
計6747円
累計132524円
食事
朝・・焼き芋、水
15時・・野菜ジュース、カップラーメン
夕、夜・・寿司、宅飲み食
道中・・コーラ×2、水
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プロフィール

高沢 里詞

Author:高沢 里詞
埼玉県行田市出身
S57・12・7生
26歳♂
B型
パンクロッカー・詩人
行田秘湯の会会長
S・O’S(スーパーアウトドアーズ)部長
行田不毛の会会長
行田死語の会会長

注※どの会も新規会員募集は行っておりませんが、もしも会員になりたい方がいましたら密談でどうぞ。

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