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はじめに


「このブログを全ての風来坊に捧ぐ」




 初めて日本一周をしようと思ったのは19の時だった。大学2年の時、高校からの友達である卓(たく)ちゃんと二人で計画を立てた。その一度目の契機が訪れたのは20の時である。二人、ほぼ揃って大学を休学、中退した後、何か夢があることに飢えていた。自分はまだ実家に帰ってきたばかりで求職中だった。
4月から旅に出ようじゃないか、そんな話で計画は進んでいた。ところが、である。自分の意識がほぼ旅へ向かう方向で決まりかけていた時に、落ちたと思っていたバイトの面接に受かってしまった。スーパー店舗内にあるパン屋の仕事である。結局、旅の計画はおじゃんになった。
そして今回、2度目の契機が訪れた。去年の冬に卓ちゃんから連絡をもらった。「来年の3月で今行っている演劇学校を卒業して、4月から日本一周の旅に出ようと思うんだけど、高沢君も来る?」というので、2ヶ月悩んで「行く。」と返事をした。
自分は24になる。旅のことを人に告げると「24、5にもなって。」と散々言われた。この4年間、自分だって少ないなりに築きあげてきたものがある。旅に出る、ということはそれらを手放すことであり、だから少し躊躇した。車を売り、アパートを引き払って、仕事を辞めた。20から続けているバンドには無理を言って長期休暇をもらった。この旅のために貯めた資金が80万。そこから、必要経費を差し引いたものが手持ちの金になる。
3月いっぱいまでお世話になった職場の先輩が、「そうか、お前はホームレスになるんだな。」と言うので、「違いますよ、ホームレスじゃなく旅人・・」と言いかけて言葉を飲みこんだ。それを察したのか、「だから、ホームレスになるんだろ?」と先輩は続けた。「そっか、自分はホームレスになるんですね。」返すと、「なんだ、お前はそんなことにも気付いてなかったのか!」と笑われた。確かに、旅人とは体のいいホームレスである。「そっかあ、自分はホームレスになるんかあ。」と呟いてみたが他人事のようで実感がわかない。逆になんだかその空々しさが楽しくてニンマリと薄ら笑いを浮かべてしまった。「何笑ってんだよ!」と怒られた。
けれど、自分の旅への欲望は収まらない。人は「若いうちはやりたいことをやれ。」と言うが、自分は年をとってもやりたいことをやって生きたい。松尾芭蕉「奥の細道」の(道祖神のまねきにあひて)という一文が好きで、よく口にする。片雲の風に誘われて漂泊の思いやまず、取るもの手につかなくなった自分は旅に出ることを決めた。面八句をアパートの柱に懸置こうと思ったが、敷金が返ってこなくなるのでやめておいた。代わりにこのブログに書き留めていこうと思う。
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出発前日

20070405161103
自分の実家は埼玉県行田市という所にある。3日にこの実家を発って北海道に向かった。今日は5日。今、札幌から旅のスタート地点である稚内に一両編成の汽車(一両なのに編成というのか疑問だが、汽車にはそう書いてある)で向かっている。
旅のルートは、稚内宗谷岬からスタートし、北海道(函館から青森までフェリー)、本州、四国、九州(鹿児島から沖縄までフェリー)、沖縄本島を海岸線で回り、Uターンしてまた海岸線づたいに宗谷岬に戻ってくるというルートを予定している。宗谷岬から右に行くか左に行くかで右回り左回りの2パターンがあるが、まだどちらにするか決めていない。札幌に着いてからの2日間、何をしていたかと言うと、友人達と酒を飲んだり路上ライブをしたりしていた。
札幌には雪が降っていた。というか、信じられない、今、ふっと車窓の景色に目をやると外がいつの間にか吹雪になっている。さっきまで晴れていたのに。自分はこの旅を寝袋で回るつもりだ。凍死の危険が頭をよぎる。よく、サーファーが嵐の海に出掛けて行き水死、なんて事故があり、あれにつけて「阿呆だなあ」という声が右から左から聞こえてくるが、自分はもしかしたら、ど阿呆かもしれない。「ど阿呆だなあ」とラーメン屋で自分の凍死を伝えるTVのニュースに呟くどこかのおっさんの姿を想像してみた。リアルに想像できる。あ、視界がよくなってきた。
今回の旅で自分が用意した持ち物は以下の通り。
・リュック(50L)
・寝袋
・アルミマット
・携帯電話(電池式充電器)
・電子辞書
・デジタル一眼レフカメラ
・三脚
・携帯ラジオ
・下着(トランクス、靴下、Tシャツ〔Tシャツは透湿、速乾性を重視したもの〕)
・上着(カーゴパンツ、スウェット、フリースジャケット、ウィンドパーカー)
・ジャージ
・ニット帽
・ウォーキングシューズ
・タオル
・食料(レトルト食品、乾パン、飴)
・ジェットボイル(ガス式ポット)
・ジェットボイル用燃料
・洗面用具、爪切りなどの生活雑貨
・ウェットティッシュ
・ライター
・日本地図
・釣りざお(ルアーセット)
・十徳ナイフ
・温度計
・万歩計
・腕時計
・財布
・メモ帳
・ボールペン
・ビニール袋
・レインポンチョ、リュックコート
・御守り
・その他小物

自分はこの旅において考えうる限りの事態を想定したつもりである。しかし、それをあざ笑うかのように予定外の出来事が早速二つ起こった。一つは持ち物の釣りざおである。これはリュックに収まりきらず持ち運びに苦労した。いつの間に壊れたのだろう。さおの先端部分が折れてなくなっている。一回も使用することがないまま、旭川駅に破棄してきた。悔しかった。
もう一つは卓ちゃんである。自分はこの旅を二人で行く予定だった。旅は道連れである。ところが、相方の卓ちゃんが2日にドタキャンしてきた。携帯電話でこんな会話をした。
「もしもーし、準備できた?」
「いや、・・できてない」
「はぁ?明日北海道行くんだよ」
「だよなぁ」
「だよなぁって、どうすんの?これからすんの?」
「・・・」
「もしかして、行かない?」
「ごめん!高沢くん」
「わたー!でた!ドタキャンかよ!」
「ウハハハハハハ、ほんっとごめん!」
「なんで?君から誘ってきたんだぜ」
「いやぁ、いっぱい準備してたんだけどさ、お金が貯まんなくって」
「お金って、そんなに?」
「返さなくちゃいけないお金とかあってさ、あの、タチの悪い借金てわけじゃないんだけど、色々と・・」
「で、どうすんの、バイトすんの?」
「うん、高沢くん一人でも行くのかい?」
「行くよ」
「そっかあ、ごめん、ごめんね、俺もすぐ追っかけるからさ」
「くわー、かるい、かるいなあ!今時、そんな浅はかなマニフェストもないっつーの」
「ウハハハハハハ、あるよ、ある。札幌で林屋屯田兵って人が立候補してるんだけど、その人よりは信頼性がある」
「誰だよ、林屋屯田兵って」
「林屋一門なんだけどさ、顔がうさんくさいんだよ」
「知らないよ、まったく!」
「高沢くん、どのくらいで帰ってくんの?」
「一年半くらいかな。」
「じゃあ一年くらいしたら俺も出るから。」
「あ、いいね、したら俺が宗谷岬に帰ってきたら君にバトンタッチするから、そしたら君、二周目いけばいいじゃない」
「ウハハハハハハ」
「ウハハハハハハ」
「高沢くん、一年待ってくんない?」
「やだよ、俺はもう行くんだから」
「準備はできたの?」
「できてるよー!」
「金、どのくらいかかった?」
「ん、15万くらい」
「ええ、そんなに?」
「そうだよ、カメラだって一眼レフ買ったし、靴とかだってウォーキングシューズ買ったんだぜ」
「ごめん、ごめんね」
「んん、いいよ」
「ほんっとにごめん!」
「いいよ、いいよ、前回の時は俺のせいで行けなかったんだしさ。これで五分五分だな」
「でも、前回は俺出なかったけど、今回は君出るじゃない・・」
「んああ、まあそうだけどさ」
「ごめん」
「いいよ、4日行くからさ、飲もうよ」
「おう、わかった!」
「うん、それじゃあね」
「あい、じゃ!」
というわけで、明日から一人で歩くことになってしまった。気楽に頑張ろうと思う。
今日はこれから稚内のホテルに一泊して、明日の朝、バスで宗谷岬に向かい、そこからスタートする。天気がまた良くなってきた。先ほどから日差しが暑いほどだ。見渡す限りの山、平原、山。稚内に向うこの汽車が、なんだかゆっくりと坂を上っていくジェットコースターのようで少し恐く、でも今はそれ以上にワクワクしている。

初日 宗谷岬~稚内市街

20070406222325
いきなり余談なんだけど、前日に泊まったホテルの夕食が豪華だった。一泊二食5250円の安ホテルである。素泊まりなら4200円と言うので、二食付きでお願いしたところ、煮物に焼き魚、珍味3種、ホタテの小鍋物(青い燃料に火を着けてくれるやつ)、切り干し大根、もずく酢、うどん、刺身、さらに毛ガニが一杯ついてきた。
朝、バスで宗谷岬へ。片道1350円で30分ほど。そのバスには、昨日札幌方面からの汽車でずっと乗りあわせていた初老女性、っちゃ失礼か、おばちゃんが一緒に乗っていて、「ああ、また会いましたね」なんて自分は話し始めた。彼女は鈍行列車に乗って旅をするのが好きで、でも周りに誰もそういう趣味の人がいないから、いつも一人で旅をしているのだと言う。神奈川から、ちょくちょく北海道に来るそうだ。「もう、残り時間が少ないからね。私、70になるのよ。」と言うので、「えっ?!若いっすね」と言うと「ほほほ」と笑っていた。事実、岬の丘を登る際の彼女の足どりは若かった。
「旅で出会った人に名前や住所なんか聞くことないのよね、うっとうしいじゃない一々」
「うん、一期一会ですよね。」
そんな会話をしながら彼女と岬の記念碑を見て回り、別れた。海の向こうに遠く近くサハリンが見えた。
別れてから数分後のこと、「お兄ちゃん」と自分の背中に声がした。振り向くとさっきのおばちゃんである。「これ、お菓子、食べて」とポテトチップスをくれた。あと、パンと何故かポケットティッシュまでくれた。このあとすぐ神奈川に向かって帰るのだという彼女を見送る。「たまには親にもちゃんと連絡するのよ」そう言い残し、去ってゆくバスに向かって手を振れば、辺りに残されたのは自分一人である。心細いような気もする。
宗谷岬というのは、なんだか岬という感じがしない。岬というと、鋭角になった断崖の先に灯台がポツンと立っている、というような景色を思い浮かべるが、宗谷岬はまず鈍角である。そのまま海に浮かんだテトラポットにも飛び移れるし、すぐ前を国道が横に走っている。岬というより海浜公園のようだ。一通り、写真撮影などを済ませた後、万歩計をリセットして歩き始めた。午前10時ジャスト、旅がスタートした。

自分は日本を左回りするルートをとった。まず、国道238号線を石狩方面に向かうことになる。天気は快晴、右手にずっと広がる海、浜には小さな漁船がいくつも置かれていて海猫がニャーニャー鳴いている。しばらく行くと間宮林蔵の渡樺記念碑というものが見えた。渡樺というのは何と読むのか知らないが、どうやら間宮林蔵は江戸幕府の命で、調査のためにここから樺太に渡ったらしい。その当時の状況を考えると脱帽する。後にこの敢行を世に伝えたのはシーボルトだという。碑の説明文にそうあった。
道路の左手にはなだらかな丘陵が広がり、時々、住宅地がポツンポツンとあるばかりだったが、その住宅地の前を歩いていた時である。猫を抱いた一人のおばちゃんが立っていたので軽く会釈をした。すると、向こうも自分に笑って会釈を返し、話しかけてきた。
「歩いてるの?」
「ええ、そうなんです」
「どこから歩いてきたの?」
「まだ歩き始めたばかりなんですけど、あの、宗谷岬から」
「ね、お菓子あげるから持ってかない?」
「え、いいんすか」(と言いながらおばちゃんの後をついていく)
「ちょっと待ってて」(家の中に入り、しばらくしてビニール袋を持って出てきた)
「うわっ、こんなにいいんすか?!」
「いいのよ、食べてちょうだい」
(彼女の息子さんらしき人も家から出てきた)
「よく、ここを歩いている人がいるから、いつもお菓子でも渡してあげたいなって思ってて」
「あ、やっぱり結構歩いてる人がいますか」
「ええ、よく見るわ。ねえ?」
「あ、うん。よくお菓子あげてるよね」
「そうなんですか」
きっと自分みたいに大きなリュックを背負って歩いて旅をしている人が大勢いるのだろう。お礼を言って、握手をして別れた。袋の中には、せんべいやらチョコ菓子、いかの燻製にジュースが3本も入っていた。
標識を見ながら自分の歩きのペースを計ってみると、1時間に5~6kmの速さで進んでいることが分かった。道路上にカニの殻が頻繁に落ちていて、何故だろうと不思議に思う。漁師がつまみ食いをしているのだろうか。稚内の町の先にかすんで見える利尻富士が美しい。車もそれほど通らないので潮騒だけがよく聞こえる。荷物が重くて振り返るのも辛かったから、自分が歩いてきた道をあまり振り返らなかったが、同じような景色の道が微妙に変わってゆく。稚内の街に入ると、コンビニもちらちら見え始めた。
自分は昨日、荷物に持ってきた釣りざおを壊してしまい、新しい釣りざおを探さなければいけなかったが、釣具を販売している店がなかなか見つからなかった。釣りざおは、道中、もし食料が尽きた時のために海で魚を釣って食べるための必須アイテムであり、釣りざおを持たぬまま旅を続けた場合、これが命取りになるかもしれない。自分は人に聞きながら釣具店、もしくは釣具を置いてそうなホームセンターを探した。その時だった。道路を挟んだ反対側の歩道で自転車に乗った子供達がこちらに手を振っている。おお、かわいいな、と思って手を振り返そうとした時、一人の子供が叫んだ。
「おじさーん、がんばってーっ!」
「24だって!」
早かった、あれは早かったな。0コンマ2ぐらいでツッコんだんだけど、周りに誰もいないものだから風にかき消されて。少し寂しかったなあ。
その後、釣具屋を見つけ800円にて釣りざおを購入。今日の出費は800円かと思ったけど、歩道を歩いていたらテレホンカードを拾った。なんでそんなものを拾ったかと言うと、そのテレホンカードの柄が自分の持っていたテレホンカードの柄と全く一緒だったからである。落としたのかと思って拾ってみると、自分のものではなく、未使用のものであった。これが105度のもので、値段にすると1000円だから、差し引き今日は200円のプラスである。
日没。稚内市の観光名所、稚内北防波堤ドームにて終着。(今朝、自分が出発したホテルはこの防波堤のすぐ脇にあり、30kmほど離れた宗谷岬までバスで行き、歩いて帰ってきたことになる。なんだか復路のバス代をケチった阿呆のようである)で、これから寝袋広げて寝るところ。

天候
快晴
気温
朝16℃ 昼19℃ 夕8℃(測定方法が定まらなかった為、信頼性欠)
歩数
31886歩
出費(宗谷岬でスタートを切ってからのもの)
釣りざお・・800円
食事
朝・・ホテル食
昼・・せんべい、コーラ、リボンシトロン(頂き物)
3時・・ポッキー(頂き物)
夕・・無し

2日目 稚内市街~天塩40km前

20070408083652
昨夜は寝袋に入っていて流れ星が見えた。星がよく見える。
朝、日がまぶしくて目を覚ます。目覚ましを7時にセットしていたが、目が覚めてしまったので起きた。時計を見ると5時50分である。昨日は夜の10時半頃に寝たのだけど、初使用の寝袋はまあまあの寝心地だった。商品説明によると、-6℃の状況下まで使用可能らしい。ただ、屋根のあるところに寝ればよかった。荷物や寝袋に霜が降りていた。
特にやることもないので、乾パンをかじりながら歩き始めることにした。午前6時26分、出発。海の方を見ると、漁師が小舟を浮かべて何か長い棒のようなもので水面をつついている。もやがかかって幻想的な世界。
テトラポットの上で大きなもりのようなものを持ってウロウロしている人がいる。そういえば、早朝から自分の寝床の周りをグルグルしている人があり、その気配をなんとなく感じとっていたがあの人かと思い、行きしなに「何が釣れるんですか」と聞くと、「タコ」と言った。
実は自分は昔からタコには目がない。世の中で一番好きな食べ物はタコで、一瞬、そのおじさんについて回りタコのおすそわけをしてもらおうかとも思ったが、すぐやめた。先へ進むことにした。道道254号線をノシャップ岬方面へ。
思ったより、足、腰、背中の調子がいい。もしかしたら3日目の方が筋肉痛がひどいかも知れない、と考えながら歩いた。ラジオからは朝からずっと宮廷音楽のようなものが流れている。マリー・アントワネットが階段を降りているシーンが頭に浮かぶ。
もう少しでノシャップ岬の海にたどり着くという岬の先端の方に自衛隊の駐屯地があった。何でこんなヘンピな土地に、と思ったがすぐに考えついた。恐らく、ロシアを睨んでのことなんだろう。おっかない。出来ることなら、国と国の争いには一生身を挟まれたくない。
ノシャップ岬も宗谷岬同様、少し開けた公園のようになっていて、そこで利尻富士を眺めているとおじさんがやって来たので、写真撮影をお願いした。(稚内の左側の方に礼文島と利尻島という二つの島があり、利尻島は島自体が一つの山になっている。その山を利尻富士という)話をすると、そのおじさんは地元の人で「こんなに綺麗に利尻富士が見えることは滅多にない」と言う。自分はホントに幸せもんである。以前、富士山に登った際も頂上から御来光を眺めていると、後ろの神社から「ほっほー、今日はいつになく綺麗なお顔をしてますねぇ」という宮司の声が聞こえた。お顔、というのは御来光のことらしい。
ラジオは、いつの間にかチャック・ベリー特集になっていた。陽気なロックンロールと一緒に歩く。アメリカの田舎を歩いているような気がする。バス停が米山宅前となっていたから「なんだこりゃあ」と周りを見てみると、確かに近くに米山商店という店があった。また、時々犬に吠えられるのだが、犬は吠えつつも尻尾を振っており、あれは
「こら、おどれ、遊べや!プルプル」
と言っているのか
「こら、おどれ、シメるぞ!プリプリ」
と言っているのか、さっぱり分からないので近寄りがたい。バウリンガルが欲しい。
道道254号線から道道106号線へ。歩道を歩いていると車が近くに止まり、「乗れよ」と合図してくれた。自分はヒッチハイクをしているわけじゃないが、リュックや寝袋を背負ってヘーコラヘーコラ歩いているので、かわいそうになって止まってくれたのだろう。自分は、ヒッチハイクも楽しそうだなと思うのだが、この旅の主旨はタイトルにもあるように徒歩で日本一周であるから、丁重にお断りして歩いた。
道路の右側、海との間に砂丘や小さな沼が広がり始めた。海の先には、いつまでたっても利尻富士の姿がある。ちょうど12時に抜海という小さな町に入った。抜海小中学校という学校があり、その校門の横に大きく交通標語が掲げられている。
「美人にね みとれてないで・・ 前見よう」
全くである。これを地元の女子高の正門に掲げておきたい。世の中には、歩道の女子高生に目がいってハンドル操作を誤る者、信号を見落とす者など間抜けな人間が意外と多い。自分も反対車線にはみ出していたことがあるくらいだ。しかし、しかしである。この抜海では、美人どころか人とすれ違わなかった。たまに車道を車が通りすぎてゆくばかりである。皆、家の中にいるのだろうか。シャッターが半開きになった小さな商店のドアを開けても誰もいないし、誰も出てこない。陳列棚にまばらに置かれた商品。カップラーメンを手に取ると賞味期限が切れていた。自分はこの賞味期限切れのカップラーメンと板チョコとハイチュウとコーラを抱えて、店の奥のガラス戸を叩いた。自分の予想はズバリであった。店主は家の奥の方でストーブにあたりながらテレビを見ていたのである。客とか気にしちゃいないのだ。カップラーメンは賞味期限切れだが仕方ない。この先数十キロ、町がなくなる。背に腹はかえられない。海辺でジェットボイルを使って湯を沸かしカップラーメンを食べた。力ラ
ーメンであったが餅の投入を忘れてしまい、後から入れたが固かった。また、この商店では水を水筒に貰った。
歩いていると体が暑くなってくる。次第に服を脱いでいき、今日は一時半袖で歩いていた。暫く続く砂丘や沼は、どうやら利尻礼文・サロベツ国立公園というらしい。この道路は公園を突っ切って造られているようだ。ジョギングをしている人に「頑張って」と声をかけられた。鹿がひかれたのだろう、道路に鹿の角と一緒に骨が散乱していた。最初は何の骨か見当がつかず、おっかなかった。
抜海から15kmほど歩いてきたが、途中、あったのは観光用の駐車場と牧場が一軒だけ。ずっとなだらかな丘が続いている。丘の少し小高くなった所に地蔵が祀ってあった。なんだろう、この地蔵は、と思って近寄ってみると、やけにお供えものが多い。小さなほこらの中にお地蔵さんが2体祀られている。そのほこらの中には何やら大学ノートがぶらさがっていて、「あの人の彼女になれますように」とか「幸せになりたい」とか「息子の目が見えるようになりますように」とか色々なことが書かれている。お供えものがたくさんあるので、腹も減っていたし、一つ頂くことにした。ただ貰うのも悪いので、自分がこのお地蔵さんのために出来ることはないかと周りを見てみると、大学ノートにくっついている鉛筆の芯が折れている。ははあ、これでは次の人が大学ノートに書き込むことができない。自分は腰につけていた十徳ナイフをサッと手に取るとナイフを出して芯を削った。削り終わるとノートを元の位置に戻し、目の前にあったベルギーワッフルを掴んだ。賞味期限は大丈夫である。
「欲張っちゃいけないからね、これ一つだけ、頂きます」と地蔵に告げ、去ろうとするとほこらの奥に発泡酒の缶があるのが目に入ってしまった。自分は酒好きだ。ベルギーワッフルを置いて、奥の発泡酒を手に取る。だが、自分にも罪悪感というものはある。どういう罪悪感かというと、果たして鉛筆の芯を削っただけで発泡酒を貰ってもいいのだろうか、というものである。ベルギーワッフルくらいがちょうどいいような気がする。でも発泡酒が飲みたかった自分は、鉛筆の芯を50円の労賃と換算、財布から100円取り出してさい銭箱へ入れて150円とし、発泡酒を貰ってその場を去った。これは個人的な意見だが、地蔵にあるお供えものというのは腹を空かせた乞食や旅人の為にあるのだと思っている。まさか地蔵が食うわけでない、本来はお供えというのは人を救う為の配慮であり、その連鎖によって善男善女が生まれるのではなかろうか、なんて都合よくも思っている。
ところで、さっきから道路脇の丘にある窪みに身を潜めている。今日はここで寝る予定だが、ここからひょいと顔を出したら車の運転手はびっくりするだろうな。絶対にギャアーッて叫ぶと思う。あ、この前持ち物に書き忘れたものがいくつかあったので書き加えておこう。
・簡易水筒
・LED小型ランタン
・手袋
・RAKUWAネックレス
・マッサージコロコロ
さ、携帯電話圏外だし、もう寝よ。

天候
快晴のち曇り
気温
起床時(6時)0℃ 朝(8時)5℃ 昼13℃ 夕(5時)6℃ 10時15分現在3℃(測定方法一定)
歩数
52536歩
累計84422歩
出費
カップラーメン・・150円
板チョコ・・105円
ハイチュウ・・105円
コーラ・・120円
おさい銭・・100円
計580円
累計1380円
食事
朝・・乾パン
昼・・カップラーメン、コーラ
夕・・板チョコ、ポテトチップス、発泡酒
道中・・ハイチュウ、飴、爽健美茶

3日目 天塩40km前~天塩

20070409091936
朝7時起床。と言っても、下は砂なので正確には起砂。利尻富士に「おはようございます」と挨拶してから立ち小便をした。小便が疲労の色と臭いがする。体の調子は、というと昨日とあまり変わらない。良くもならないし、悪くもならない。膝が少し痛む程度である。朝食にレトルトのわかめご飯を食べた。これはすごい。お湯を注いで30分ほど待つだけで炊きたてのよう。空いた容器でそのまま「松茸の味お吸いもの」も飲んだ。永谷園のやつね。
今日はなんとしても天塩の街まで行かなければならない。食料はまだある、が、水がない。残っている水分は水筒の中にあるわずかな水だけである。そして風呂にも入りたい。旅をスタートさせてから、昨日、一昨日と風呂に入っていない。靴下がモーレツに臭い。午前8時20分、出発。昨日は携帯電話の電波が全く入らなかったが、歩き始めて少しすると入り始めた。そして、電話の呼び出し音。誰だ、こんな朝から、と携帯の画面を見てみると親父である。
「昨日、携帯がつながらなかったじゃないか。どうしたんだ」
「電波がなかったんだよ」
「電波がないって・・、充電はどうしてんだ?」
「ん、電池式の充電器」
「今、どこにいるんだ」
「今は天塩って町に向かってるところ」
「なに、一人になっちゃったんだって?」
「うん」
「お前よ、もうどこかで自転車でも買って、その辺まわったら帰ってこいよ」
「自転車?」
「一人で旅したって何の意味もねえじゃねえか」
「うーん」
「浮浪児みたいなもんだろ」
「うーん」
「お母さんも心配してるぞ」
「うーん」

「だいぶ心配してんだから連絡ぐらいしろよ」
「でも、電話してたら携帯代が」(旅の間の携帯電話料金はまとめて銀行に入れてきたので、その預金がなくなったら携帯電話が使えなくなる)
「携帯代って言ってもよ」
「分かった、じゃあ毎日メールするよ」
「おう、そうしろ」
「うん」
「まあ、いいや。また後で電話するから」
「うん」
それから数十分後、今度はおかんの携帯電話から電話があった。
「あんた今どこにいんの?」
「北海道の上の方だよ。ちょっと左に下りたところに天塩って町があるでしょう?」(家を発つ時に親に日本地図を渡してあった)
「うん」
「今、その町に向かってるところ」
「あんたねぇ、もう帰ってきなさい」(すでにもう涙声である)
「なんで?」
「お父さんとお母さんはね、あんたが二人で行くって言うから許したんだよ」
「うん、でも一人になっちゃったんだよ」
「なのに、どうして行ったの!」
「どうしてって言われても・・」
「ご飯だってちゃんと食べてないみたいじゃない」
「食べてるよ、今日の朝はわかめご飯を食べた」
「レトルトでしょ」
「うん」
「ちゃんと食べなきゃ」
「うん」
「昨日だって野宿したんでしょ」
「うん、だから今日は風呂も入んなきゃだし、天塩の街に着いたらライダーハウスみたいなところに泊まろうと思って」
「そんなのがあるの?今の季節じゃ、やってないでしょ」
「うん、まあ、なかったら民宿に泊まる」
「家にいるほうは辛いんだから」
「ばあさんがいるじゃない」
「だから、おばあちゃんだけじゃなく、あんたまで心配で余計大変じゃない!」「ばあさんだけでいいじゃない」
「そんなわけにいかないの!」
「うーん」
「・・とにかく体に気をつけて」
「うん」
「ちゃんと食べて」
「うん」
「・・・・」
「うん」
「それじゃあね」
「うん、じゃあ」
思えば、自分は親の反対を押しきってばかりだ。高校に進学する時からずっとそう。相撲で言えば自分の得意技は寄り切りである。なんて、おちゃらけても申し訳なさが消えるわけでなし。自分は母を泣かせることが多い。自分は自分のやりたいように生きているのに、自分は自分で選んだこれ以上ない幸せな人生を送っているつもりなのに、母は泣く。心配しているから泣くのだろうが、例えばこの旅だって終えなければ自分の中に何か進めないものがある。親心というのは不思議だ。子供をしっかりした、そう、自分が伴侶に求めるような人間に育てたいなら世の中に放り出せばいいのに、最後のところで「うちにいればいいじゃないか」と甘やかす。自分も親になればこの親心が分かるだろうか。
午前中は歌を歌いながら歩いていた。ここ2日間、歌を歌いながら歩いてみて気づいたのだが、自分はしんどくなってくると歌がまず歌詞付きからハミングに落ちる。さらにしんどくなると歌わなくなる。つまり、歌によって自分の体調を知ることが出来る。実にいい発見をした。午後からはほとんど歌わなかった。やはり、ここにきて疲れが表れはじめたということなのだろうか。
昼前に着いた稚咲内という町は何か商店でもあるだろうかと思いドキドキしたが、農協の倉庫しかなかった。くあー、と叫んでボトルの水を飲み干した。ついに水が尽き、今日中に天塩に着かないとひどいことになる。ただ、自分の体はエネルギー効率がいいと思う。昔からヤセの大食いと言われてきたが、食べなくても結構動ける。ワカメご飯だけでも、午前中いっぱいは馬力がもった。
歩いていると、だいぶ先の方にビルの影のようなものが見えた。なんだありゃ、まさかあんな所にビルなんて立ってないだろうし、ま、まさか蜃気楼か?!と思い、写真を撮って歩を進めたら次第に影がばらけてきた。なんてことはない、風力発電機の群であった。
午後4時50分、天塩の街が見えてきた。嬉しい。昨日、抜海で立ち寄った商店を除けば稚内から70km、何もなかった。石ころを踏みつぶして歩く。そうすると、微妙に足ツボが刺激されるから気持ちいい。
街に入ると、まずコンビニに向かった。サイダーを一本購入し、店員にこの町の民宿情報などを聞く。都合よくコインランドリーを併設した民宿を教えてもらい、直接交渉へ。(この時、助かったのは自分の財布には手持ちの金がなく、銀行も閉まっていた中で、リュックの中に旅に出る直前まで働いていた職場のおばあちゃんから貰った餞別が入っていたことである)朝食付き一泊4000円とストーブ燃料代500円のところ、ストーブは使わないということで4000円にまけてもらった。ただ、風呂の湯を沸かしていないからシャワーしかないと言う。仕方なく、民宿から少し歩いて公共の温泉へ行くことにした。民宿のおばちゃんが風呂代を出してくれた。風呂がこんなに気持ちいいというのは、いつぶりだろう。帰り、コンビニで食料を調達。民宿に戻り、新銘柄のビール「キリン・ザ・ゴールド」を試飲。

天候
晴れのち曇り
気温
朝3℃ 昼10℃ 夜(9時)4℃
歩数
55829歩
累計140251歩
出費
宿泊代・・4000円
コインランドリー(洗濯・乾燥)・・600円
サイダー・・118円
コーヒー・・120円
足ツボマッサージ機・・100円
スナック菓子・・124円
レトルトさけ茶漬け・・278円
笹かま・・105円
ウイダーインゼリー×2・・408円
スポーツドリンク×2・・196円
リゲイン×2・・256円
カップラーメン×2・・300円
レトルトかに雑炊・・298円
ビール・・270円
飴・・168円
カロリーメイト×2・・204円
計7545円
累計8925円
食事
朝・・レトルトわかめご飯、レトルトお吸いもの
昼・・ハイチュウ
夕・・ビール、笹かま、スナック菓子
道中・・飴

4日目 天塩~遠別

20070410074250
朝6時50分、民宿のおばちゃんの「ご飯が出来ました」という声で目が覚める。寝ぼけながらも「はい」と言うと喉に違和感があり、なんだかヒリヒリする。どうやら風邪をひいたらしい。昨日からなんとなくそんな予兆はあったが、まだ風邪の卵といった感じで今日は民宿に泊まるし大丈夫だろうと思っていたら甘かった。参ったなあ、自分は喉からくる風邪は大抵長引く。栄養をつけるため朝食を山盛り食べた。ご飯は茶碗に5杯くらいおかわりした。しじみの味噌汁がうまい。宿の人に「おかわりいいですか?」と聞くと、「おいしかった?しじみがこの町の特産なんですよ」とそのダウンタウンの松ちゃん似の宿の人が言っていた。そういえば昨日、天塩の町に入った時に「天塩のしじみ」と書かれた看板があったのを思い出す。やはり民宿に泊まるとだいぶ違うのか、足腰の調子はよく回復している。朝食を済ませた後、鎮痛剤をリゲインで飲み込んだ。この方法は自分の経験上、風邪の初期段階にテキメンに効く。昨日まで履いていた靴下は旅を始める時におろしたばかりの物だった
が、穴が開いていたので捨てた。足の爪を切ってから新しい靴下を履いた。朝食後、色々と支度をしていたら9時を回ってしまった。もう行くか、と荷物をまとめて玄関に出るとおばちゃんが見送ってくれた。ついでなので、おばちゃんにこの先は町がどうなっているのかなど聞いていると、ついつい話が長引いてしまい気づけば10時を回っている。まあいいや、今日はのんびり進もう、民宿近くのコンビニで飲み物を買って出発した。
昨日、風呂に入った時に気づいたのだけど顔がいつの間にか日焼けしていて、鼻の頭などヒリヒリする。鏡で見ると顔全体が真っ赤になっている。この時期の紫外線は夏よりも強いと聞いたことがある。気をつけなければならない。ラジオをつけると、ジュディマリが流れだした。
「♪太陽が目覚めたら」
あれー、この曲はなんて言うんだっけな、オーバードライブだっけな、あっ、くじら12号だっ!一人得心して、ふくふくしてる。テクテクしてる。
歩道を歩いていると、時々クラクションを鳴らしていく車がある。はっ、としてそちらに視線を向けると運転手は手を挙げている。自分は軽く会釈などをして返す。この辺り、北海道の海沿いの町全てそうかもしれない、皆、旅人に優しい気がする。別に旅人にだけ優しいわけじゃないのだろうけど、特に旅人の扱いというか、対応が慣れている。コンビニなどで何かを聞いても、即座に丁寧に対応してくれる。昨日なども、コンビニに入ると女子高生だろうか、若い女の子の店員しかおらず、この子に聞いても民宿なんて分からないだろうな、と高をくくりながら聞いてみると、慣れた手つきで町のガイドマップを広げ丁寧に教えてくれた。「どうぞ、この地図お持ちになってください」とその地図までくれた。自分など、地元で「この辺りに宿泊施設はありますか?」と聞かれても簡単には答えられないだろう。天塩からは道路が少し内陸に入っている。国道232号線を遠別方面にひた歩いた。
天塩から12、3kmほど歩いただろうか。町を出て初めての自販機を発見し、そこで休憩をとることにした。飲み物はとにかく甘いものが飲みたくなる。ブログを確認しようと思って携帯電話を取り出すと圏外。午後、その休憩の後も足の調子は快調だった。また、歩き始めると麻痺するのか慣れるのか分からないが、段々痛みがひいてくる。肩だけが、リュックの重みで歩くごとに痛みが増していった。歌を聴きながら、歌を歌いながら歩いた。
今日はどこまで行こうか。地図を見る限り、遠別の町を過ぎるとしばらく町という町はない。次にあたる商店のあるような町は遠別から20kmほど先にある初山別という町のようだ。今日中にはそこへたどり着けそうにない。民宿で、遠別と初山別の間に温泉でもあるかと聞いたら、民宿のおばちゃんは「あさし温泉があるよ」と言っていた。あさし温泉てのはどこら辺だろう、地図で見てみると遠別と初山別の中間らへんを内陸へ入っていったところに旭温泉というのがあった。おばちゃんはたぶん、この温泉のことを言っていたのだろう。生粋の江戸っ子は「ひ」を「し」と発音するらしいが、北海道にもそういう人がたまにいる。何故かは知らない。温泉は山道を上っていくようでルートからは外れてしまう。
ラジオにて、ドクター中松氏が電話出演していて面白かった。中松氏曰く、あと16回都知事選に出馬するそうで、なんで16回かと言うと、その間に対立候補は死に絶えるだろうから最後まで生き残った自分が自動的に当選する、という考えらしい。144歳まで頑張るそうだ。フロッピーディスクを発明した人だし、知事になりそうな気がしてきました、とラジオパーソナリティーが受け答えていた。
遠別の町に入る頃、小雨が降りだした。実は自分は雨の中を歩く装備を持ちあわせていない。一時しのぎの簡単なレインポンチョはあるが、歩くためのものではない。町のコンビニに逃げこむと本を立ち読みした。しばらく様子を見ようと思ったのだ。30分ほどしてもあまり変わりない。カップラーメンを買ってその場で食べて、小雨に濡れながら先へ進むことにした。先へ進むと言っても、町を外れると国道沿いには初山別まで何もない、コンビニの店員もそう言っていた。遠別の町が終わる辺りに道の駅があると言うので、少し早いが今日はそこで休むことにした。小さなドライブインなどは、この時期北海道ではまだ営業していない。しかし、この道の駅ではレストランが営業していた。自分は、なるべくお金の節約のために外食はしないようにしようと旅前に心がけていたのだけど、駄目だった。というか、コンビニなどでレトルトを買って食べるなら、食堂を見つけ次第、そこで食べた方が手軽で栄養があるのでそっちの方がいい気がしてきたのだ。レストランではビールとタコ刺しを
頼んでしまった。これは完全なる自分の心の敗北である。風邪のこともあって、最後にカニ雑炊を食べた。もう、ほとんど治った気がする。
あと一つ、自分は大きな発見をした。これは今後、自分のように寝袋で北海道を回ろうとしている人は必聴の作戦である。北海道のバス停というのは、風雪を防ぐために戸が閉まる小屋様になっている所が多い。そして、そのほとんどが夜になるとバスの運行がなくなるので、これを使わない手はない。自分は今、道の駅の向かいにあるバス停の中で雨に打たれることもなく風に吹かれることもなく、ランタンの明かりを灯してこの日記を書いている。なんだかバス停が自分の城のようである。快眠できそうだ。

天候
曇りのち雨
気温
朝11℃ 昼12℃ 夜6℃
歩数
32302歩
累計172553歩
出費
ガラナエール・・108円
アンバサ・・120円
カップラーメン・・98円
カニ雑炊・・730円
タコ刺し・・650円
生ビール×2・・960円
ガム・・100円
計2766円
累計11691円
食事
朝・・民宿食
昼・・カロリーメイト(1本)、アンバサ
3時・・カップラーメン
夕・・カニ雑炊、タコ刺し、生ビール×2
道中・・ガラナエール、飴

5日目 遠別~羽幌

20070411081659
朝6時50分起床。と言っても、下はアスファルトなので正確には起アスファルト。よく覚えてないが、昨夜はなんだかバス停にトラックが突っ込んできて潰される、というような夢でうなされた気がする。国道沿いなので車の音が激しい。いつも目覚ましを7時にセットしているが、大抵それより早く目を覚ます。今日は風の音で目が覚めた。ドンドンドン。何の音?風の音。キャー。である。今の子供もこの遊びをするのだろうか。窓の外を見ると強い風雨。あちゃー、こりゃ今日いけんかな、と思った。しかし、だからと言って今日一日バス停の中で寝そべっているわけにもいかず、7時半にもなれば始発のバスが来てしまう。朝食を軽く済ませ、念のために鎮痛剤とリゲインも飲んで、7時40分に出発した。始発のバスはやり過ごした。国道232号線の一本道。地図を見る限り、留萌まで続くようだ。
出発してすぐ、道端に闘魂と書かれた碑があった。アントニオ猪木かな、と思い足を止めたが全く関係ないようである。碑には、その土地を開拓した先人を讃える趣の文が刻まれていた。自分はわずかながら、この旅に出る前に土木の仕事を経験したので分かるのだが、土地を切り開くということは容易なことではない。例えば一本の木を根っこから引き抜くにしても、チェンソーもユンボもない時代である。人力のみで行うということがどれほど大変なことだったか、まさに闘魂であったろうと思う。自分も少しでもいい、この開墾魂にあやかって旅を続けていきたい。碑にお辞儀をして先へ進んだ。
風は一向におさまらないのだけど、雨は降ったり止んだりを繰り返している。時々、霰のようにもなってレインポンチョをパラパラと打つ。このレインポンチョがいけない。元々、自分はこの旅において雨具の準備をしていなかった。周りからはレインコートは必須アイテムである、それも安物でなく少し値が張るくらいのものがいい、と言われていたが用意しなかった。レインコートはかさばるため、リュックの容量を考慮してのことだったのだ。雨が降ったら休めばいいや、と思っていたのである。ところが、やはり不安になった自分は急拵えで100円ショップにてこのレインポンチョを購入した。それはよかったのだが、どうあがいても100円である。ボタンは締まらないし、その締まらぬボタンを無理に締めようとしたら破けた。もう始めからボロボロである。だが仕方ない、ボロボロでも着ないよりはマシ。くたびれたスナフキンみたいな男が雨の中を行く。
ラジオでは、大気が不安定だと言っている。確かにさっきまで強く雨が降っていたと思っていたら、急に雲間から太陽が覗いたりしている。リュック用のレインコートも出し入れを繰り返した。まだ午前中だったろうか、自分の歩く先にあったバスの停留所に白いバンが停まって、中からオレンジ色のつなぎを着た大柄な男が降りてきた。どうしたことだろう、ヒッチハイクのつもりで停まってくれたにしてはバカ丁寧だし、それとも自分に無関係の用事だろうか、考えながら歩いていると男はじっとこちらを見ている。近くまで歩いた時、サッと手を出してきた。その手の方を見ると、缶コーヒーが握られている。
「はい、あったかいよ」
「え?あ、すいません」
「どこまで行くの」
「・・えっと、とりあえず函館までです。・・で、その後青森渡って沖縄まで行こうと思ってて・・」
「ずっと歩いてるんだ」
「そうです」
「俺も昔、あっ俺、今こっち住んでるんだけど、鹿児島から帰ってきたことがあるんだよ」
「えっ、何で帰ってきたんですか?」
「歩き、歩き」
「へー!どのくらいかかりました?」
「あー、俺の場合、東京で働いたりしてたかんね。でも、そんな、3ヶ月くらいかな」
「3ヶ月っすか」
「どのくらいまわるつもりなの?」
「僕は、あの、沖縄行った後また宗谷まで帰ってこようと思って。宗谷から来てんすよ。・・日本一周しようと思って。でも冬の間が、」
「死ぬわな」
「そうなんすよねー。だから、冬の間だけはバイトしよっかなって」
「そっかぁ。俺、これから留萌行くとこなんだけど乗ってく?」
「いや、歩いて行こうと思ってるんで大丈夫です」
「そっか、いや、こういうの助かるっしょ?俺も助かったもん」
「助かります、ありがとうございました」
「なんで、なんで。したら気をつけてね」
「はい、どうもです」
いいなあ。実にいい。あの人は誰かにこうやって助けられたことがあり、自分は今そうやって助けられた。この旅を終えた後、今の自分の様な人間を町で見かけたら、自分は今回のようにホットコーヒーを持っていこう。暑い日だったらキンキンに冷えたやつを持っていこう。こうやって恩返しを重ね、人が人を思いやるいい力が、いいパワーが、世界を駆け巡ればどんなに素敵なことだろう。引き合いに出して悪いが、地蔵の供え物の話も結句こういうことである。
昼過ぎ、初山別到着。ここで昼食に食堂のラーメン大盛りを食べて、町の信金にて3万引き出し。ここから羽幌の街もまた20kmほどあるという。羽幌まで行けるだろうか、まあ行けなくともバス停はどこにでもある。バス停の存在に気づいてから心に余裕が出来た気がする。
天候のせいか、海の波が高い。もう少し高くなれば、かぶってしまいそうな道もあった。地元埼玉を出てくる時、桜は満開で春だなあと思っていた。だが北海道にはまだ完全に春は来ていない。山にも川にもまだだいぶ雪が残っている。いや、北海道の春なんてそんなもんだよ、と言われるかもしれないが、自分にとってはまだ冬の景色である。こいつらは違うのだろうか、春って分かってるのだろうか、道路上に雨を求めて無数の糸ミミズが踊っていた。
歩きにも余裕が出てきた。長い距離を歩き通しても疲れなくなってきた。事実、今日の休憩という休憩は昼食の時だけであった。ただ、休憩のあと歩き始めるとしばらく足が痛い。ラジオで坂本冬美の夜桜お七が流れたので、チャラララーン、スッタッタッタッてふざけて走った。それだけ余裕が出てきた。ただ、何故なんだろう、別に腹は減っていないはずなのに道端に落っこちていた木っぱがバームクーヘンに見えた。おかしいなあ。甘いものが食べたいからかな。
羽幌の街までもう少しの所で雨が強くなってきた。とりあえず、近くのバス停に避難する。5時も過ぎたし、もうこのままこのバス停で寝てしまおうかと思ったが、ベンチの上にあった昔の芸能アサヒを読んでいたら雨が止んだ。日没が近かったが、濡れている服を少しでも乾かしたいのと(歩けば自然に乾いてくる)、羽幌の街で缶ビール飲みたさに歩くことにした。日没後はなるべく歩かないように気をつけている。暗くなると外灯は少ないし、例えば行き倒れても朝まで気づいてもらえないかもしれない。一番怖いのは車で、北海道の車はみなレースをしているようにビュンビュンとばしていく。夜道なんか歩いていたらスッダーーンと後ろからどつかれるかも知れない。
結局、日没を迎えてしまったが何とか羽幌の街にたどり着いた。コンビニで買い物をする。(ちなみに北海道のコンビニはセイコーマートが多く、小さな町などの拠点拠点を押さえているのはまずセイコーマートである。この地元に根付いた感じの営業が自分は好きだ。ありがとう、セイコーマート)節約のために第三のビールというやつを飲む。さっきからバス停の中にいるが、街中だからか時々外を自転車や歩行者が通る。「うわっ、今中に誰か人がいたよっ!」という声が聞こえる。

天候
雨時々雪、霰
気温
朝8℃ 昼8℃ 夕5℃
歩数
56856歩
累計229409歩
出費
ラーメン(大盛り)・・700円
チキンカツ入りカレー焼きそば・・278円
缶ビール・・190円
コーラ・・88円
ボールペン・・105円
計1361円
累計13052円
食事
朝・・ウイダーインゼリー、(鎮痛剤、リゲイン)
昼・・ラーメン(大盛り)
夕・・チキンカツ入りカレー焼きそば、缶ビール
道中・・カロリーメイト、飴

※コメントを下さる皆様へ
ありがとうございます。皆様がこのブログを通して自分の旅を知り、それを応援してくれることを深く感謝します。おこがましくもこのブログを日々の生活の楽しみにして頂けたら幸いです。基本的にコメントへの返信は控えさせて頂きますが、何か質問等あれば出来る限り答えていきますのでよろしくお願いします。

6日目 羽幌~小平

20070412075630
7時起床。携帯電話の目覚ましで起きた。今日の天気はどうじゃろな、よっと、窓から外を見てみると雲は多いが晴れている。頭が痒い。今日はどこか温泉に入りたいな、と思う。それにしてもジャージを持ってきて正解だった。昨日の夜、雨に濡れて乾ききらなかったズボンは脱いで、ジャージで寝た。とっても快適。朝、ジャージからズボンに着替えると、まだ少し湿っていてヒンヤリと冷たい。サッと穿いて、準備を始めた。
バス停の2軒隣にあったコンビニで日替わり弁当とコーラを買って朝食にした。コンビニの前で弁当を食べながら店前のコンセントで携帯電話の充電をさせてもらっていると、あることに気がついた。というのは、皆、車のエンジンをかけっぱなしにしたまま、コンビニに入っていくのである。それの何がおかしいんだ、という人はきっと平和な地域に住んでいるのだと思う。自分の地元では考えられない。昔はよく見た光景だが、今、車のエンジンをかけたまま店内へ入っていく人はほとんどいない。それだけ防犯意識が高まったのだと思う。それとも、アイドリングストップってやつだろうか。何にせよ、なんだかのどかな印象を受けた。突然、声をかけられ顔を上げると、おじさんが「昨日、見たんだよ。どこ行くの?」と言うので「とりあえず函館に向かってます。ぐるっと海岸線で」と答えた。
午前8時20分、出発。段々と雲が多くなってきた空から粉雪が舞い始めた。雨じゃないだけマシである。雨はすぐ服を濡らして体温を奪うので嫌だ。自分はレミオロメンの粉雪をサビだけ歌いながら歩いた。何度も何度も繰り返して。
「こなぁぁゆきぃぃ~」
北海道は全ての市町村に町章みたいなものとは別にカントリーサインという独自のマークがある。町の入り口となる道路際などに設置されていて、これを見ると新しい町に入るという喜びが湧いてくる。海の方を見ると、昨日よりは波が低かった。雪も段々弱まってきた気がする。10時半、苫前町を通過。コンビニであんぱんとスポーツドリンクを買って食べた。ここからは一気に今日の目標地点まで歩くつもりだった。
正午、どうも足の調子が悪い。昨日の疲れが抜けきっていないというか、むくんでいる感じがして、若干の痺れもある。通りがかったトイレ付きの大きなバス停にて一旦休憩することにした。ベンチに腰掛けて休んでいると室内の壁、あちらこちらに落書きがされているのが目に入った。その内容はここで語るほどでない。どこの公衆便所にでも書かれているような内容である。しかし、よくここまで皆書くことが揃うものだ。男が書いたと思われるものは、ほとんど下ネタ。女が書いたと思われるものは、ほとんど恋愛のことである。今思えば、自分も思春期の頃の頭の中なんて、こんなものだったかも知れない。いや、下手したら今でもそうかもしれない。そういえば、ついこの前、地元の鉄道の駅の待合室に落書きした。わざわざ文房具屋にペンまで買いに行って友達と落書きした。そうだ、そうだ、そうでした。自分も同じだった。けれど、中には大衆の心中を代弁するかのような痛快な落書きもあり、例えば「古丹別何もなさすぎ〓もっといろいろたてて!」とかは良かった。この辺りの
バス停は、どこにでも貸し傘が置かれているのだけれど、こういうのもすごくいいなあと思う。
休憩後。結局、足の調子は良くならない。特に左足が不調で、地面をずるようにして歩く。それから1時間ほど歩いたが、またバス停で休憩することにしてしまった。もしかしたら、この荷物を減らせば少しは楽になるかもしれないとリュックの中の食料を飲み食いするが、たいして減らない。自分は、いざとなったら困るのは食料であると踏んで、食料を大量に買い込んだ。それが裏目に出てしまった。梅がゆなどは一袋250gで5袋もあるから、それだけで軽く1kgオーバーの上にリュックの中でかさばっている。しばらくは少し時間をかけて、こういったかさばる食料を処理していこうと思う。やはり荷物は軽い方がいい。今日、失敗だったのがそんな理由で処理しようと思ったコーラであった。保存用でリュックの中に入れておいた500mlペットボトルのコーラを飲んでしまおうと思って開けたら爆発した。忘れていたが、リュックの中でずっと揺られていたのである。手がベトベトになってしまった。歩きだすと波風に乗って流れてくるにおいがある。海には潮のにおいというも
のがあるけど、漁港は特にそのにおいが強い。海沿いの国道を歩いてると、ぷうんとにおいが漂ってきたりして、あのにおいを嗅ぐと港町に来たなという感慨がある。
今日もまた人から飲み物を頂いた。ホントに優しい人が多い。乗っていくかい、と言ってくれる車の運転手も多く、今日など郵便局の車まで止まってくれた。自分は正直、この旅に出る前から、道端で急に横に止まった車に「オメエみてえなの見てると胃がムカムカすんだよっ!ペッ」と唾を吐きかけられるくらいの覚悟でいた。何故かというと、自分は旅に出るということが好き勝手で自己中心的な行動だという意識があったからで、これはこの旅に出る前に数人の友達とも話しあったのだけど、自分など人から応援されるような立場の人間ではないと思うのだ。地元で真面目に仕事をしている人間の方がよっぽど応援されるべきである。はじめにも書いたが、自分は見てくれのいいホームレスであり、半分ニートなのだ。自分の中にある自信というのは、上に挙げたような唾を吐きかける人間に対して石を投げつけてでも自分の夢は完遂させる、というような強行の自信であって、こう人に優しくされると拍子抜けしないでもない。こうやって見知らぬ人々に温かくされるというのは素直に嬉し
いが。
夕方、小平の町に着くとローソンへ立ち寄った。ここが最北のローソンだという。店員さんと仲良くなって、カップラーメンを作りながら話をして、色々な情報も頂いた。外に出てカップラーメンを食べている間も店内で自分の旅の話が盛り上がっていたらしく、買い物を終えたおばあちゃんが出てきて自分のことをじっと見つめ、「そういう風に食べながら回ってるんだ?」と言うので、笑ってしまった。小平の町に蛸専門店というものがあり、強く興味をひかれた自分は見学に行き、パンフレットをもらってきた。その他にも、うに種苗生産工場やニシン番屋跡など面白そうな施設が多い。
なんとか目標であった小平の道の駅を通り越し、バス停へ。結局、今日も風呂には入れずじまいだった。何故、今日は足の調子が悪かったのか考えるに、昨日足のケアマッサージを怠ったからだと結論づけ、今夜は入念にしておいた。やはり、足のケアは大事かも知れない。潮騒をBGMに眠。

天候
雪のち曇り
気温
朝4℃ 昼11℃ 夜5℃歩数
47355歩
累計276764歩
出費
日替わりハンバーグ弁当・・398円
コーラ・・78円
スポーツドリンク・・78円
こしあんぱん・・88円
ウイダーインゼリー×2・・408円
どでかばー(チョコ菓子)・・50円
缶発泡酒・・211円
チーズかまぼこ・・148円
カステーラ×2・・148円
カップラーメン・・198円
つまみかまぼこ・・105円
つまみタコ足×3・・730円
計2640円
累計15692円
食事
朝・・日替わりハンバーグ弁当、コーラ
10時・・こしあんぱん、スポーツドリンク
昼・・レトルト梅がゆ、カップラーメン、レトルトお吸いもの
夕・・カップラーメン、缶発泡酒、たこ皮ジャーキー、どでかばー
道中・・コーラ、飴

7日目 小平~留萌

20070413072825
朝7時13分、起床。7時の目覚ましで起きれず二度寝をした。今日は出来れば増毛の町まで行ってしまいたい。増毛からは山際を通るトンネルの多い国道なので、一気に抜けてしまいたいのだ。朝食にレトルトの梅がゆ(冷えたまま食べたのでおいしくない)、カステーラと緑茶。8時に出発した時、空は曇っていたが30分くらいして晴れだした。今日は海も穏やかである。そういえば昨日、ローソンの店員が「今年は北海道も暖冬なんですよねぇ。いつもならまだ雪がもっと残ってるんだけど」と言っていた。ラッキークッキー洗濯機である。北海道も暖冬でホント良かった。昨日、不調だった足の調子も今日は歩いている内に調子が上向いてきた。これなら増毛に行けそうだ。
小平のバス停から歩いていると、左手に大きな看板があった。見ると、「ゆったりかん 日帰り入浴500円 10:30~ 5km先」とある。入るっきゃない、と思った。もう3日風呂に入っていない。昨日、親父から電話があり、代わった母が「身だしなみはしっかりしなさいよ」と言っていた。これはつまり、旅の恥はかき捨てなんてうそぶいてボサボサの頭などでフラフラ歩いたりしていたのでは人間の品性っちゅうか、尊厳っちゅうか、そういう大事なものを失っていくからで、人間堕落するのは簡単だけど、這上がるのはとってもムズイ、堕落せぬようにまず身だしなみよ、と母は言っていたのでそれは理解できる。でも、風呂屋がなかったのだ、ここ3日間くらい。やっと見つけた風呂屋である。だから、入るっきゃないと思った。
「10時半か、今9時20分だから5km歩いてる内に丁度いい時間になるな。」考えて向かった。途中、海沿いから内陸に向かって山の方にカーブした国道にトンネルがあった。この旅で初めてのトンネルだ。中に入るとヒンヤリとしてオレンジ色の蛍光灯だけがずっと先まで等間隔に光っている。まだ新しいのか、歩道のコンクリートはスリップ防止の波線が入ったキレイなものである。歩いていると、なんともいえない不思議な感覚になってきた。ディズニーランドのアトラクションにスペースマウンテンというジェットコースターがあるが、あれに乗った時のような、四次元を漂ってんじゃないか、というような気分になってきたのである。こういうのトリップって言うんだろうか。皆さんもそういう経験ないだろうか。トンネルって何だかそのまま異次元に繋がっていそうな迫力がある。意識を保つために、うつむいて自分の足下1m先くらいを見つめて歩くことに集中した。車の音がやけに響く。トラックなんかが通るとゴォォォという轟音が遠くの方からこだまする。ところが、車の
流れが途切れると替わって自分の足音とリュックが軋む音が響いた。トンネルの出口の所にあった看板によると全長830mとのこと。トンネルを出ると、すぐにゆったりかんはあった。
このゆったりかんでやってしまった。何をやってしまったかというと、風呂上がりについでだから昼食もとっていこうと入ったレストランで6350円も飲み食いしてしまったのである。なんでそんなに使ったかというと、この町の特産に問題がある。この町の特産はタコなのだ。前にも書いたが自分はタコに目がない。ところがこのレストランのメニューときたら、タコづくし、タコ天国なのである。自分は以下のタコメニューを注文した。
・小平産たこ刺し
・タコマリネ
・タコのバター炒め
・ピリ辛タコネーズ
これ以外にもタコメニューはあったのだが、この4品を厳選して食べた。味は、というとイマイチであった。確かにタコが名産なのだろうけど、タコを料理に活かしきれていない。例えばタコのバター炒め。これはタコ刺しをただバターとコショウで炒めて、レタスの上にのせてあるだけだった。もう少し工夫が欲しいところである。地元行田のタコに全くゆかりのない居酒屋「かもん」の生たこ刺しの方がうまい。この中で一番おいしかったのはピリ辛タコネーズ。注文する際に店員に「ピリ辛タコネーズって、どんな料理ですか?」と聞くと、店員は「よく分からないんですけど、結構出てますよ。」などとふざけたことを言う。「え、マヨネーズ?」と聞くと、「あ、ちょっと待って下さい」と厨房に聞きにいってくれた。要するに、タコの唐辛子マヨネーズ和えであった。
ただ、タコ料理だけ食べているというわけにいかず生ビールも調子に乗って6杯飲んでしまった。最後にザンギとカツ丼まで食べてしまった。(ザンギ=鶏唐揚げの北海道名)そんなわけで6350円。酔いもベロベロまでいかないがヘロヘロである。また、時間が3時でもある。急いては事を仕損ずるとも言うし、増毛に行くのは明日にして今日は留萌まで行くことにした。ゆったりかんの体重計で荷物の重さを計ってみたら20kgあった。体重は62kgで2kg減っていた。身長は測れなかったが、なんだか縮んでそうだ。
昨日あたりからラジオの調子が悪い。電池かな、と思い電池を交換してみたが直らない。イヤホンをはずすとスピーカーからの音は正常なのでイヤホンが悪いのかもしれない。小樽にでも着いたら、いいのを買おう。国道232号線を右折して国道231号線へ。留萌は稚内と同じくらいの大きな街だった。その街中を通って、はずれのバス停へ。途中、どのあたりだったろう、平和ボケした犬がいた。自分の姿を認めるや、すっごく眠たそうな目で起き上がって後ずさりした。セリフをつけるなら「お、お、お、なんだこいつ」。
にしても、北海道は花粉症がないからいいっ!目、鼻の調子がバッチリだ。夜はとにかく星がきれいだし。

天候
晴れ
気温
朝4℃ 昼12℃ 夕4℃
歩数
39428歩
累計316192歩
出費
日帰り入浴券・・500円
マッサージ機・・100円
昼食代(たこ刺し560円、タコマリネ350円、タコのバター炒め680円、ピリ辛タコネーズ600円、ザンギ400円、カツ丼760円+生ビール500円×6)・・6350円
板チョコ・・105円
ガム・・105円
飴・・156円
アイス×2・・208円
缶ビール・・258円
計7783円
累計23475円
食事
朝・・レトルト梅がゆ、カステーラ、緑茶
昼・・レストラン食(上記)
夕・・缶ビール、タコ足スライス
道中・・アイス×2、飴、緑茶、水

8日目 留萌~増毛

20070415132626
朝6時50分起床。7時35分に始発のバスが来るので、それまでに準備を済ませ7時半に出発。ただ、歩いているのもなんだかな、どうせ歩くなら肩にカラスでも乗せて歩きたいなあ、さっきからカラスがやけに多いし、などと考えながら歩いていると、また人から飲み物を頂いた。珍しかったのは、その飲み物をくれた人がおばちゃんだったことで、今まで自分に「車、乗るか?」とか「これ、やるよ」と声をかけてくれた人というのは皆、男性だった。で、そのおばちゃんと少し話をしているとおばちゃんはこう言ったんだ。「私の息子もさ、歩いて旅してたことがあったから」
今日は足の調子がとても不調だ。どこまで行けるだろう?増毛から先はトンネル続きで暫く先まで町がない。かといって、増毛は留萌から15kmも離れていない。移動距離としては短すぎる。うーん、なんて悩んでいると、対向車線を走っていた白いワゴン車がUターンして自分が歩いている歩道に進入してきた。自分のすぐ脇に止まった車の運転手はこう言った。
「どこまで行くの?」
「あ、函館の方です」
「増毛まで乗ってくかい?」
「いえ、歩いてるんで大丈夫です。ありがとうございます。」
「いやいや、根性あんな。じゃあさ、このままこの道をまっすぐ行くと増毛の町に入る前に、道が二つに別れてんだ」
「はい」
「そこ右に曲がると、ずっと海岸線を走れる道があるからよ」
「右ですか」
「うん、そこ行くとバンガローが4つあるから、そこ良かったら泊まっていいよ」
「えっ?バンガローですか」
「ボートもあるからさ」
「へー!」
「俺、今日はそこに一日いるからさ、よかったら来なよ」
「あ、はい!じゃあ泊まるか分かんないんですけど見学させてもらいに行きます」
「うん、頑張って!」
「ありがとうございました」
ということがあり、自分はそこへ向かった。言われた通り二つに別れた道を右に曲がりながら、バンガローってナンダローって考えていた。テントみたいなやつだろうか。ドレダロー、ドレダローって探していると、たくさんのボートが置かれた家が目に入った。さっきの運転手のおじちゃんが「おー!」と言って手を挙げている。そこはボート屋さんであった。おじちゃんに缶コーヒーをご馳走になり話をする。そのおじちゃんも昔から旅好きだそうで、様々なことを教えてもらった。ホタテ漁の話とかトンネルの落盤は午前中に起きやすいとか(水分が凍って岩に裂目が入り、その氷が午前中に溶けてくるため)、この町の歴史や近くの冬山で遭難があったこと、冬の北海道は絶対歩くな(吹雪でも車はとばすから歩行者は危険)という話。中でも印象的だった言葉が「今の若い人はバイクもボートも歩き旅もほとんどやらんもんなあ」というセリフだった。確かに友達にボートを持っている人はいない。バイクに乗っている人もあまりいない。歩き旅もおじちゃんによると「60くらいの人は
たまに歩いてるけど、若い人は珍しい」とのこと。「ボートやめて、ゲームの仕事始めようかな」と言っていた。おじちゃんに、増毛町で旅人がよく足を運ぶという喫茶店を教えてもらい、午後、その店へ。途中、漁港の方を見やると自分と同じくらいの歳の女性がゴムの前掛けをつけて漁船の上で作業をしていた。海の水は底が見える程に透明だった。旅に発つ前、札幌の居酒屋で友達がギター片手に歌ってくれた、さだまさしの「風に立つライオン」を思い出した。生きることに思い上がりたくはない、とはどういうことなんだろう。
旅人が情報を求めて集まる店「ルイーダの酒場」はドラクエ3だったが、その喫茶店は増毛館という宿の隣にあった。中へ入って情報を聞こうと思ったんだけど、うまく聞き出せずにビールをちびちび飲んで帰ろうとした時、店のママに「今日はどこまで?」と声をかけられた。少しホッとして「あっちの方に出来るだけ進もうと思ってるんですけど・・」と答えると、そこから話が弾み、気づけば増毛館に一泊することになっていた。増毛館もこのママ夫婦が経営している。自分が増毛の町に滞在しようと思ったのは
・明日、丸一日でトンネルを抜け浜益の町まで行きたかった
・情報によると、増毛と浜益の間にはほとんど商店などない
・足があまりに不調で、町の整体医院にかかりたかった
・リュックの中の荷物を整理して要らないものを実家に送りたかった
といった理由が重なったからで、この後、整体に行って足もだいぶ軽くなり、増毛館で段ボール箱をもらい6kgの荷物の減量にも成功した。それをコンビニに出しに行く際、ATMでお金も引き出した。整体では自分が旅をしていることを話すと入念にやってくれた。
夕飯は近くの居酒屋にでも行こうと思い、ママに居酒屋情報を聞くとオススメがあるという。そこは外見は全くの民家だが、中に入ると確かに居酒屋だった。増毛館のママの旦那さんは一休さんと呼ばれていて、一休さんとママと子供二人が一緒に、そして自分と後からきたお客さんと居酒屋のママ、それに居酒屋の柴犬ラスティーの合わせて8・・なんて言うんだろう、人じゃないしな、とにかく合わせて8で本当に楽しいお酒を飲んだ。みんなが和気あいあいとしていた。自分はお客さんにビールを一杯おごってもらって、居酒屋のママに湿布をもらって、旅の話やジブリの話をした。一休さんは、以前自転車で日本一周をされたことのある方で参考になる話をたくさん聞けたし、日本一周したらもう一度増毛に、この居酒屋に来なよと皆が言ってくれた。自分と一休さんだけが最後まで店に残っていたが、一休さんがギターも弾くそうで宿に帰って演奏を聴かせてもらうことにした。すると、居酒屋のママも演奏を聴きたいと言い、店を閉めてから3人でハイヤーにて増毛館へ向かったのだっ
た。ママはだいぶサービスしてくれたようだ。また、この時ママは自分にスルメも2枚持たせてくれた。
増毛館にて、一休さんのミニライブ。演出がすごく凝っている。居酒屋ママのおごりでワインとビールを飲みながら演奏を聴いた。一休さんは、じゃあ2曲だけ、と言い喜納昌一の「花」と、なんと「風に立つライオン」を演ってくれた。自分がリクエストしたのではない。こういう偶然ってあるんだな。居酒屋のママは「能登に着いたら絵葉書をちょうだい」と言って、自分に千円を渡した。能登の海が見てみたいのだと言う。千円も要らないと言ったが、いいのいいの、と言うのでありがたく頂いた。最終的に一休さんの伴奏で自分も海援隊の「贈る言葉」などを歌い、宴は解散へ。「海の絵葉書よ~」と言いながら居酒屋ママはハイヤーに乗って帰っていった。その後、一休さんとサシで話していたが午前3時半にバタンQ太郎。バ・ク・ス・イ。

天候
晴れ
気温
朝10℃ 昼15℃ 夜(忘)宿部屋の室温は夕14℃。
歩数
31502歩
累計347694歩
出費
カップラーメン・・187円
チョコ菓子・・130円
宅急便代・・1480円
整体料・・4000円
宿泊料(朝食付き)・・3800円
居酒屋・・2700円
計12297円
累計35772円
食事
朝・・レトルト梅がゆ
10時・・カステーラ、爽健美茶
昼・・カップラーメン、チョコ菓子
3時・・瓶ビール、お通し
夕~深夜・・毛ガニ、イカうに和え、焼き魚(カレイ)、タコ刺し、ジンギスカン、ホタテ(しぐれ煮?)、太巻き、豆、クラッカー、生ビール×5、ワイン、瓶ビール
道中・・飴

9日目 増毛~浜益

20070415140302
朝7時半、起床。前日に朝食を7時半に頼んであったので、起きてすぐに頂いた。顔を洗って歯をみがいて、準備を整えてから「さあ、行くか」とリュックを持つと驚く程に軽い。昨日、思いきって荷物を減らしてよかった。8時40分、今日は一日ひたすら歩くことになるだろう、覚悟して出発すると宿から一つ目の信号の所まで子供達が見送りにきてくれた。「また来てね~」と手を振って。
増毛の町から少し行くと、早速、昨日話に聞いていた峠道にさしかかった。少し勾配のある上り坂が続く。その坂をフッフッと上っている時に、突然うしろから「頑張れー!」という声が聞こえた。振り返ると、一休さんが郵便局の車の助手席に乗り、手を振り出している。一休さんは郵便局でバイトもしているようで、これから仕事で浜益方面に向かうようだった。自分が手を振り返したのも一瞬で、車は峠道を上って行きすぐに見えなくなった。また一人になり、静かな山道を上ってゆく。その坂の中腹で一つ目のトンネルが見えてきた。ああ、もう少しで、トンネルだ、と少し息をきらせながら歩いていると、今度はけたたましいサイレン音。なんだよ、なんだよって周りを見てみると、10mほど前に立つ柱に取りつけられたスピーカーからである。なんだ、このスピーカーは、と最初疑問に思った。山火事かな、と思ったんだけど、止まっては鳴り、止まっては鳴りを繰り返している。はて、なんのためのサイレンなんだろう?考えていると一つのことに気がついた。サイレンがなると同
時に、車がそのスピーカーの下を走り抜けていくのである。しかし、サイレンが鳴らない時もある。そこで自分が思ったのは、これはスピード出しすぎ警報ではないかな、ということだ。以前、どこかで見たことがあるが、スピードを出しすぎている車がセンサーにかかると、その100m先にある電光掲示板などに「速度超過!」と出る。しかも、センサーと電光掲示板には時間差があって、車が近づいてきたちょうどよいタイミングを見計らって出る。恐らく、それのサイレン版ではなかろうか。まあ、でも自分にそれを確かめている時間などない。解決半ばにして、先へ進むことにした。
トンネルは、はっきり言って怖い。あまり歩行者のことを考えて造られていないからだ。だから、その逆にトンネルの中を人が歩いていると車の運転手もギョッとするのだろう、自分に近づいてくる車がスピードを落として大袈裟に避けていったりした。何よりも怖いのがトンネルそのもの自体である。天井、壁にいくつも大きなひびがあり、所々、水や砂が漏れ出している。この辺りは落盤事故の名所で、実際に歩いていると土砂で潰れてしまったトンネルの脇に新しいトンネルを作って、道路を引き直してある箇所もある。こういうのに比べると幽霊が出るトンネルなんてたいしたことないんじゃないか、とも思う。
昨日、ボート屋のおじちゃんに面白いことを聞いていた。何個目かのトンネルをくぐった先に崖の下を見ると学校があるのだという。もちろん、その校舎は今は使われていないんだけど、入り口には熊避けの金網がついていたりして、昔その辺りに住んでいたアイヌ民族の学校なんだそうだ。「それが山の崖下にあって、よくこんなとこで勉強したなって思うよ」とおじちゃんは言っていた。その校舎を探しながら、しばらく歩いた。すると、確かにあったんだ。海と山に挟まれたほんの僅かなスペースにあった。うっわぁ、と言う以外に言葉がない。道路から下りて行って見てみたいが、下りられる場所じゃない。ホントに自然の中にポツンと建物だけあった。木造平屋で見た目はまだきれいだった。
午後、昼休みを兼ねて30分だけ休み、歩き出した。歩道を歩いているのだが、所々道が狭まり歩道がなくなる。その際に歩道の縁石から車道に下りるのだけど、足が痛くてこれが辛い。高々20cmくらいである。よく老人が一々よっこいしょと一呼吸置いて動作しているが、あの気持ちがすごくよく分かった。一つ、年寄りをいたわれるようになった気がする。自分は「あー痛くない痛くない、痛くなくて困っちゃうな、早く痛くなんねーかなー」と独り言を言いながら歩いた。おまじないって結構効く。
そして、ついに石狩市に入った。知らなかったのだが、浜益とは石狩市浜益区であるらしい。石狩とは自分の中で一つの目標だったので、これは嬉しかった。あまり嬉しかったので、石狩市の看板と並んで記念撮影をした。それにしても、こんな海沿いの一本道をどこまでいってもテトラポッドがあるが、あれ、どうやって入れてるんだろう。まさか、ダンプでガラガラやるわけじゃないだろうし、クレーンで一つ一つ吊っているんだろうか。大変そうだ。でも、もしかしたら素人が思うより簡単にやっているのかもしれない、職人ってそんなもんだとボンヤリ思いながら小雨になった道をとにかく歩いた。
自分は、なるべくこの旅を早く進めようと思っていた。ただ歩くことが目的だったから、あまりよそ見をせずに歩き続けた。ところが、昨日はあまり移動をせずに少し町中を見て回り、町の人とも話をして仲良くなった。歩くだけでなく、こういう観光も時々おりまぜていくと旅はどんどん楽しくなるのかもしれない。昨日、増毛館のママが「多分、この先歩いてるとどこかでゴールデンウィークだけ働かないって声かけられると思うよ。これから忙しいから」と言っていたが、そうなったらそうなったで自分は旅の資金を稼ごうと思う。時々ウサギ、時々カメになって旅をすることに決めた。
山道を歩いていると、野生の鹿の群れに出会った。軽く10頭はいる。自分の存在に驚いて、少し走って逃げた所でこちらの様子を窺っている。鹿刺しってうまいんだよなあ。自分が今まで食べたうまい物の中で3本の指に入る。猟師がいれば今日自分は鹿刺しが食えるのになあ、と思いながら鹿をツッツッツッと呼んでみたが来なかった。やはりよこしまな考えは動物には分かってしまうのだろうか。今回は鹿だったが、熊には絶対会いたくない。立場逆転である上に、熊は自分ほど甘くはないだろう。
そういえば、日本一周って人によってそれぞれルールがあるみたい。昨日、一休さんから聞いた話だ。例えば、県庁所在地を全て回って日本一周になると考える人もいるらしい。だから日本一周を達成した人達が集まると各々によって言い分が違う。でも、やはりルールなどないのだから自分が達成したと思えば、それで達成なんだ、と一休さんは言っていた。その通りだと思う。日本一周なんてのは自己満足で、元々が旅をする人ってのは自由にやろうと思っているのだから、そこにあれこれルールを作っても堅苦しくなるだけ。どんなに完全な作戦をたてても、やっつけ仕事のようになったのでは本末転倒なのである。自分は自分の旅を行きやすぜ。キャラは・・、そうだな、うっかりはちべえとかがいいな。新しい町に入るたび、鰻の煙につられて「うわぁ、いい匂い!」とか言いたい。夢、叶うだろうか。
「着いたっ。やっと着いた!」午後6時10分、浜益着。今日もバス停にて眠。

天候
曇りのち雨
気温
朝10℃(室内) 昼8℃ 夕4℃
歩数
61524歩
累計409218歩
出費
コーラ・・120円
パン・・189円
チョコボール・・63円
カップラーメン・・173円
缶発泡酒・・211円
計756円
累計36528円
食事
朝・・宿食(ご飯、味噌汁、おかず)
昼・・カロリーメイト
夕・・カップラーメン、缶発泡酒、スルメ、チョコボール
道中・・コーラ、飴

10日目 浜益滞在

20070415211901
トイレ付きのバス停に寝たので、早朝から自分の横を通りトイレに行く人の足音で目が覚めた。時計を見ると午前5時半。自分もトイレにたってから、朝食に昨日買っておいたパンを食べた。バス停の時刻表を見て目を疑う。このバス停に停まる路線バスの便数、聞いて驚くなかれ。2便である。しかも一方向に2便ではない。上りと下りで1便ずつである。つまり、チャンスは一日一回。最小限だ。しかし、世の中は広い。もしかしたら世界には一年に一回しかバスがやってこないバス停もあるかもしれない。
今日は午前5時40分から午後2時半までブログの管理をしていた。本当であれば予定通りに歩を進めたかったのだが、自分の怠惰でブログの更新が遅れてしまっていたので仕方ない。遅れを取り戻すべく半日ずっとバス停の中で携帯電話とにらめっこをしていたら、何人ものトイレ利用者がやってきて、何度も驚かせてしまった。そりゃそうである。誰もいないと思ってやって来たバス停の中に寝袋にくるまった男がまるでそこで暮らしているようなのである。一応「すいません」と謝るのだが、中には「あの、トイレ使ってもいいでしょうか?」と自分に聞いてくる人もあり恐縮してしまった。
移動を開始したのは、午後2時半過ぎだった。移動と言っても、浜益の町を過ぎたらまたトンネル続きだから、そう先へ進めるわけではない。町がなくなるギリギリの所まで数km詰めるだけだ。浜益には海水浴や釣りの出来る海浜公園があり、その公園の前の通り、これが今自分の歩いている国道231号線になるのだけど、この通りには飲食店や土産物屋、コンビニ、商店が並んでいて結構賑やかである。今日は休日の晴天ということもあってか、客も多い。しかし、この通りに掲げられたのぼり、看板が自分には目の毒であった。浜ラーメン、うに丼、刺身定食、つぶ、など書かれていて食欲を刺激するものばかりである。つい、吸い込まれそうになる自分に喝を入れ、ナミアムバッサランナミアムバッサランとお経を唱えながら歩いた。別にどうしてもダメというわけでない、しかし店に入れば自分は必ず生ビールも注文してしまうであろう。旅の中でそんなことを繰り返さば資金繰りなどすぐに頓挫してしまうのだ。このバカめ、何故もっとストイックに生きられんか!とその時叱咤して
いたのではもう遅い。自分を戒めるのは早い段階の方がいい。もう遅いかも知れないけど。引き続き、お経を唱えながら数軒の飲食店の前を通過した。が、さすがにこの店の前では足が止まった。タコの直売店である。ゴクリと唾を飲み込んだ。店の中にいくつものタコの足がぶらさがっている。覗き込んで、どうしようかな、買おうかな、悩んだ。安いのである。タコの足が一本丸々で600円とかそんなもんだ。しかし、買ったって持ち運びも調理も出来ないのだからしょうがない。でも欲しいな。ええい、ナミアムバッサランナミアムバッサランと目をつぶって頭を振り、歩いた。なんとかその通りを抜けた自分はコンビニに立ち寄ってカップラーメンとカップ焼きそばと缶発泡酒を買った。これが一番安く済む方法である。ところで、やはりというかなんというか、この辺りまで南下してくると札幌からの車が増えるからだろうか、コンビニの駐車場でエンジンをかけっ放しにして店に入っていく人はいなかった。その後、ボンヤリと海を眺めに浜へ。
旅に出る前、友達に「旅の間、オギニはどうすんの?」と言われた。「オギニって何?」と聞き返すと、友達は「アレだよ、アレ」と言いながら軽く右手を振る動作をした。
「ああ、アレか」
「どうすんの?」
「いやー、自然に任せると思うよ」
「えっ!パンツ汚れんじゃん!」
「だってネタもないじゃない」
「あー、そっか・・。想像は?」
「想像って!中学生じゃないんだから」
男に旅の話をすると、案外よくこの質問をされた。オギニというのは、まあ、皆さんもうお分かりだろうが人間、特に男子によくみられる性処理行動のことだ。確かに長期間の旅をする上で様々な支障はあるのだろうけど、今のところその行動を起こそうとする気にはならない。この問題に関しては、先輩にも「お前、たまには出さないと体に悪いんだぞ」と言われ、正直悩むところだが、別に真剣に考える問題でもないのでほったらかしにしてある。そりゃ誰だってそうだろうけど、歩き通して疲れたバス停の中で行為を起こす気にはなかなかならない。天命を全うするのみである。自分勝手な天命を。
ちゅって、そんな感じで今日もバス停。今日のバス停は広い、恐らく6畳間。

天候
晴れ
気温
朝7℃ 昼9℃ 夕11℃
歩数
10572歩
累計419790歩
出費
カップラーメン・・158円
カップ焼きそば・・140円
スポーツドリンク・・98円
缶発泡酒×2・・420円
カロリーメイト・・210円
いちご大福・・100円
パン・・189円
グミ・・40円
計1355円
累計37883円
食事
朝・・パン、スポーツドリンク
3時・・カップラーメン、カップ焼きそば、缶発泡酒
夕・・缶発泡酒、スルメ
道中・・グミ

11日目 浜益~望来

20070416220515
朝6時半起床。バス停に人が入ってきて起きる。4人組のおじいちゃん、おばあちゃんで、おばあちゃんは自分を見てびっくりしたようだった。「お早うございます、すいません」と言うと、おじいちゃんに話しかけられた。
「どこから来たのよ」
「どこまで行くのよ」
「寒くなかったかい」
今までもそうだったけど、皆、嫌な顔をせず気軽に話しかけてくれ、しかもこちらを気遣ってくれる。自分はだいぶ助かる。最後には「気いつけてけよ」と言ってバスに乗り込んでいった。自分はわずかでもいい、そういうことに対してはしっかりと恩返しをしたい。そう思い、バス停の中にホウキがあったので、それで床を掃くことにした。ようし、これで恩返しが、と考えていると埃が舞い上がってきた。忘れていたが、自分はホコリアレルギーなのである。
「プアッ!ペッ!ペッ!」
咳をしながら外へ逃げた。全く、朝から自分は一体何をしてんだろう。
7時20分、出発。今日も浜益から厚田という町に抜けるまでは、しばらくトンネル続きだ。最も長いトンネルで3km近くある。何度もトンネルをくぐっている内に気づいたが、トンネルの中って割と自由だ。?と思われるかも知れないが、トンネルの中は車の通行がない限り、まず自分一人である。もちろんトンネルの外に出たって、人はまず歩いてないが、外の解放感でない室内で得られる解放感、カプセルホテルで感じる、周りを遮断して自分一人の空間になった時の解放感がある。自分は大声で好きな歌を歌いながらトンネルの中を歩いた。具体的に言うと、ザ・ハイロウズの「即死」、「サンダーロード」、中島みゆきの「ファイト」、西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら」なんかを歌いながら歩いた。たまに自分が歌っている歌に感情移入してしまって、「ファイト」なんか歌ってる時は「出場通知を抱きしめてあいつは海になりました」と歌いながらトンネルの中で感極まってしまった。
トンネルを抜けても山ばかりで、少し歩くとまたトンネルなのだけど、所々に見る山にはまだ緑がない。いくつかの草や、あの一年中葉がある木は何て言ったか、針葉樹だったか、そういったものがちょこっとあるだけで、ほとんどの木々は枝ばかりだし山肌は雪でまだ白いしで冬山のようである。山の中の道を歩いていると、突然、脇の草むらから野ネズミが駆け出してきて自分の足下を通り、排水溝の中に隠れていった。自分がドラえもんなら間違いなく気絶している。でも自分はドラえもんでなく人間だ。シェーにとどめることが出来たが、あまりおどかさないで欲しい。おどかすと言えば、一つ、恐ろしいトンネルがあった。歩道がないのである。それだけじゃない。一応、片側一車線なのだけれども、工事中のダンプがしょっちゅう通るので運悪くすれ違いざまに挟まれれば自分はミンチである。まあ、皆ベテランだろうし下手をうつことはないだろうけど万が一ってこともある。常に前後を確認して、後ろから車が来たら右の壁沿いを歩き、前から車が来たら、左の壁に沿って歩いた。
まるでインベーダーゲームのインベーダーである。
ウミネコとウミカモメは違うと聞いたことがある。一体何が違うんだろうと思って、時々、岩場の上で群れている鳥を観察しているのだけどよく分からない。真っ白なやつもいれば、灰色のまだらがあるやつもいる。自分が歩いている脇に気の抜けたカラスがいたので、今度は逆におどかしてやったらクアーと鳴いて目を見開き、その場でトントンと足踏みして回っていた。
道路のすぐ脇が崖になっている所もあり、そういう所は覗き込むと下の方にゴミが散乱しているのが見える。ひどい人間もいるもので、テレビが投げ捨てられたりもしている。そういうゴミの中を川の水が流れ、海へと注がれてゆく。結局、その海で捕れる魚を食べるのは自分自身なのだと、ゴミを投棄する人間は気づいていないのだろうか。そういう人間は、テレビを抱えたままフルマラソンをすればいい。
海の向こうに積丹半島がかすんで見える。これから数日後に自分はあそこまで行くのだ。今まで自分が歩いてきた道は弓なりになっていたことが多く、そうやって自分の目的地が遠くに見渡せた。今日中にあんなところまで行けるのか?と思っていても案外行けるもので、朝、かすんで見えていた場所に夕方たどり着けた時は、歩いたという実感が湧く。前から思っていたが、人間の歩くスピードは意外と早い。昼食に食堂へ入って、携帯電話を充電しつつ、この先の町の情報を聞いた。トンネル続きの道が終わり小高い丘が広がると、やっとラジオがFMの電波を拾うようになった。今までFMが入らなかったのだ。順調に進む。
夕、バス停に入室。今日のバス停はレンガ造り。明日はラジオ局にリクエストしてみようかなー、なんて考えながら眠。

天候
曇り時々雪、雨
気温
朝2℃ 昼9℃ 夜9℃
歩数
56330歩
累計476120歩
出費
タコ刺し定食・・1000円
生ビール・・450円
パン×2・・277円
カップラーメン・・158円
スポーツドリンク・・78円
缶発泡酒・・188円
計2151円
累計40034円
食事
朝・・パン、ウイダーインゼリー
10時・・板チョコ
昼・・タコ刺し定食、生ビール
3時・・いちご大福
夕・・カップラーメン、缶発泡酒、チーズかまぼこ、パン
道中・・スポーツドリンク

12日目 望来~銭函

20070418073339
朝7時、目覚まし通り起床。午後2時からのラジオ番組に携帯電話からリクエスト。昨日、コンビニで買っておいたよくばりコッペパンとチョコチップスナックパンをスポーツドリンクで飲み込んで8時10分出発。地図を見て、今日はだいたいこの辺りまで進もうと計画を立て、軽く準備体操をしてから歩きだす。自分の足が幸いなのはタコができていないことで、これは事前にウォーキングシューズをしっかりと吟味したからだろうか。タコができると悲惨なのだと増毛館のママも言っていた。しかし、いかにウォーキングシューズといえども、履いているうちに段々と痛んでくるものでラバーは磨り減って溝がなくなってきているし、表面は薄汚れてきた。一体いつまでもつだろうか。おまけに物凄く臭い。毎日歩き通しだから仕方のないことだし、これでも通気性のいいメッシュのものを選んだのだが、やばい。この前、整体をしてもらった時も「足臭いんですけど、すいません」と言ってやってもらっていたら、整体師は足を揉みながら「確かに臭いですねぇ」と言っていた。この靴が壊
れたら、次は防臭の靴を買おうと思う。
歩きはじめてすぐに、丘の上から見下ろす形で札幌の町が臨めた。平野の一角に無数に林立するビル。なんだか感動してしまった。自分は今から2週間前にあのビル群の中で友と酒を飲み、歌を歌い、見送り、見送られ、一日電車に揺られて稚内の町までやってきた。とりあえず、その地点まで戻ってきたのだ。ここから見ると、札幌の町も小さく見えた。
と言っても、自分は札幌には寄らない。札幌まで行かずにこのまま海沿いに小樽へと進んでいく。国道231号線ともここでお別れだ。右折して、ここからは国道337号線を進むことになる。これが今日の昼までの出来事だった。自分は今日も順調に進んでいた。午後も順調に進むはずだった。この時点では。国道337号線に入ってすぐのことである。自分の行く先に一つの建物が見えてきた。
自分には弱いものが3つある。一つは酒。酔いに強い弱いという話でなく、酒と聞くと居ても立ってもいられなくなる。自分の祖父が大変な酒好きだったと聞くから、その血だろう。もっぱらビール党ではあるが。もう一つはパンクロック。パンクロックとは音楽の一ジャンルだが、これは何故だろう?中学生の頃に出会ってから今まで、パンクロックを聴くと体が勝手に動いてしまう。時に血が煮えたぎるような感覚を覚える。最高にハイになるのはパンクロックを聴いている瞬間である。音楽全般が好きだけど、パンクロックのギター、ドラム、ベース、それに乗っかるボーカルが他の音楽に突出して好きなのだと思う。そして、最後の一つはギャンブルである。
その建物は競輪の場外車券場、サテライト石狩であった。なんでこんなところにあるのだろうか。よりによって自分の通り道に。今までパチンコ屋は何軒か見た。思わず入りそうになってしまうのだが、パチンコ屋というのはギャンブル性が強い。短い時間で大金をつぎ込む上、熱くなりやすい。これはとても危険である。それに、自分みたいな顔の見慣れない股旅者が訪れたって、いいように搾りとられるだけだと思ったから我慢できた。パチンコなど人為的にいくらでも操作できるから怖いのだ。けれど、公営ギャンブルとなると弱い。「うっわっ、これ場外じゃん!なになにこれ、勝負しろってこと?キショー!当てちゃうよ~当てちゃうよ~!」となる。はっきり言って、自分には勝負する金などないのだ。現時点で金の使いすぎである。でも何がいけないかと言うと、財布には食費が入っている。つまり、勝負する金などないけど持ち金はある。ここに悪魔がつけいる隙が生まれるんだな。金など持ってなけりゃ、必然的に我慢しなければならないのだから、ギャンブル好きはなるべく余
計な金など持たない方がいい。それでも一応、自分はいつものようにナミアムバッサランナミアムバッサランとお経を唱えながら前を通り過ぎようとした。
あかんかった。
歩く速度は上がるばかりで、恐らく万有引力より強い力によって自分の体はサテライト石狩に吸い込まれていった。
受付の人が自分の荷物を見て、預かってあげると言う。どこから来たのか、どこまで行くのか、そんなことを話していたら記念にって専門紙をタダでくれた。最近は「どこまで行くの?」と聞かれたら、「沖縄です」と答えることにしている。場内の食堂「勝ち処」で昼食をとって3レースばかり買い、ラジオを聴きながら椅子に座って予想をしていたら、ウトウトと寝てしまった。朝のリクエストは流れなかったようだった。
もう4時になる。最終レースだけ買って帰ろうか、と腰をあげて第10レースの車券を買うと、発売機から出てきた車券の様子がおかしい。函館けいりん、と書かれてある。自分は京王閣競輪の車券を買ったつもりだったが、本日の開催は京王閣と函館の2開催だったのである。「なんだよー、開催間違えちゃったよー」と思ったが、買ってしまったものは仕方ない。函館10レースって何時だろう、と見てみるとだいぶ先である。函館はナイター開催なのだった。もうこの車券捨てて帰ってしまおうか、と思ったけど当たるかもしれない車券をみすみす捨てることが出来ず、函館10レースまで見届けることにした。結局、夕飯も「勝ち処」で食べた。
結果は惨敗である。惜敗とかでない、惨敗だ。夜8時頃にサテライト石狩を出て銭函へ。都市部にも出たし、もう夜道も大丈夫だろうと思っていたら、都市部はまだ先だった。歩道が暗い。国道337号線を道道225号線へ。11時半、銭函駅着。えーと、どこか寝れそうな所・・と探してみるが、なかなか見つからない。住宅街って、そういう場所がありそうでないもんである。0時、国道5号線にぶつかり少し小樽方面に向かった所で辛うじてバス停を発見。ドアなしだが贅沢は言っていられない。発泡酒を飲んで眠。

天候
晴れ
気温
朝3℃ 昼(忘) 夜6℃
歩数
51307歩
累計527427歩
出費
カツカレー大盛り・・800円
飲料水・・150円
うまい棒×3・・30円
缶発泡酒×2・・362円
ざるラーメン大盛り・・550円
車券・・6000円
スポーツドリンク・・78円
パン×2・・196円
カップラーメン・・88円
計8254円
累計48288円
食事
朝・・パン、スポーツドリンク
10時・・うまい棒×3、缶発泡酒
昼・・カツカレー大盛り、いちごミルク
夕・・ざるラーメン大盛り
深夜・・カップラーメン、缶発泡酒、スルメ
道中・・飴

13日目 銭函~小樽市街

20070419163439
朝6時半起床。昨夜、バス停の時刻表にて6時半から始発のバスが出ていることを確認していたので、6時に目覚ましをセットしていたが、鳴っているのに気付かなかったらしい。目が覚めると6時半であった。またバス停の客を驚かせてしまったかもしれない。起きてすぐに荷物をまとめ、近くのコンビニへ。ここでトイレを借りて、昨日買っておいたパンを食べ、準備をととのえてから出発しようと思ったのだ。ただトイレを借りるのも悪いので自分は野菜ジュースを買った。何故、野菜ジュースかと言うと、昨日親父から電話があり「もっと野菜をとれ」と言われたからで、自分の食事は毎日ブログに記録しているから、これを見て心配してくれたのだろう。もっともだ、と思い野菜ジュースを飲むことにした。レジに商品を持っていくと、レジのおっちゃんに「なに、旅してんの?」と話しかけられた。「ええ、そうなんです」といつものように数分話をしてコンビニを出ると、おっちゃんが小走りに店の中から出てきて「これ食え、ちょっとは体あったまるぞ」と自分にカレーまんとピザ
まんをくれた。なんていい人なんだろう。お礼を言って頂いた。皆、自分が「歩いて旅をしています」と話した時にまず北海道の寒さを心配してくれる。地元の人が言うには、まだ野宿をする季節じゃないらしい。
7時40分出発。今日、実は友達が小樽市街まで来て一緒に酒を飲む話になっている。北海道の鵡川という町で牧場を経営している男で、卓ちゃん含め大学時代からの付き合いである。彼曰く、「ブログを見ていたら、あなたが可哀想になった」とのことだが、自分はまだ人の同情を買うほど落ちぶれちゃいない。「可哀想と思われることが可哀想だ、自分自身が」と反論したら、笑っていた。自分も笑った。
「今日はどこら辺で飲もう。運河あたりでしっぽりいきますか?」
「うん、いいんじゃない。俺、あすこらへんでいい店知ってたんだよなあ」
なんて計画を立ててる時が一段と楽しい。
途中、コンビニに寄り、何気なく漫画を立ち読んでいたら一時間半かけて丸一冊読んでしまった。「実録、裏社会!」みたいな本なんだけど、この手の本は興味をひかれる割に読後感がめちゃくちゃ悪い。あの業界の裏も、この業界の裏も、自分の業界ではないのだからどうでもいいことである。聞けば気の毒、見れば目の毒、知らん知らんオラ知らん、オラシオンならオラ知っとるでよ、とふざけていた方が人生はきっと楽しい。選挙カーに手を振られながらトコトコ歩く。
小樽は海の町で丘の町だ。町の景色を遠目に眺めていると、ジブリ映画「魔女の宅急便」で主人公キキが住むあの街を思い出した。トンボがプロペラ自転車ですっ飛んできそうな坂。また、小樽といえば石原裕次郎。自分は石原裕次郎の「俺の小樽」をアカペラで歌いながら歩いた。
正午、マイカル小樽着。マイカルはポスフールと名称を変えたから、今はポスフール小樽と言うのだろうか?超巨大ショッピングモールである。自分の記憶に間違いがなければここにノースフェイスというアウトドアブランドの専門店があったはずだ。小樽に着いたら、そこで雨具などの装備品を調達しようと目論んでいた。しかし、記憶していた場所にあったのは雑貨屋。「あれっ、っかしいなあ」とリュックを背負ったまま総合インフォメーションに行き聞いてみると、だいぶ前に改装をしたとのことである。残念ながら店自体は撤退してしまったようで自分は買い物を諦めたのだが、かわりにいい施設を見つけた。というのは、どうやらこの建物の中に温泉があるようなのだ。もう4日間も風呂に入っていない。今日こそはと思っていたので丁度いい、早速自分は温泉へと向かうことにした。が、温泉に入る前、先ほどのインフォメーションで貰ったテナント一覧のパンフレットを見ている内にいらん施設まで見つけてしまった。なんでこんなところにこんなものがあるのだろう。場外馬券売
場である。
温泉なんかより、その場外馬券売場が気になってしまった自分は、とりあえずどんなものかを見るために1F奥の場外馬券売場「アイバ」へと向かった。抑えようのないこの気持ち。場外馬券売場というのは通常「ウインズ」と呼ばれるが、何故、この場外は「アイバ」というのだろうと思ったら、地方競馬の場外馬券売場だった。(競馬には主に中央競馬と地方競馬の2つの組織があり「ウインズ」というのは中央競馬の場外馬券売場の名称)温泉に入る前に1レース買っていくことにして、自分は3連単3-1-4を500円買った。3-1-4とは語呂で「さとし」であり、自分の目である。
温泉から出ると1時半になっていた。友達が小樽に到着するのは夕方6時過ぎだと言っていたから、まだ時間はある。ここから小樽運河の辺りまでは、地図を見る限り歩いて3、40分。今日は友達もいるので野宿というわけにはいかず、運河周辺で宿も探さなければならないので少し早めにここを出るにしても、まだゆっくりとする時間はある。コインランドリーにも行きたかったが、折角のマイカル小樽である。時間が許すまで建物の中を見て回ることにした。一つ、迷ったのがマッサージである。浪費か必要経費かで言えば、今回は浪費だったかもしれない。温泉からあがってすぐに足つぼマッサージをした。「一番強くお願いします」と頼んで、激痛に耐えていると、体があったかくなってきて足がウソのように軽くなった。その後、ロッテリアにて腹ごしらえをし、アイバへ。温泉に入る前に買っておいた馬券はハズレていたが、昨日の失敗は今日の成功である。今日こそは勝つだろう、と思って、それから3レースばかし買ったが無惨に散った。最終12レースが終わると、もう5時だ
った。馬券売場につぐんでいる自分に、売店のおばちゃんが話しかけてきた。
「観光ですか?」
いえ、自分は違うんです、これこれこういう旅をしていまして、と話すと「じゃあ、これ飲んで」と野菜ジュースをくれた。「体にいいから」と言っていたが、まるで心を見透かされたようである。
夕方6時、約束通り友達と小樽運河で行きあう。結局、宿は彼の勧めるホテルへ宿泊することにし、荷物を置いた後、酒を飲みに街へと繰り出した。一軒目の居酒屋で刺身と焼き魚を食べながら日本酒。二軒目の店を探しているうちに甘味処で働いていた年下の女の子と仲良くなり、彼女の仕事あがりを待って3人で地ビールのお店へ。後、カラオケに行って、バーに行った。自分は飲み通した。おんぶに抱っこで、この夜の御代は全て友達がもってくれた。
午前4時半、白んできた街を自分は一人歩いていた。何故、そんなことをしているのだろう。恰好だって薄着で寒い。宿に着くと友達は先に寝ていた。酒は時に運命をねじ曲げる。今日一日、振り返ってみて自分はまるでバカであった。反省と感謝に挟まれて恥ずかしくなりいたたまれなくなった自分は、携帯電話を充電器に差し込み、布団に潜りこんだ。もう、贅沢をするのはやめよう。

天候
晴れ
気温
朝7℃ 昼15℃ 夕12℃
歩数
32607歩
累計560034歩
出費
野菜ジュース・・158円
コーラ・・120円
マッサージ・・4200円
ロッテリアハンバーガーセット・・600円
缶発泡酒・・220円
温泉代・・840円
タクシー代・・470円
宿代・・3000円
馬券・・2800円
計12408円
累計60696円
食事
朝・・マヨネーズパン、シュガーパン、カレーまん、ピザまん、野菜ジュース
10時・・コーラ
昼・・ハンバーガー、フレンチポテト、コーラ、缶発泡酒
夕・・居酒屋など5軒ハシゴ(酒、ツマミ、甘味)

14日目 小樽滞在

20070420065602
早朝、友達が「じゃあ、帰るから」と言い、部屋を出ていったのを寝ぼけまなこで見送った。次に目を覚ましたのは朝の9時である。このホテルのチェックアウトは何時だろうか。10時位までには出ていかなければいけないな、と思い支度を始めた。テーブルの上に現金が4千円と、何故か映画「スタンド・バイ・ミー」のポストカードが置かれていた。友達に電話してみると、「もう自宅に到着して仕事をしている。ポストカードは君にあげる」とのこと。彼の家は小樽から高速道路を使って2時間位の所にある。自分は昨夜のお礼を言って電話を切り、ポストカードは地図帳に挟んで栞にすることにした。4千円というのは、宿泊費を千円余分に置いていってくれたらしい。
さあ、今日はこれからどうしよう。実は今日、自分は小樽でバイトを探してみようと考えていた。バイトと言っても、書類を出して、面接を受けてといった、ちゃんとしたものでなく1日仕事のようなものだ。今日で旅を始めて2週間。稚内から小樽に来るまでに使ったお金の総額が6万円を超えた。これは、日に直すと4、5千円の出費である。自分の当初の予定が一日の予算300円だから、ざっとその15倍も使っている。まあ、300円は厳しいにしても、このままではその内資金が底を突いてしまうだろう。仕事があればやろうかな、なんて安穏としていられなくなってきた。ただ、小樽から先へ進んでも仕事があるという確証はない。ならば、なるべく栄えている都市で仕事を探した方が効率がいい。友達ともそんな話をしていたので、ようし、自分は今日小樽で仕事を探す、って気合いを入れていたら、チェックアウトが遅いのを心配したのか、ホテルの女将が部屋の様子を覗きにきた。
しかし一体、どこで仕事を探したもんか。そこが一番の悩みどころである。市役所に行けばどうにかなるだろうか、そんなことを考えながら自分が向かった先はコインランドリーであった。昨日の洗濯物もあったし、ここで洗濯機のモーター音とぐるぐる回る乾燥機を見ていれば、何かいい案も浮かぶかもしれない。洗濯物が洗い終わるのを待ちながら、心を落ち着かせて思案に耽ることにした。外からはひっきりなしに選挙カーのスピーカー音。
「ありがとうございます!ありがとうございます!最後のお願いにやってまいりました!よろしくお願い致します!ありがとうございます!ありがとうございます!」
洗い終わった洗濯物を乾燥機に入れて回してみたが、100円10分では乾かなかった。仕方なく、もう10分回そうと思ったのだが財布の中に小銭がない。表に出て、道路の向かいにあった自販機で缶コーヒーを買ってお金をくずす。こうやって、いらん金を費してしまってるのかも知れないなあと思いながら。友達から電話があり、「昨日の女の子に自分のメールアドレスを教えておいて」と頼まれた。「あいよ」と了解して電話を切り、乾燥機を回していると一人のおっちゃんが洗濯物を持ってやって来た。自分のリュックを見て「旅でもしてんのかい?」と話しかけてくる。
「ええ、歩き旅をしています」
「生まれはどこさ」
「埼玉です」
「埼玉のどこ」
「熊谷って分かります?」
「おー、熊谷か。分かるよ、あそこらへんもよく仕事行ったもんな」
「その隣の行田ってとこなんですけどね。熊谷の方には、どんな仕事で?」
「んー。鉄塔さ」
「鉄塔ですか」
「電線だ。鉄塔に登って電線はる仕事してたのさ。全国いろんなとこ行ったよ」「北海道電力とかですか」
「東京電力だ」
「え?」
「東京電力だ」
「東京電力ですか」
「そうだ」
中略
「あ、そうだ。おじさん、この辺でゴールデンウィークの忙しい時だけ人雇ってくれるようなとこあります?」
「ええ、この辺かい?・・ないな」
「ないっすか」
「札幌まで出りゃあ、あるよ。看板持ちとか」
「あー、看板持ちですか」「1万だよ。俺もやってたことあんだよ」
「へー、いつ頃ですか」
「えっ?」
「いつやってたんですか?看板持ち」
「ああ、若い頃だよ。19くらいだったかな。その頃、6千円くらいもらえたんだから。今でも1万くらい貰えんじゃないか」
「小樽にないですかねぇ」
「小樽にはないよ」
「・・そうですか。市役所行けば何かないすかね」
「市役所なんかあるわけないよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。だって全然違うべ」
「そうなんすか・・」
「昔は漁師の仕事もあったんだけどな」
「ああ、漁師の仕事いいですね」
「今はねえからなあ」
そんなことを話していたら、おっちゃんはいつの間にか自分の洗濯物を洗い乾燥もし終えて、帰っていった。今はタクシーの運転手をやっているそうで「駅で見かけたら声かけるわ」と別れ際に言っていた。自分ももうとっくに乾燥を終えていたけど乾燥機の中のものをそのままにして、昨日、友達からもらったお土産の「ちんすこう」を食べながら暫くボーッと考えていた。今さら、札幌まで戻って仕事をする気はない。自分は飽くまで旅を進めながら、その通り道で仕事をしていきたい。けれど、小樽に仕事はないと言う。このまま、歩き続けて運よく仕事が見つかるのを待つしかないか。ゴールデンウィークまであと10日。
4時過ぎ、昨日一緒に酒を飲んだ女の子が働いている甘味処へ。昨日、「明日は3時から仕事」と言っていたのを覚えていた。店に入るなりコーラを注文して、友達のメールアドレスが書かれたメモを手渡した。彼女は少しはにかんでメモを受け取った。自分はさっきからその店であうん焼きなる菓子を食べ、携帯電話を充電させてもらいつつ、この日記を書いている。このあとは、またバス停でも探そうと思っている。
夜9時、小樽運河沿いを余市方面へ数km歩いたところでいくつかバス停を発見。国道5号線を歩いていたつもりだったが、自分が歩いていたのは、どうやら5号線に平行して走っている道道820号線のようだった。終点で5号線に合流。昨日のマッサージが効いたのだろうか、足の調子はすこぶる良好。

天候
晴れ
気温
朝14℃ 昼14℃ 夕13℃ 夜10℃
歩数
13830歩
累計573864歩
出費
コインランドリー洗濯・・200円
コインランドリー乾燥・・200円
洗剤・・30円
缶コーヒー・・120円
コーラ・・150円
あうん焼き(人形焼きのような菓子)・・300円
計1000円
累計61696円
食事
朝・・スポーツドリンク、野菜ジュース
昼・・ちんすこう
夕・・あうん焼き、コーラ
道中・・飴、ガム

15日目 小樽~余市

20070421230412
朝6時、目覚まし通り起床。寝袋のチャックを開けて、携帯電話のベルを止めると人影が。おわっ!と今日は自分が驚いてしまったが、バス停の中におじいさんが立っていてこちらを見ていた。「おはようございます」と挨拶して、外の天気を見てみると空が曇っている。今日明日は雨になるらしいと天気予報にもあった。バス停にいたおじいさんと「雨、降りそうですね」なんて会話をしながら、準備をととのえた。ここにきて、寒さはそれほど感じなくなった。気温を見てもだいぶ上がってきたと思う。北海道もだんだん暖かくなってきている。
7時出発。歩き始めて1時間位経っただろうか。自分が歩いている歩道の右端に小学校があった。丁度登校時間なのだろう、小学生の集団とも何度もすれ違った。で、自分は「おはよー」なんて言いながら通り過ぎて行くのだけど、困ったことが一つあった。と言うのは二人組の男の子の小学生である。あろうことか、今すれ違わんとする自分を目の前にして防犯ベルを鳴らしたのだ。ヒョロロロロロ、とけたたましい音をあげる防犯ベル。男の子は「バカ、何やってんだよ!消せよ!」というようなことを言っている。どうやら、彼らもわざと鳴らしたのではなくピンが何かに引っかかって作動してしまったようで、二人して混乱していた。周りを見てみると、その子達以外は大人が自分一人である。黒いフリースジャケットを着て、でかいリュックを背負った若い男一人である。「なんたらタイミングで鳴らすのだろう、この子達は。・・やばいな」と思った。第三者がこの状況を見れば、自分は完全に不審者だ。しかし、どうしたもんか。走って逃げたいが、走って逃げたらさらに怪しい。道
路を走る車からの視線が怖いので、自分はそちらを見ないようにして何事もなかったかのように小学生に「おはよー」と声をかけながら通り過ぎた。彼らは慌てふためいて自分の挨拶なんか聞いちゃいなかったが、うまくいった。
途中、ホームセンターを発見してここでレインコートを購入。レインコートというのはピンキリで、安いものは100円ショップでも買える。逆に高いものはホームセンターで5、6千円はしている。何が違うかと言うと、素材や丈夫さ、動きやすさなど様々だろうけど、一つ大きな違いを挙げるとすれば透湿性だ。高いレインコートというのは、着ていてもムレない。自分は旅を続ける以上、今後雨の中を歩くこともあるかもしれず、歩くということは汗をかく。よって、安物のレインコートを着ていたら冷えた汗で風邪をひく、なんてこともあるかもしれない。だから自分は少し奮発していいものを買った。これで今日雨が降っても大丈夫だ。レインコートを買ったら財布がスッカラカンになってしまったので、コンビニATMで1万円下ろし。商店街の魚屋をチラッと覗いてみたが、えら安い。カレイやホッケが発泡スチロールの箱にたくさん詰められて、一箱500円とか700円とかそんなもんである。
国道5号線を歩いているつもりだったが、またいつの間にか違う道を進んでいたらしい。道路標識には道道228号線とある。おかしいな、と思うのだが方向はあってるし、海沿いの道なので迷わず進んだ。だが、これが裏目に出てしまったのか、ニッカウイスキーの工場を通り過ぎてしまった。自分は余市に来たら観光名所であるニッカウイスキーの工場を見学しようかな、と思っていた。まあ、でも、過ぎてしまった道をまた戻るのも面倒である。そう考えて進むことにしたのだが、そのすぐ先でハローワークの看板を見つけた。ハローワーク・・。これだっ!と自分は思った。なんでこんな単純なことに気がつかなかったんだろう。仕事を探すならハローワークである。看板には今きた道を戻れという意味の矢印があった。これを見て、自分は今来た道を戻る決意をした。
どうせ、戻ったのだからニッカウイスキーの工場見学にも行くことにした。さらに、道を戻る途中に日帰り入浴390円という安い温泉、名を余市川温泉と言い、建物の屋根の上をスペースシャトルが飛んでいるという、なかなかにトリッキーな風呂屋なのだけども、そこで体も流した。この風呂屋には日替わりの湯というものがあり、本日の湯はブルーベリーの湯だったんだけど、これが気持ちよくて自分はつい湯船で1時間位寝てしまった。起きて風呂からあがったら、自分の体がブルーベリーの匂いがした。
突然なんだけどニッカウイスキーがなんでニッカと言うかというと、旧社名が大日本果汁株式会社であって、その日と果をとってニッカになったそうだ。んで、なんでウイスキー会社なのに旧社名が大日本果汁株式会社だったかというと、ウイスキーというのはすぐに出来ない、会社を設立した時に一番最初のウイスキーを樽で寝かしている間、リンゴジュースなどを製造、販売していたからだそう。これは、ニッカウイスキーの工場見学で得たウンチクなんだけど、この工場見学で樽から出したままのウイスキーというのを試飲させて貰って、自分は衝撃を受けた。それまで自分の中にあったウイスキーの印象は「飲み込む酒」だったんだけど、あの誇り高い香りと僅かな甘さがジワァっと喉に伝わっていき。ウイスキーをうまいと思ったのは初めてだった。高いから買えないんだけどね。ちなみにアルコール度数も高くて64%。
後、ハローワーク。受付の人に「すいません、駄目元で来たんですけどゴールデンウィーク中だけ出来る仕事ってありますか」と聞くと、なんとあると言う。一つはヒーローショーでの飲食販売。だが、これは場所が山奥のスキー場であるために敬遠した。もう一つは農家の仕事で、内容は「ビニールハウス被覆作業、トマト栽培に係る業務全般」とあった。
夕方、その農家に電話して、自分が旅の途中であること、履歴、その他の状況を全て説明して「とりあえず来てごらん」という返事を頂いた。余市町から内陸に歩いて数kmの仁木町という町である。家を訪ねると、わざわざ自分のための部屋と布団を用意してくれてあった。夕食も頂く。おやじさんに「明日、試験をするから」と言われ、「よろしくお願いします」と答え、あてがってもらった自室にて眠。恵まれてるなあ、と深く思う。

天候
曇り時々雨
気温
朝9℃ 昼14℃ 夕11℃
歩数
31295歩
累計605159歩
出費
野菜ジュース・・88円
カップラーメン・・176円
アイス(ガリガリ君)・・62円
レインコート・・2980円
日帰り入浴料・・390円
計3696円
累計65392円
食事
朝・・カンパン、ウイダーインゼリー
昼・・ウイスキー(試飲)
夕・・カップラーメン、野菜ジュース、ガリガリ君、頂いた夕食(ご飯、味噌汁、シーチキンサラダ、鶏肉の照り焼き、フライドチキン、たくあん、ほうじ茶)
道中・・水

16日目 仁木バイト初日

20070422184755
朝6時、目覚ましで起床。布団の気持ちよさで寝起きが悪い。もっと寝ていたいと思ってしまう。
朝食を頂いて、8時より仕事。ビニールハウス内にてトマトの苗を植える畝を作る。機械で畝のビニール張りまでいっぺんにやってしまうが、この機械の操作が難しい。ビニールを張った畝に専用の器具で苗移植の為の穴掘り。45cm間隔で1畝に2列、交互に掘る。ビニールハウス1棟につき3畝あり、1畝の長さは45m~100m。ビニールハウス棟数は30いくつになるという。
正午、昼食も頂いた。ハローワークで見た、ここの求人情報には住み込みも食事も待遇にはなかったが、用意してくれる。「そのかわり交通費は出さないわよ」とここの奥さんは真面目な顔をして言っていたが、これで交通費を請求したら自分は鬼である。
15時半、家族と共にホームセンターへ。作業用のつなぎと靴下を購入。
16時過ぎ、帰宅後仕事再開。18時まで。内容は畝間の耕し、ビニールハウス入り口戸の土に埋もれたレールの掘り出し。
夕食も与かって、自分は近くの銭湯へ。自転車を貸してくれたので、必要雑貨や食料の買い出し、銭湯まではこれからこのマシンで通う。コンビニに寄り帰宅後、洗面所にてチャーミーで下着を洗う。外に干してから飲酒。働いたから、という甘えからくる発泡酒500の6缶パック買い。だが、しかし、それは命の水。飲まなきゃ悶え死ぬ、というのが実情だ。ビニールハウス内は暑く、日中半袖で活動。尚、バイトは5月中旬までの予定。

天候
曇りのち晴れ
気温
朝8℃ 昼10℃ 夕9℃歩数
計測なし
出費
作業用つなぎ・・1480円
靴下・・298円
風呂代・・400円
缶発泡酒×7・・1426円
ポテトチップス・・250円
チョコ・・158円
ホタテ貝ひも・・105円
サラミ・・105円
計4222円
累計69614円
食事
朝・・ご飯、味噌汁、フライドチキン、サラダ、ふりかけ、たくあん、緑茶
昼・・ご飯、味噌汁(餅入り)、チーズ、焼き魚、ふりかけ、梅干し、たくあん、緑茶
夜・・ご飯、鮭、ホタテサラダ、ほうじ茶
晩酌・・缶発泡酒×3、ホタテ貝ひも、サラミ
その他、10時、15時休憩時、菓子、コーヒー、麦茶

17日目 仁木バイト2日目

20070423070901
朝6時、起床。6時10分頃、昨日自分が夕食に使った食器を奥さんが取りに来て、猫に餌をあげていった。自分がいる部屋というのは母屋でなく、離れというか倉庫の中に造られた部屋であり、奥さんは毎回ここまでお盆で食事を運んできてくれる。それを食べ終えると、自分は倉庫内の洗面所で食器を洗い置いておくのだ。この倉庫には古い住民もいて、それが2匹の兄弟猫、オチョンとニャオンである。(一方はシャムのようで、一方はパンダのよう。似ていないが兄弟なのだそう)このオチョン(シャム)とニャオン(パンダ)は仲が良い。よく2匹で一緒にいる。
7時40分より仕事。本日の仕事は、苗の運搬、苗の移植(パートさん2人が手伝い)他、昨日と同様の作業。終盤で苗に布団をかけた。布団をかけた、というのは苗床の保温の為、畝に3m間隔ほどで打った台形の鉄筋の上にシートを被せる、というものなのだが農家の人は布団をかけると言う。畝のこともベッドと言っていたし、まるでトマトの苗が人間のようだが、つまりは農家にとって苗というものはそれだけ大事なものなのだろう。
17時40分、仕事終了。母屋にて、おやじさんに焼酎を1杯頂いた。自室にコンセントがあるのが嬉しい。旅中は携帯電話の充電他、電力の取得に苦慮した。

天候
晴れ
気温
朝6℃ 昼10℃ 夕9℃
歩数
計測なし
出費
なし
食事
朝・・ご飯、味噌汁、ウインナー、たまご焼き、キャベツ、納豆、ほうじ茶
10時・・アイス、雪の宿(せんべい)、麦茶
昼・・混ぜご飯、長いも、たくあん、ほうじ茶
15時・・あんパン、雪の宿、コーラ、リボンシトロン(サイダー)
夕・・焼酎、カレーライス、ウインナーサラダ、ほうじ茶
晩酌・・缶発泡酒×2、タコ足つまみ、サラミ、ポテトチップス、チョコ
仕事中・・飴

18日目 仁木バイト3日目

20070424190658
朝6時15分、起床。食器を取りに来た奥さんの物音で起きた。その前に5時55分に鳴った目覚ましを止めていたが、「もうちょっとだけ」と思っていたら、いつの間にか20分も寝てしまっていた。が、別にやることはない。昨日、おやじさんが「もしかしたら明日朝早くから仕事があるかも」と言っていたが来なかった。
本日の仕事内容は、ビニールハウス天井のビニール張り、その他畝布団かけ用の鉄筋設置。ビニールハウスのビニールって一枚ものなんだね。あまりのでかさに風に煽られると自分の体まで飛ばされてしまいそうだった。「いや、でもこれを使えば忍者のように空を・・」なんて考えながら仕事をしていた。
夜、ジンギスカンパーティーをするからと言われ母屋へ。焼肉と酒の最強タッグマッチトーナメントである。優勝候補の彼らのまばゆいばかりの立居振舞に試合前から自分は悶絶、昏倒寸前であった。
その酒席には先生と呼ばれる男性も一緒で、先生とはここの家の宗教関係で布教活動に来てくれる偉い先生なのだそうだが、その先生が自分に「旅をしているそうだが、何故ここに働きに来たのかね」と聞いてきた。自分は「はい、旅の途中なんですが酒好きが祟ってお金がなくなってしまったので、ここで働かせてもらうことになったのです」と答えると、「君は気楽な男だなあ」と言って笑った。自分も「そうっすね」と言って笑った。また、おやじさんに「このままうちの婿になれ」と言われた。おやじさんの娘が今22歳で大学生なのだという。「彼氏いるけどな。22歳の別れだ」と言っていたが、奥さんは「いやぁ、こんな旅の途中で女の色香に騙されていてはいけんよ」と言うし、自分はお猪口の中にいた河童を見つめながら、自分もこの河童のように酒の中を泳ぎたいなあ、と思っていた。
解散時にお土産のおにぎり5個を頂き、自室へ。ぬくぬく眠。

天候
晴れ
気温
朝5℃ 昼10℃ 夕9℃
歩数
計測なし
出費
なし
食事
朝・・パン×3、味噌汁、牛乳、バナナ、アロエヨーグルト
昼・・カレーライス、お新香(らっきょう、白菜)、お浸し(ニラ?行者にんにく?)、ほうじ茶、水
夕・・ジンギスカンパーティー(焼肉、サラダ、ビール、日本酒、デザート等)
休憩時・・ジンジャーエール×2、菓子パン、せんべい
仕事中、他・・飴、チョコ

19日目 仁木バイト4日目

20070425073604
朝6時20分、起っき。世界が回っている。昨日は少し飲みすぎたらしい。今日は朝食を頂く前に仕事をした。6時半頃から、苗にかかった布団をはずす作業で10分程で終了。後、朝食。この時、一緒に昨日のお土産のおにぎり5個も頂いた。朝から腹いっぱい。
本日の仕事は、畝布団かけセットの作製、苗の運搬。パートのおばちゃん2人がやってきての苗移植作業。休憩時にこのパートさんと話していたら、自分の同級生を知っていて、なんと以前同じ職場で働いていたのだという。世間は狭いわね、なんて話をした。自分がここで仕事を初める前に、やはりハローワークでここを知り、働きにきていた69歳のおじちゃんがいたそうなのだが、自分が働くようになったのでそのおじちゃんには仕事に来てもらうのを断ったようだ。おじちゃんは今日の10時頃、4日分の給料を貰いにやって来たが、「悪いことをしたかな」と思う。
「いや、気にすることじゃないよ、私達の問題なんだから」
「そうそう」
と奥さんとおやじさんは言ってくれた。
夕食にビールが1缶ついていた。奥さんが「今日は頑張ったから」と言う。夕食のおかずがホッケである。ありがたいなあ、うまいなあ、と思いながらペロッと飲んでしまった。また、「退屈でしょう?」と、漫画本も差し入れしてくれた。「Dr.コトー診療所」1~10巻である。けれど、1~10巻だと思ってよく見たら6巻だけ抜けていた。何故だろう、なくしたんだろうか。
夜、風呂へ。温泉ではなく銭湯で、町営なのだそうだが、シンプルな風呂で小綺麗、なにより客が少ないという所が好き。帰宅後、発泡酒1缶と旅の初日におばちゃんに貰って、こんな時のためにととっておいたさきいかのつまみで晩酌。飲んでいたら眠くなってきて、眠。

天候
晴れ
気温
朝7℃ 昼10℃ 夕10℃
歩数
計測なし
出費
風呂代・・400円
累計70014円
食事
朝・・ご飯、味噌汁、春雨サラダ、ウインナー、たくあん、梅干し、ふりかけ、ほうじ茶、生トマトジュース、おにぎり×5
昼・・ご飯、味噌汁、筍と油揚げとチクワとコンニャクの煮物、トマト、たくあん、麦茶
夕・・ご飯、さつま揚げ、焼き魚(ホッケ)、たくあん、ビール
晩酌・・発泡酒、さきいか
休憩時・・菓子パン、アイス、せんべい、コーラ、麦茶
仕事中、他・・飴、チョコ

20日目 仁木バイト5日目

20070425195454
5時40分起床。携帯電話の着信で目を覚ました。誰からか見てみると、おやじさんからである。「朝早いが、風がないので今のうちにビニールハウスのビニールをかけちゃおう」と言う。急いで支度して、コーヒー牛乳を一杯頂いてから仕事開始。畝の布団はずしと合わせて1時間位で終わった。その後、朝食。いつものように奥さんが運んできてくれた飯を食べ終え、寝転がってDr.コトーを読んでいると、また奥さんがやって来た。何かと思い出てみると、「赤福、食べて」とお盆を渡された。お盆の上には、あんころ餅様の和菓子とお茶があり、「うわっ、すいません、いただきます」とこれを受け取った自分は、漫画の続きを読みながら食べた。う、うまい。至福だ。赤福ってのは確か三重の銘菓である。先月、伊勢神宮を参拝した際に神宮入口の通りでよく見かけた。うまそうだなと思っていたが、まさかこんな所で頂くことになるとは思わなかった。「江戸のかたきを長崎で討つ」とは聞いたことがあるが「伊勢の赤福、仁木で頂く」とは、とんと聞いたことがない。変わった巡り
合わせもあるもんだ。
本日の仕事は、機械を操作しての畝作り&ビニール(マルチ)張り、苗移植用の穴掘り等。とりあえずみな一度はやった仕事で、これからはこの繰り返しになるそうだ。
夜、特にすることもなく読書。Dr.コトー、面白し。

天候
晴れ
気温
朝9℃ 昼20℃ 夕14℃(昨日までと測定箇所変更。地上1m、無風、日陰にて測定。信頼性高)
歩数
計測なし
出費
なし
食事
朝・・ご飯、味噌汁、目玉焼き、ウインナー、キャベツ、ジャコと小海老の佃煮、ふりかけ、ほうじ茶
昼・・ご飯、餃子、野菜炒め、たくあん、麦茶
夕・・ご飯、餃子、お浸し(ニラ?)、イカの塩辛、豆腐、ほうじ茶
晩酌・・発泡酒、さきいか
休憩時・・菓子パン、チョコ菓子、せんべい、麦茶
その他・・赤福、緑茶、飴、チョコ

21日目 仁木バイト6日目

20070427072906
7時起床。朝食を運んできてくれた奥さんの声で目が覚める。6時の目覚ましを止め二度寝を決め込んでいた。わっ、遅刻したっ、と思ったらそうではないらしい。朝から雨が降っていたので早朝からの仕事はなかったようなのだ。
今日は一日中、雨が降り続いた。ビニールハウス内での仕事を中心に、出来る限りの作業をしたが午後3時過ぎにやることがなくなり、早あがり。後すぐ、親父さんが隣町の赤井川(あかいがわ)温泉という所まで連れていってくれた。源泉かけ流しの良い風呂だった。ここでラーメンと生ビールをご馳走になり、帰りは遠回りして仁木町をドライブがてらに案内してくれた。途中、仕事仲間だというおばちゃんのビニールハウスに立ち寄ったら、「あなたが宗谷から来たっていう?あぁあ、そう!」と、そのおばちゃんが自分に向かって言う。おやじさんから話が伝わっているらしい。帰り際に「もう少しで女の子が来るよ。若い子がさ」と言って、クフフと笑った。若い女の子というのは、どうやらもうすぐ中国から研修生が来ることになっているらしいのだ。おやじさんから聞いていたが、毎年5月中旬に中国から二十歳そこそこの女性達が集団で町の農家にホームステイに来るらしい。「その子達がべっぴんでさあ」とおやじさんは言い、携帯電話で撮ったという動画を見せてもらったが、
確かに美人である。「手は出せないけどな」とおやじさんは付け加えた。下手に手を出すと、携帯電話の連絡網によって町中に散らばった同胞に連絡がいき、すぐに数十人がその場に集まってきて囲まれるらしい。おっそろしい話である。車中ではトマト栽培の話も聞いた。「肥料をあげて枝や葉っぱを育ててもどうしようもない。より大きな実をつけさせるのがプロの仕事だ」というセリフは説得力があって、カッコよかった。
帰宅後、ラーメン一杯じゃ足りないだろうとお茶漬けを夕食にくれた。発泡酒が切れたのでコンビニへ。自分は元来面倒臭がりで、まして今夜など雨が雪に変わり寒いのに、自転車で出掛けた。酒が絡むと、そういうことが億劫でなくなるのだから不思議だ。
昨日、友達に電話で指摘されたことが数点。
〓歩数だけでなく移動距離の記入をしたらどうか?
これは、友達にも言ったけれど移動距離は毎日正確には分からない。ただ、目安としてここまでの平均は1万歩=6~7km。歩数は、途中で立ち寄ったコンビニなどでもカウントを続けているので多少ばらつきがある。
〓地名が読めない。
ごめんなさい。これはうっかりしていた。北海道は難解な地名が多いので今後はふりがなをつける。ちなみに仁木は(にき)。
〓オギニは正確にはオギニー。
これはどうでもいいね。類似語として一人オギッチもあると言っていた。おぎやはぎの小木さんの造語らしい。

天候
雨のち霙、雪
気温
朝10℃ 昼9℃ 夕7℃
歩数
計測なし
出費
缶ビール(うまい生)×6・・650円
アルフォートミニ・・88円
チートス×2(BBQ、チーズ)・・176円
ドリトス(チーズ)・・88円
計1002円
累計71016円
食事
朝・・トースト×2、味噌汁、ゆで玉子、オレンジ、ウィンナコーヒー
昼・・ご飯、とろろ、肉野菜炒め、昆布、白菜、ほうじ茶
夕・・ラーメン、生ビール、お茶漬け、筍の煮物、ほうじ茶
晩酌・・缶ビール×2、チートス×2
休憩時・・バナナ、せんべい、玄米茶、
その他・・チョコ、飴

22日目 仁木バイト7日目

20070428075719
6時、今日は目覚まし通りに起きた。
本日の仕事内容は苗の運搬、畝たて等。いつものパートさん2人が来て、ビニールハウス4棟に苗移植。苗一株につき、トマトが24個収穫出来れば千円ほどの収益になり上出来なのだとか。その内、上玉と呼ばれるトマトは4つぐらいだそうで、それを食べてみたいが自分は実がなる前にここを去ってしまう予定。残念。
今日は取り立てて何かある日ではなかった。一日がぼんやりと流れていく。ビニールハウスが時々風に揺れ、柱の上にとまったカラスが休憩の際の菓子を狙ってこちらを見ていた。自分は機械で畝たてをしながら何故か中島みゆきの事を考えていた。
一昨昨年か4年前だかに中島みゆきは紅白歌合戦に出場し、たしか黒部ダムからの中継で「地上の星」を演ったが、それまで紅白に出場しなかった彼女が、どうして出場することを決意したのだろう。誰かに懇願されたのだろうか。誰?NHKの役員かな。彼女がその役員と直接知り合いでなくても第三者を仲介して彼女を口説いたのかもしれない。彼女が世話になった人がいる。これは必ずいるね。この人をAさんとする。すると、当然Aさんにもお世話になった人がいるわけだ。これをBさんとしよう。で、BさんがNHK役員で「今年の紅白の目玉がなくて困ってる」とAさんに相談した。Aさんは、じゃあってんで中島みゆきに白羽の矢を立てる。彼女は断われない、Aさんはお世話になった人だから。Bさんに直接頼まれたのだったら、義理もないわけだからあっさりと「無理」って言えるのだが、Aさんからの頼みである。何故、自分が直接恩があるわけでもない人に恩返しをしなければならないのか。これは、妖怪シガラミの仕業であるよなあ。
なんて考えていたら、機械の部品がなくなっていることに気づかず畝たてをミスってしまった。最悪だ。なんとか修復したが、大幅な時間のロスをした。
夜、夕食に出たポテトサラダをつまみに缶ビールを2本、飲。Dr.コトーを読んでいる。

天候
曇りのち晴れ
気温
朝5℃ 昼16℃ 夕10℃
歩数
計測なし
出費
なし
食事
朝・・ご飯、味噌汁、肉野菜炒め、筍の和え物、ゆで玉子、オレンジ、ふりかけ、ほうじ茶
昼・・まぜご飯、ひやむぎ(温)、きんぴらごぼう、白菜、お浸し(ニラ?)、麦茶、バナナ
夕・・ご飯、揚げ魚(カレイ)、ふきの煮物、お浸し(ニラ?)、ポテトサラダ、ほうじ茶、南部せんべい、缶ビール×2
休憩時・・チョコパイ、せんべい、アップルパイ、麦茶、ドーナツ、牛乳、チョコ菓子、チョコ、飴

23日目 仁木バイト8日目

20070429074755
6時40分起床。なんだか部屋の外の壁だか屋根だかをガンガンと金槌で叩くような音がする。その音で目が覚めると、ちょうどよくおやじさんがやって来て、布団をはずしに行くことになった。後、朝食。
8時より仕事。本日の仕事内容は午前畝たて、午後苗の運搬。夕方、布団かけ。ここ最近、風が強い。休憩中におやじさんがひょんなことから口にした「プレハブの上はカラスのクルミ割り場だしな」という言葉で謎が解けた。朝のガンガンという音、あれはカラスが屋根の上で食事をしている音だったのだ。
自分の社会情報の不足を心配して、昼休みにおやじさんが新聞を持ってきてくれた。午前中に「好きな新聞は?」と聞かれ、「読売です」と答えると「ああ、じゃあ隣のおじさんがそうだ。うちは道新(北海道新聞)なんだよ」と言っていたが、わざわざ隣の家まで行って読み終った読売新聞を貰ってきてくれたらしい。親戚のおじさんで、テレビ欄と訃報欄しか読まないからいいんだとか。Dr.コトーと交互に読み、改めて新聞の面白さを噛み締めた。つまらない記事はつまらないが、面白い記事、コラムには興味を刺激する多彩な情報が溢れている。「声をたずねて、君に」という連載小説を読みかけていたが、旅に出てからの3週間分ほど間が空いてしまっていたので話が繋がらない。こればかりは仕様がない。
夕食に缶ビールを一本つけてくれた。「うちは男の子がいないから、男の子がどのくらい食べるのか分からないの」と奥さんは言っていたが、毎日段々と食事の量が増えていく。最初は小さな茶碗に平盛りだったご飯も、今や家で一番でかいという茶碗に大盛りでくれる。ヒッジョーに嬉しい。

天候
晴れ
気温
朝11℃ 昼17℃ 夕13℃
歩数
計測なし
出費
なし
食事
朝・・ご飯、味噌汁、目玉焼き、焼肉、キャベツ、イカの塩辛、ポテトサラダ、オレンジ、ふりかけ、ほうじ茶
昼・・ご飯、うどん(温)、ほうれん草とウインナーの酢味噌和え、きんぴらごぼう、お新香(きゅうり、白菜)、ほうじ茶
夕・・ミートソーススパゲッティ(自家製トマトソース)、チンゲンサイと肉の炒めもの、オレンジ、缶ビール
晩酌・・缶ビール×2、ドリトス
休憩時・・アイス、カントリーマアム、せんべい、麦茶、パン、ホットミルク、飴、チョコ

24日目 仁木バイト9日目

20070430121515
ビール缶の上にラジオを乗っけて遊んでる。ここはラジオ電波の入りが悪い。
本日は6時20分起床。布団をはずして朝食。8時より苗の水やり。自分がここでバイトをお世話になってから7000株ほどの苗がビニールハウスに移植された。全部植えると総数は23000株になるというからまだまだである。その苗一株ずつに「1、2、3」と素早く数えながら水をあげていく。トマトはあまり水分をあげないほうがいいらしい。午後からは明日の苗移植の準備や、水やりの手間をなくす為の自動給水管接続などの仕事をした。夕方、布団かけ。
仕事中におやじさんと「今夜、麻雀をやりましょう」という話が出来上がり、仕事が終り次第自分は母屋で風呂を借りて、そのまま夕食も頂いた。3杯おかわりしたら、「やっぱり男の子は食べるんだねー!感動だわ」と奥さんが言う。夕食と一緒にビールまでたくさんご馳走になってから麻雀を始めた。この家では家族全員が麻雀をするらしい。家族麻雀というのはいい。自分は、いつか家庭をもったら毎年正月に家族とコタツを囲んで麻雀をしたい。ささやかな夢だ。
それで、今夜は誰と卓を囲んだかと言うと、おばあちゃん(おやじさんの母)、奥さん、帰省中の大学生の娘さん、自分の4人である。おやじさんは娘さんのバックについた。半荘すること2時間くらい経っただろうか。結果はというと、1位おばあちゃん、2位娘さん、3位奥さん、4位自分であった。ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺけだっ!自分はギャンブル好きなんだけど、ギャンブルが弱い。別に何も賭けていたわけじゃないけれど、娘さんは麻雀2回目らしいし、自分のプライドはミクロネシア諸島のどっかにすっ飛んじまったさアーハン。帰り、寝酒にしなさいって奥さんに缶ビールをもらって自室へ。ビールを飲みながら思う。後日またやるそうなので次は勝つ。なんとしても。

天候
晴れ
気温
朝13℃ 昼20℃ 夜10℃
歩数
計測なし
出費
なし
食事
朝・・ご飯、味噌汁、だし巻き玉子、生ハム、ジャコと小海老とくるみの佃煮、トマト、キャベツ、ふりかけ、ほうじ茶
昼・・ご飯、クリームシチュー、もやしとホタテとちくわの炒めもの、ほうれん草の酢味噌和え、緑茶、マンゴー&ナタデココヨーグルト(パートさんからの頂き物)
夕・・まぜご飯、味噌汁、刺身、焼肉、キャベツ、ビール
休憩時・・アロエヨーグルト、アルフォート、せんべい、カントリーマアム、蒸しパン、ホットミルク、麦茶、寝酒(缶ビール)

25日目 仁木バイト10日目

20070430211909
目覚まし通りに6時起床。6時20分に奥さんがやって来て、「風がないのでビニールハウスのビニールを張っちゃおうって!おじさんが」と言った。急いで支度して外に出てみると、確かに無風だ。最近は風の強い日ばかりだったので、こんな日は珍しい。敷地の一番奥にあるビニールハウスへ走って向かった。
8時からは通常の仕事。今日は苗の運搬を中心にビニールハウス内の細々とした作業、トラックで移動しながら布団シートを運んだりした。
自分は左手首に手首輪というのか、ブレスレットというにはちゃちな、まあ、飾りをしているのだけれど、これはうちの親父に以前貰ったもので、親父が言うには韓国のある高名な寺院で作られた数珠らしい。直径1cmに満たない玉々をゴムで繋ぎあわせたもので、「この玉はキャッツアイなんだ」と言っていたが、見た目はそこら辺の雑貨屋で売ってそうなものである。これがね、自分は数珠だということで、ほら、旅の間に数珠を使うような場面にも出くわすかもしれない。だから持ってきたのだけれど、昨日風呂あがりに着けようと思ったら玉を繋げていたゴムが切れてしまい、その玉が床にバラバラと散らばってしまったんだ。でも、そんなことはこれが初めてじゃない。北海道に来る飛行機で羽田空港の荷物検査を受けた時も、係官に「それも外して下さい」と言われ、外そうとしたら切れたんだな。手首で何か爆発したと思ったら、金属探知機のゲートの方まで玉がコロコロ転がっていってさ、後ろには人が並んでるし、係官はしかめっ面だし。飛行機の中で不器用な手で繋ぎあわせ
たんだ。繋がった時に丁度千歳に到着した。今回のことも合わせて、その時に玉をいくつか紛失してしまったんだけど、玉が減った数珠って効果があるんだろうか。誰か知ってる?知っていたら教えてください。
夜、ビールを切らしてコンビニへ。夜のコンビニってオアシスって感じ。

天候
快晴
気温
朝6℃ 昼17℃ 夕12℃
歩数
計測なし
出費
缶ビール350(のどごし生)×6・・650円
スナック菓子×4・・408円
BOXティッシュ・・80円
雑誌・・390円
計1528円
累計72544円
食事
朝・・ご飯、味噌汁、たらこスパゲッティ、生ハムサラダ、ほうじ茶
昼・・カレーライス、焼肉、ウドの茹でたもの、菜っぱの酢味噌和え、らっきょう、ほうじ茶
夕・・ご飯、焼き魚(鮭)、サラダ、たくあん、ふりかけ、ほうじ茶
晩酌・・缶ビール×2、スナック菓子
休憩時・・アルフォート、チョコパイ、せんべい、チョコケーキ(娘さんのお手製)、アイス、麦茶
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プロフィール

高沢 里詞

Author:高沢 里詞
埼玉県行田市出身
S57・12・7生
26歳♂
B型
パンクロッカー・詩人
行田秘湯の会会長
S・O’S(スーパーアウトドアーズ)部長
行田不毛の会会長
行田死語の会会長

注※どの会も新規会員募集は行っておりませんが、もしも会員になりたい方がいましたら密談でどうぞ。

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