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207日目 散歩

洗濯の洗剤がなくなったから、今度の休日に近くのイオンまで、あのおっちゃんが言っていたボールドを買いに行こうと思う。おっちゃんはよほどのこと、これをいい匂いだと言っていた。
「ぶち、ええ匂いやでぇ。わしゃ、これしか使わんもん」
と話していた。楽しみである。
ついでなので色々な用事も済ませ、近所を散歩してみたい。自分はまだ、寮の近所をそれほどよく知らない。公園はどこだ。公園で肉まんを食べながら小説を読みたい。喫茶店でくつろぎたい。そういえば、大阪ではアイスコーヒーのことをレイコーと言うらしい。
職場の先輩が、お好み焼きのことを「おっこん」と言っていた。
「広島の人は、お好み焼きのことをおっこんて言うんですか?」
と聞いたら、
「ううん、俺だけ」
と言っていたが、いいなあ、どうも。使ってこ、おっこん。
そうそう、近所にいくつかあるお好み焼き屋にも行ってみたい。店によって全然味が違うと言うし。楽しみだ、ご近所散策。
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208日目 ダブルブッキン

人と用がある日に「残業入れないか」なんて上司の言葉。会社勤めの辛いとこである。
と言っても、別に会社勤めでなくしても、そのようなダブルブッキングは生活の中に多々溢れていて、例えば、これから出掛けねばならないところに一人の客、なんだか長い話になりそうである。時計を見ると午後4時半。今日、銀行の窓口に行かなければいけない用がある。客を断るか、銀行を諦めるか、どちらか一方の選択。そんなことがよくある。さて、こんな事態になったら、あなたはどうするだろう。
自分はいつもギリギリまで悩む。ギリギリまで打開を望む。そうして両方とも中途半端で終わる。つまり、客の話を4時50分で切り上げ、急いで銀行に向かうのだけど、途中、赤信号にイライラしながら着いたら5時1分。向かうに見える窓口に通ず自動ドアを何度踏んでも反応しない。くっそう、こんなことなら客の話を最後まで聞いとくんだった、と思っても、後悔先に立たず。ただ黙々と時は、日常は過ぎ去っていくのである。
電話一本にしても、用事がない時にかかってくるとは限らない。むしろ、取り込み中の方が多いかもしれない。取り込み中の時って、電話に出るだろうか?自分は大抵出る。とりあえず出て、今急しそうな話し方をする。それならば初めから出なければいいのかもしれない。それでも出るのは、もしかしたら急な用事かもしれないという思いがあるわけで、出てみれば別に急ぎでもない話。つい自分はイラッとしてぞんざいに扱ってしまう。
いけんよなぁ、こんなことでは。なんて思うのだけれど、根が欲張りだからか、どちらの用事もこなしたくなる。しかし、結果は見えていることで、二兎追うもの一兎を得ず、なんて昔から言う。用事が二つ舞い込んできた時点で、どちらか一方をスパッと切る決断力が重要なのかもしれない。
だがねぇ、これがどうして、「残業ですか、うーん・・」もしくは「いや、残業が入っちゃって」なんて一方を切ったにしても、結局心のどこかに引きずるものがあって、もう一方の用事にうまく進めないってのは性格なんかなあ。損だよなあ。だから自分はきっと出世できないと思うのでありまするですよ。トホホ。

209日目 続・プチプチ

あのプチプチであるが、198円で売り出されていた。一つも売れていない。やはり、こんなもの誰も買わないんじゃないかと思う。さらに、ボタンを押すとプチプチの音が鳴るというオモチャも一緒に819円で売り出されていたが、これに関しては、製作した人の心中が全く読めない。
もし、世がプチプチブームだったら話は別である。自分だって、叩けば「へぇ」と声がするオモチャのボタンを2千円で買った男である。だが、あれは流行っていたから買ったのだ。何度叩いても「へぇ」としか言わないが、常に服の下に隠しておき、友達が何か変わったことを話したら、さっと取り出して一叩き。これで笑いが取れたのだ。
それとも今、密かにプチプチがキテいるのだろうか。
話は変わるが、コンビニでEdyを使う客が多い。Edyとは、携帯電話の中に貯められる電子マネーというやつで、例えば、コンビニのレジで2千円を払うと、あなたの携帯電話に2千円分のEdyを入れてくれる。チャージと言われる作業だが、赤外線か何かだろうか、レジ前にある専属の機械に携帯をかざすとチャリーンなんて音が鳴って2千円が入る。そして、これを使う時は「支払いはEdyで」なんて言い、また携帯を機械にかざすとチャリーン。金が出ていく。要するに、携帯に内蔵されたプリペイドカードみたいなものだろうか。
何故、これを使うかと言うと金を持ち運びする必要がなくなり便利だからで、もしかしたらあと数十年後かには、紙幣も小銭もなくなるかもしらん。給料も、買い物も、全て電子マネーという時代が来るかもしれない。
でも、ええ、問題は多々あるわけで、携帯が壊れた時なんかどないしよ。深夜にもう閉まったドコモショップのドアをガンガン叩いて、「飯が食えんのじゃあ!」なんて叫ぶ人が出てこないとは限らん。コンビニにおいても、いざ会計をしようとしたお客さんがEdyの残額が足りずに商品を返すなんてことがあるわけで、問題は山積みである。
確かに便利かもしれないが、やはり、金というのは目に見えていた方がいいのかもしれない。おうおうにして実感というのは大事なものだ。

210日目 65000円

ヤクザにからまれて65000円を奪われた。
今日、電話で友達と話していたら、友達がそう言った。
「それ、ブログに書いていい?」と了承を得てから、ここに記していることを先に述べておきたい。
フリーマーケットで千円儲けた帰りの道中で肩がぶつかったのだという。「あ、すいません」と言った友達に、「それがちゃんとした謝罪か」「殺されたくなかったら、金で丸く治めようや」と言ってきたそうだ。ATMまで連れて行かれ、金をおろされたらしい。そして65000円。まるで漫画みたいな出来事である。
「くくっ、ぷっ、災難だったねぇ」
と、笑いが抑えきらぬ自分に
「いやいや、でも高沢さん、捨てる神あれば拾う神ありでね」
と友達は話を続けた。
友達によると、その後日、また街中を歩いていると、一人の知人と偶然出会った。先に挙げた友達というのは音楽をやっていて、最近、CD発売に向けてレコーディング作業をしていた。知人というのは、その音楽仲間らしい。そこで友達はその知人にこう言われたそうだ。
「最近、レコーディングの勉強をしていてね。良かったら君、ホール貸し切りでレコーディングしてみないかい?全部、無料でいいから」
願ってもない話に友達は飛びついた。つまりは、モニターになってみないかという話だが、まさにこれからレコーディングをしようとしていた友達にはベストタイミングであった。
そうして、無事日取りも決め、安心した友達は、本来であれば一体このレコーディングにいくらかかるのだろうと気になり、ホールの値段を調べてびっくりしたと言う。
なんと、ホールの貸し切り料金、それが65000円だったのである。
「いや、神様のイタズラかと思いましたよ、僕は」
と友達は話していた。
なんという偶然か。友達にとっては、65000円を先払いしたようなものである。
自分もこの話を聞いて、これが単なる偶然のような気がしなかった。これが物語の序章のような気がして、密かに、このCDものすごく売れるんじゃないかと期待をしている。

211日目 故郷

コンビニで廃棄品を処理していて、イカキムチ、ふとそんな商品のパッケージ裏を見たら、製造者の欄に見覚えのある文字。
埼玉県行田市持田。
めっちゃ地元である。
今日の物流はすごいなあ。自分の地元から、ここ広島のファミリーマートにこのように届く商品があるのである。別に自分の地元はイカキムチの名産地ではないが、少しばかり感激して目がうるんだ。バーコードリーダーを持つ手が震え、思わず、うっ、と言ってしまった。
自分は地元が大好きである。と、こんなこと前にも書いたかも知れないが、自分はどこでも暮らしていける自信はある。香港に置き去りにされても、インドネシアに置き去りにされても、相手が人食いでない限り、ボディーランゲージで乗り切り、職を得、いつか日本へ帰国することを夢見ながら、ジョン万次郎のように生きていけると思っている。
でも、やはり地元が一番好きだ。自分が時々、このブログの中で行田、行田と書いているのは、自分の地元、行田を皆さんに知ってもらいたいからである。
行田にはフライという地元料理がある。たまにB級グルメなんて見出しでTVに出たりするが、ふざけるな、フライはS級である。自分が地元にいる時は、遠方から友あると、必ずこのフライを食べさせる。有無を言わせず食べさせる。暇があると、新規開拓一人フライツアーに出掛ける。そうして、自分はフライに関するホームページを始めるほどフライ好きで、来年地元に帰る際も自分は絶対フライを食べる。
と、ここまで言って、フライがなんだか知らぬ人も多いでしょう。フライってのはね、まず揚げ物じゃないんすよ。焼き物なんだ、これが。焼くんだねー、これが。鉄板の上でジョジョジョーッて。どこの店でも、大抵年季の入ったばあさんが焼いてくれてね、安いところじゃ一人前250円から売っている。店だってね、軽く50軒はあるよ。いいですかい、あなたがもし行田に来ることがあれば、あっしがうまいと思っているフライ屋3軒は連れ回してあげる。その後、忍城と埼玉古墳に連れて行くよ。忍城はね、その昔、石田三成が攻めてきて、利根川だか荒川だかから水を引っ張って堤を作り水攻めにしたんだけど、幾日経っても落ちないから「あの城はまるで水に浮いているようだ」なんて三成が言って、通称浮き城なんて異名がついている城で、埼玉古墳なんか、埼玉県の名前の由来にもなっているほどで、鉄剣が出土していることで有名なんだよ。いけね、愛郷心からか、気持ちが高ぶって、若干べらんめえ調になりつつある。
最後には、とっておきの古代蓮タワーに連れて行こう。このタワーに上ると、展望室から東京副都心まで見渡せる。関東平野を実感できるのさ。自分なぞ、赤城山の方を見つめて、「赤城の山も今宵限り、かわいい子分のてめえらとも別れ別れになる門出よ」なんて、いつも国定忠次の真似をしていてね、好きなんだあ、あの場所は。この旅に出る直前まで、土方でこの古代蓮タワーがある公園の階段補修作業をしていて、中途だったけど、もうとっくに出来上がったろうな。見てみたいな。
だから、ね、自分の心にはいつも、いつか故郷に錦を飾りたい、という思いがある。

212日目 ヒゲと親父

ヒゲは、たくわえると言う。何故だろう。髪も眉毛もたくわえるとは言わないが、ヒゲはたくわえるのである。ヒゲというのは本来剃るべきものという考え方からだろうか。立派にたくわえたヒゲ。ただ、生やしっぱなしにしているヒゲは無精ヒゲで、到底たくわえたとは言えない。
親父はいつも、手入れのされた形のよい口ヒゲをたくわえている。ヒゲのない親父の顔を見た記憶が自分にはない。風呂場で、洗面所で、よく鏡に向き合っている親父は、いつ頃からか、白髪染めの薬を塗る機会も増え、市販の白髪染めを買ってきては至極真面目な目つきで鏡を睨んで、ヒゲにクシを入れている。頭髪よりもヒゲの方が重要なのではないか、と思わせるほど、その姿は自分の中に印象深くある。
口ヒゲよりも顎ヒゲを生やす方が流行りなのだとTVでやっていた。今の若者は口ヒゲを剃り、顎ヒゲを生やすのだ、と。親父が若い頃はどうだったのだろう。
ヒゲというのはおかしなもので、思春期を過ぎた青年には髪の毛のように生えてくるものであるのに、十代、二十代くらいの若者が生やしていると、「剃れ」なんて年長者に叱られる。失礼だ、と言うのだ。ヒゲを生やしていることが、どうして相手に対して失礼に当たるのか、自分にはよく分からない。生意気に見えるのか。ただ、年を重ねた人間ほど、威風堂々とした風格にほど、ヒゲが似合うのは確かだ。
親父はいつからヒゲを生やしていたのだろう。
ヒゲのない親父が想像できない。いつだったか、自分もヒゲを生やしたら親父みたいな顔になるだろうかと思って、ヒゲを生やしたことがある。伸びるにつれ胡散臭い顔になってきたので、すぐ剃ってしまった。やはり、まだ自分にはヒゲが似合わない。まだまだ、渋み、重み、人生経験とか、そういったものが足りないのだろう。身内ながら、親父ほどヒゲが似合う人もそうそういないと思う。
いつか関羽のようなヒゲを、と思いながら、今日も自分はヒゲを剃って仕事に向かう。

213日目 復帰

今日からびっくりドンキー復帰。20日間の謹慎が解け、ホールに登場。ちゅっても、まだ坊主には変わりない。色はだいぶ黒くなった。
いや、坊主が飲食業界で厳禁なんて知らなんだ。泡食った。米食った。酒飲んだ。そしてポンッ!シュワシュワ。
久々に会う顔ぶれは、たいして変わりはないけれど、自分としてはアウェイな感じ。つー、するる、えっ!あっし?へぇ、戻ってまいりました、ええ、ご無沙汰してました、なんて。皆、あの人はもう辞めたんじゃないかと思っていたことだろう。誰かが「生きていたんですね」と言ったくらいだからなあ。死ぬかっ!
まあ、何にせよ、良かった良かった良かったな。20日間のブランクを取り戻すのに少々時間がかかった。日曜日ということもあり、店は大繁盛。

214日目 人生時計

雨。こんなにしっかりと雨の降る中、仕事に向かうのは初めてかもしれない。傘を差して歩きながら、ふと昔の恩師の言葉を思い出した。
皆さん、人生時計ってご存知だろうか。知っている人いるだろうか。自分が18の頃、その恩師が
「あなたはまだ、人生で言えば朝の6時です」
と、そんなことを話し始めた。
「??」
「年齢を3で割ると、今あなたの時刻が分かります」「何ですか、それは」
「僕は25だから、3で割ると約8です。今は朝8時、だいたい仕事が始まる時間です」
「はぁ」
「これから夕方まで働くんです」
「何時ですか」
「6時か7時くらいまででしょう」
「つまり、18×3で54か57くらいということですか」
「そうです」
恩師曰く、朝までが社会に出る勉強と準備、朝から昼、夕方までは社会で一生懸命働き、夜はのんびりして、一日が終わる深夜、眠りにつくのだ、と。24時間の時計とは、人生指標そのままであると教えてくれた。
何故、突然それを思いだしたのか知らないが、自分はもう、あの時の恩師と同じ歳になる。18の頃から、この24、25にかけて然るべき成長をしているのか少し疑問になる。
8時かあ。もう遅刻してしまう。雨降ってるし。人生に二度寝はやっぱり許されんのんですかねぇ、先生。

215日目 手紙

20071108170316
泥のように眠った。鳴り続けていたらしい携帯電話の着信音には全く気づかなかった。読みかけの小説がベッドの下に落ちていた。暖房をつけないと部屋の中が少し肌寒く、窓の外、寮の3階から見るウナギ公園は雨に濡れ、人っ子一人いない。
着信は親父からであった。年末調整用に書類を送ってくれと、自分が親父にした電話の折り返しの電話で、かけ直してみると、親父とおかんは今、旅行で沖縄にいるらしい。メンソーレ沖縄。男の魂、メンソウル。メンソレータム、医薬品。医薬部外品?
友達から手紙が届いた。手紙には情緒が溢れている。友達が切手を貼っている様子が目に浮かぶ。2枚の便箋に綴られた文字を何度も何度も目で追った。読み終えるのがもったいなく感じてきた。
「元気ですか?」
ああ、元気だとも。僕はいつでも元気なんだ。友達よ、元気でいる秘訣はね、興奮することだよ。何でもいいんだな、恋でも夢でも。興奮とは感動だ。感動こそ、人のエネルギーだ。だから興奮すること、もっとしようや。楽しかろう。
そうして自分は、部屋でビールを飲んでいる。アサヒの「あじわい」新発売。今なら、おつまみ付き。おっとくぅ!

216日目 納税

20071110015107
近くのイオンで注文していた年賀状が出来たので、取りに行った。思った通りの出来映えに満足しながら店内を歩いていて、エスカレーター入口の広場を通った時。
中学生だろうか。書道の作品がボードにズラッと並び、掲示されていた。その数々の作品を見て、自分はギョッとした。
今、学校では子供にこんなことを書かせるのだろうか。電子納税、納税意識、納税、納税、納税。振替納税なんて四字熟語にもびっくりするが、極めつけは納税準備預金である。この国は、この国の子供を聞き分けのいい犬にでもする気か。何が納税準備預金だ。国民が、税金のために生活費を切り詰めてヘーコラヘーコラ言っているのに、「あなた達は大人になってからそんなことのないよう、しっかりと納税の為の預金をしておきましょう」とでも言うのか。
これを書かせた大人は何者であろうか。よほど、納税が大好きな大人と見える。しかし、自分の知っている限り、納税が好きな大人なんていない。大人が好きなのは滞納、減税、脱税である。嘘を教えるな、子供に。自分だったら子供に増税対策と書かせる。どうやったら、自分達の生活が楽になるか。無駄な増税をせぬ為に、自分達は何をするべきか。それを考えさせる。その方が、バカ正直に納税するよりも、長い目で見た時、この国にとってよっぽど有益だと思うのだが。納税せぬ者は、どうせ捕まるのだし。
自分は中学生の頃に、「税金に関する標語」で市長賞を頂いたことがある。その時の標語はこういったものだった。
「税金は 汗の結晶 未来の肥料」
親父が汗を流しながら働いている姿を見てきたからである。汗の結晶なのだよ、我々が払っている税金は。それをどう使っていくか。納税の義務を主張するより、1円たりとも税金の無駄遣いをなくす方が先決だろう。国の、税金にまつわる数々の汚職事件の中で、自分達のことは棚に上げ、よくも子供達にこんなことを書かせられるものである。随分となめられたものだ。全くバカげている。

217日目 1860万円

バイト先のコンビニで、初めて一緒に仕事を組むおいちゃんと話をしていたら、そのおいちゃんが突然
「高田くんは、お金の執着心が強い?」
と切り出してきた。
「うーん、強い・・、弱いってことはないなあ・・、強いですね」
「そう。そうだよねぇ。みんな強いよねえ」
「何でですか?」
「・・・」
「・・・」
「1860万円の仕事があるんよ」
「え?」
「月収1860万の仕事があるんよ」
「1860万ですか?」
「そうじゃ。高田くん、やらんか?」
「はぁ(名前間違えとるなあ)」
「いやぁ、どうしようかな。高田くんは口かたい?」
「まあ、かたいと思います」
「いやぁ、どうしようかな。もし、詳しい話が聞きたかったら、うちおいで。詳しく話してあげるわ。ここじゃ話せん」
「1860万ですか」
「1860万てのは最高よ。そうだなぁ・・60万。月に60万は手堅い」
「60万ですか」
「俺はねぇ、不思議だったんよ。世の中には金持ちがいっぱいおるじゃろ?あの人達はどこでそんな儲けてるんかな、と思って。努力して努力して金持ちになった人もおるじゃろうけど、皆が皆、そうじゃないと思ってね。運で金持ちになった人も結構おると思うんよ」
「うん、そうかもしれんですね」
「この前、ある人から話を聞いてね、それが分かったんよ。俺もう仕事辞めるわ」
妙に自信に満ちた表情でそう言う。
まさか、自分も月収1860万の仕事があるとは思わない。仮にあったとして、どうしてそれを自分のような、どこの馬の骨とも知れぬ若僧に紹介しようか。問題は、このおいちゃんが自分を騙そうとしているのか、それともこのおいちゃんが誰かに騙され、うまい儲け話を心底信じきってしまっているのか、そこである。後者であった場合、自分はこのおいちゃんの目を覚ましてあげたく思う。なんて言うとおこがましいが、どちらにしろ、このおいちゃんが破滅への道に第一歩を踏み出しているのは、99%確定である。ここで残りの1%を信じる必要はない。
それまで十年二十年、コツコツとやってきた人間がだよ、ここに来て金に踊らされるなんて惨めな話だろう。だが、おいちゃんは言うのだ。
「これまでコツコツと頑張ってきてよかったよ。やっと、こんな話が俺にも回ってきたんだから。俺ももうすぐ金持ちの層に入るわ」

おいちゃんに
「どんな仕事なんですか」
と聞くと、
「印税・・みたいなもんかな。不労所得というやつだね」
と言っていた。なんだかインターネット関連の商売らしい。自分はおいちゃんに、それ以上何も言葉を掛けられなかった。
自分は、汗かいて働き、人を悲しませず、月に1860万円を稼ぐのだったら、そんないいことはないと思う。是非、やりたい。けど、そんなことが出来るのは、限りなく高い志を持った人間だけである。それも、今日明日の話ではなく、それまでに培ったもの、積んできたものがあってこそだ。紹介などという気安なものですぐにたどり着いていいレベルではないと思うのだ。

218日目 SOS

1月に地元で結婚式が行われる友達に用事があり、電話でなんやらかんやら話していて、ついでだったので気になっていたことを聞いてみた。
「子供はいるの?」
彼は
「それがさ」
と詳細を話しはじめてくれた。
それによると、今奥さんのお腹の中に4ヶ月になるお子さんがいるらしい。めでたいことである。○○の子供かあ、なんて感じ入っていると、彼は続けた。
「二人でかもん(居酒屋)に行ったんだよ。そこで向こうがグレープフルーツとかレモンとか柑橘系のばかり飲むから、冗談で、もしかして妊娠してるんじゃない、って言ったんよ。向こうも、えーっ、なんて言っててさ。で、後日、検査をしてみたら本当に妊娠してたんよ」
これを聞いて、自分は寮のワンフロアに響きわたる位のでかい声で笑った。失礼であったが、大笑いした。いやー、めでたい。めでたいなぁ。○○らしいわ、おめでとう。と言って電話を切った。
彼は中学からの親友である。自分は地元でSOS(スーパーアウトドアーズ)という、「身近で出来る誰もやらないアウトドアをやろう」をコンセプトにしたチームを組んでいるが、彼はそのメンバーである。ちゅっても、メンバーは自分と彼の二人だけなのだけど、主な活動として、一昨年の夏に地元を流れる川を下った。
ライフジャケットを着込んで、ゴムボートを手に、始発電車で50km上流の荒川へ。そこから、ゴムボートに乗って近所まで帰ってくるという作戦である。恐らく、その近辺でそんなことをしたのは自分らくらいなものだろう。コンセプト通りであったと思う。
スタート地点に選んだのは長瀞という埼玉県内の観光名所であったが、ここには本物の観光客を相手にしている川下りの舟がいて、その船頭に
「お前ら、どこまで行くんだ。この先、ダムだぞ」
と言われ、
「熊谷です(ダムのだいぶ先)」
と答えたら、鼻で笑われ、
「バカじゃねえの」
と言われ、舟に乗っていた観光客にも笑われたので
「バカです」
と返事して、その舟を追い越してやった。
途中、激流に揉まれて友達がボートから落っこちた。「おうい!」と叫んだが、どんどん離れていくので、仕方なく自分もボートを捨て、川に飛び込み、洗濯機に回されるように流れてくる友達と落ち合うと、遥か彼方を流れていくボートを見やって、「やべえ!」と叫んだ。
ライフジャケットを着ているから溺れることはない。二人、顔を合わせてニヤッと笑うと、川の流れが緩やかになったところで必死にボートを追っかけてつかまえた。途中で岩に腰を打ったらしい友達は「腰が痛え、腰が痛え」と嘆いていた。
川岸から上陸し、林の中をボートをかついでダム迂回。下流から更に漕ぎ出すと、今度は釣り人に怒られ、川原でバーベキューをしていた若者に手を振られながら進んでいくと、浅瀬の連続。一人がボートに乗り、一人がボートを押す、というようなことを繰り返して、日が暮れるまで漕いで漕いで漕ぎまくった。茂みの中を通り、橋の下を何度もくぐって、何かの死骸、でかい魚影、流れるスイカ、威嚇する鳥、川底から沸き上がる気泡、色々なものを見た。とても暑い日だったので、二人とも体が日焼けで真っ赤になってしまい、終盤は疲れ果てて無言になった。
「ここら辺で終りにしない?」
と言う友達と
「いや、熊谷まで行こうぜ」
と言う自分と。
日没。
結局、ゴールにはたどり着かなかった。記録はリタイア。真っ暗になった空を見上げ、虫の声を聞いた。川の水はもうしばらく膝ほどもなかったのだ。
二人はボートを降りた。ゴムボートの空気を抜き、小さく畳んで荷物をまとめ、濡れた靴で歩き出す。その時、自分は思わず「あっ!」と言った。暗くてよく分からなかったが、自分らがボートを降りた直後から、川がガクッと滝のように5m程落下しており、テトラポッドがむき出しになっていたのだ。二人、しばらくその光景を呆然と見つめた。あのまま、暗闇の中を無理に進んでいたら大変なことになっていたに違いない。お互い、顔を見合わせて「あそこでやめてよかった」とうなずいた。
見知らぬ町を歩きながら、見つけた線路をたどって駅へ。酒屋の自販機にて、なけなしの金で缶ビールを買って二人で乾杯した。
たった1本の酒があんな効いたことはない。何しろ、1日炎天下にいて、全く水分を取っていなかったのだから。
思い返せば、今でも最高の夏の思い出である。

話が遠回りしてしまったが、そんなこんなで彼とは今なお、次のSOS企画を練っているのだが、自分が挙げた
「サバイバル山菜狩り」
「自家製パラシュート」
「東京電波ジャック」
「天狗ジャンプ」
の案件は全て却下され、実現に至っていない。で、自分はついに一人「徒歩で日本一周」というSOS特別企画を発動した訳なのだが、さあ、帰ったら何しよう。彼は子供出来るけど、付き合ってくれるだろうか。

219日目 予想の価値(上)

工場で仕事をしていたら、自分がいつも作業をしている場所のマットの下から、隠し手帳が出てきた。開いてみると、競馬の予想ブックである。東京9レース、京都10レースなどと赤ペンで予想とデータが書かれている。
他の班に相当競馬好きの人がいると聞いていたから、その人が忘れていったものだろう。堪えきれず、クックックッと笑ってしまった。仕事中に、隠れて競馬予想をしていたのである。その様子を思い浮かべると、同じ競馬好きとして思わず笑ってしまう。
その手帳には、競馬の格言まで書かれており、
「二強は2強できまる。三強は3強できまらない。」
という言葉を見た時、自分はううんと唸った。
なるほど、確かに二強と呼ばれる、1レースの中に強い馬が2頭いるレースでは、その馬が1着2着で決まることが多い。だが、三強と呼ばれるレースで、その3頭がワンツースリーになることはあまりない。1頭2頭が馬群に沈んだり、もみ合った末、人気薄に差されたりする。
数の確率か、勝負の妙か。この人は競馬をよく見ているなと、感心してしまった。

220日目 予想の価値(中)

自分の出身高校は競馬に縁の深い高校である、ということは前にも何度か書いてきたが、まあ、それ故にクラスメートというのは、大概競馬好きであった。
牧場の息子、娘、そして全国から競馬が好きできました、というような人間が集まっているのだから、その中で自分の競馬好きなど、比ではない。まるで、競馬エリート養成学校みたいなところであったが、今は皆それぞれの進路に進み、競馬関連の仕事をしている者が半数以上だろう。
その高校時代、週末の休み時間になると、一人がクラスに競馬新聞を持ってきて予想を始めていた。周りに人が集まる。寮においても、日曜日になると食堂のテレビでは決まったように競馬チャンネルが流れており、GⅠともなると、誰かが街のウインズ(場外馬券場)まで代表して皆の馬券を買いに行くという有り様だった。
もちろん、これは見つかったら退寮、停学処分である。でかいレースの時は大抵教師がウインズで張っていて、自分らはその中を獅子奮迅、変装して買いに行く。自分も何度か行ったが、注意しているからか、だいたいこちらが先に張り込んでいる教師を見つける。そして、その教師に背中を向けつつマークシートを記入して馬券を購入するというのが常であった。

221日目 予想の価値(下)

話は、このウインズである。
今、日本の全国各地にウインズは数十箇所ある。ここ広島にもその一つがあるわけなのだが、実はこのウインズ、場所によって的中率、回収率の差がある。
平たく言えば、当たっている人が多いウインズと、少ないウインズがある。
何故、そのような差が生まれるか?
それはやはり、競馬が予想するものであるからである。つまり、競馬が上手い人が多い土地では自然、的中率も回収率も上がるのであり、下手な人が多い土地では下がる。よく、「競馬なんて、結局何が来るか分からないのだから、何を買ったって同じだ」と言う人がいるが、そうではないのだ。
そして、何を隠そう、全国で一番的中率、回収率が高いウインズというのが、自分が高校時代に世話になっていた、その「ウインズ静内」なのである。
ここは、全国有数の競走馬産地であり、唯一かもしれない、繁華街とはかけ離れた場所に建っている。だから客は皆、競馬に精通した人ばかりなのである。馬の特性、競馬のイロハを知った人が大勢買いにくるのだから、そりゃあ確率も上がるはずである。
馬も、その上に乗っている騎手も生き物である。生き物である以上、心理、体調、得手不得手というものがある。それを読むのが予想だ。
話を戻すが、前述した予想ブックに書かれていた、あの格言。あれは、その人が長年の予想の中で生み出した賜物である。何事もコツコツと、というのは、きっとギャンブルにも言えることなのだろう。

222日目 夜釣り

20071115031047
職場の仲間と釣りに出掛けた。夜の海で太刀魚を釣ろうじゃないの、という企画で、毎週休日に釣りに出掛ける、という元山口組組員のおっちゃんの指導の下、自分と同僚、そして現在妊娠6ヶ月のその同僚の奥さんの4人で、いざポイントへ。
寒かったあ。自分は上着はパーカーしか持っていないから、同僚にスウェットを借りて、釣りをしていた。日本酒を飲めばあったまるかと思って、飲んでいたら今度は酔っ払ってきてね。
しかーし!まあ、指導のおかげで自分は太刀魚4匹を釣り上げ、海の向こうに見える三菱造船所の明かりに向かって吠えたのだった。ヒヤッホー!
「昔、あの造船所でオウムの上祐が働いていたんだよ」
とおっちゃんが教えてくれた。
夜釣りは楽しい。初めての経験だったが、ハマりそうである。町の明かりを遠くにして、暗い海に目をやり、一人黙々としていると色々なことを考える。やがて浮きの明かりに溶け込んで、無心になる。仲間と話をしていると、深くつながっていくような気がする。
夜、というのがいいのだ。喧騒より静寂が好きだ。雑踏も時にはいいが、閑静の中で自分と対峙する時間が気持ちいい。見上げれば星空。素晴らしい世界を今自分は生きているのだな、と実感できる。
太陽というのは自分にとって教師で、月は自分の友だと思う。ビバ、夜釣り。今度は大物を釣って、それを囲んで、皆で乾杯したい。

223日目 信じる力

先週、一緒に仕事をした1860万のおいちゃんであるが、今日もまた一緒に仕事をした。
自分は再度、その話題をおいちゃんに持ちかけた。おいちゃんの本音を聞きたかったのである。
「この前話していた1860万の話なんですけど・・」
「ああ、あれ」
「一体、どんな内容なんです?」

それによると、結局の話、それは利殖だということが分かった。
要約すると、為替の資金を一口10万円で募っている会社があるのだと言う。それが月に2割の利子を払ってくれ、どんどん積み立てていくことが出来、いつでも好きな時に金を引き出せるシステムで、つまり自分が儲けることは確実なのだと言う。
おいちゃんが騙されている。自分はそう確信した。
けれど、おいちゃんにそれをどう伝えればいいものか。
「今までも、色んな話を聞いてきたけど、今回の話は100%信じられるんよ」
とおいちゃんは言う。
自分は今聞いた話の中でいくつか疑問に思ったことを口にした。即ち、為替で確実に儲けられる方法が何故存在するか、確実に儲けられるなら何故トップは会員など募る必要があるか、自分が預けた以上の利子の引き出しに会社がちゃんと対応するのか、第一おいちゃんに為替の知識があるのか、おいちゃんはそこまでして金を儲ける必要があるのか。おいちゃんの気分を損ねぬよう留意しながら聞き出した。
おいちゃんは
「大丈夫、この話は信用できるんよ」
の一点張りであった。
「大丈夫よ、会社のトップは元一流の証券マンがズラッと並んでて、わしは何回も話を聞いたんだから。友達もやってるしね。この前も、説明会の後で、他の会員と話をしていたら、その人らは会社のお偉いさんとかでね、300万預けるって言っとったよ。わしは、3口じゃ。それが儲かったらの、次は10口いこうと思っとるんじゃ」
「10口いく前に、初めの3口でそれ以上の儲けを手元に出してからいった方がいいですね」
「そんなの当たり前じゃ」「そこで、辞めれますか?」
「なにが?」
「そこで辞めれば儲けですけど、人間、儲かってる時はなかなか辞めれんですからね。どんどん足をつっこむと・・」
「そんなん、分かっとるよ」
「一番、ウマいところで会社は潰れますよ。次に20口、次に30口で、一番金を張った時、会社がドロンしたらどうするんです?」
「そんなん言ってたら、何も出来ないじゃない」
「そうですけど・・」
自分は、それ以上何も言えない。何故なら、こちらにもそれが詐欺だという明確な根拠がないからだ。
虚しい。自分の義心気取りもそこまでである。会社が計画倒産するまで、詐欺を立証することは出来ない。
「辞めた方がいい」
と言うことは出来るが、そんなことを言ったところで、信じきっている人間には火に油を注ぐだけだろう。
信じる、というのは人間の持つ素晴らしい力だと思っていた。走れメロス、は友情を信じる素晴らしいストーリーだ。だが、信じる力が、裏切る者のいいように使われるなんて、バカげている。疑う、という行為の方がよっぽど崇高にさえ思えてくる。
人間に最後に残された力、それが信じる心なのである。どんな困難にも、どんな勝負にも、最後は信じきれた者が勝つ。
競馬で最後の直線、二頭の力の平行した馬が並んだ場合、勝つのは、騎手の「俺の馬が勝つ」という気迫の強い方だと、騎手は言う。自分は、おいちゃんが儲けを信じている以上に、おいちゃんが目を覚ましてくれることを信じられないから、負けなのである。
信じる力、それは裏を返せば、最後は信じるということしか出来ない人間の無力さだ。ほとほと、自分という人間は無力であった。
夢は叶う。より強く信じきれた者にだけ夢は現実となる。夢を信じる、ということは、自分の力を信じることなのだ。人任せでは駄目なのである。もう、おいちゃんのことは知らない。

224日目 スポーツ

20071115194305
昨日、コンビニでおいちゃんと一緒にレジに立っていたら、2mは優にありそうな身長の男性がお客としてやって来た。おいちゃんが、
「おう!」
と言うと、男性は
「あれっ!どうしたんですか、こんなところで」
と言う。どうやら知り合いらしい。おいちゃんも、まるで相撲取りのような体格をしているのだが、男性はそれを遥かに凌ぐ高さである。
その二人をジッと見ていた自分は、この男性をどこかで見たことがあるような気がしてきた。
おいちゃんがそばに来て言う。
「あの人は、バレーの全日本代表だよ。JTのCMにも出とるわ。ほら、ジャンプして子供の風船を掴むやつ」
あっ!そうだ、CMの中で見たことがあるのだ。どうやら、このコンビニの上にあるマンションに住んでいるらしい。思わず、へぇ~、と感心してしまった。
そんなことがあり、おいちゃんとスポーツの話になったのだけど、あの、バレーとかマラソンって、何で女子の方が人気が高いのだろうか。日本だけかもしれないが、男子バレーや男子マラソンは常に女子の裏に隠れてしまっているような気がする。
おいちゃん曰く、「べっぴんだからじゃろ」とのことだが、まあでも、そんなことを言えば、サッカーも野球も相撲もボクシングも男子の方がメジャーなのだから、女性の方々には怒られるかもしれぬ。
どうせなら、男女混合でバレーも男3人、女3人、サッカーも男5人、女5人、キーパーはオカマでやってみたらどうだろう、なんて考えるんだけど、やっぱ駄目だろうか。

225日目 ウェディングソング

友達から正式に結婚式の招待状が届いた。わざわざ、広島の寮に送ってくれたのだ。本当に結婚するんだな、と改めて思う。封筒の中に、「当日、余興をお願いします」と書かれた紙が入っていたけど、まだその余興でやる曲が出来上がっていない。依然、歌詞がなあ。駄目なんだろうな、自分はウェディングソングセンスがないんだろうな。ウェディングソングセンスライセンスが欲しいな。それにはまず、ウェディングソングセンスニュアンスをコンセンサスして、そんでもって、ウェディングソング扇子をアドバンスにアナウンス・・・いっけね、またくだらねえことばっか考えてる。
二言目には酒飲もうって言っている自分だもんなあ。「今日は大変お日柄もよく、酒飲もう。二人のおめでたい門出に、酒飲もう。結婚を祝して、酒飲もう。乾杯、乾杯、乾杯」
結婚する二人の馴れ初めの場に、実は自分もいたのだけれど、思い返せば、そこでも自分は酒を飲んでいた。酒飲んでばっかだな、自分。酒飲みソングなら3分で完成するんだけどな。
さあ、ふざけてないで、早く完成させないとな。

226日目 忘年会

年末というのは、いつからのことを言うんだろう。今年も暮れが近づき、そろそろ忘年会シーズンになってきた。
自分も、工場とバイト先でポツポツと忘年会の予定が立ち始め、工場では部署や職場の仲間同士によってそれぞれの忘年会があり、バイト先では、酒の飲めぬ未成年と、酒好きな大人達とで別々の忘年会があるらしく、一体自分はいくつの忘年会に出ることになるのか、まだよく分からない。どうせだから、自分自身の、この旅の忘年会も開きたく、いつか一人で街の居酒屋まで飲みに行く日も作りたいな、とも思う。ギャンブル締めと兼ねてやりたい。
しかし、忘年会というのは盛んな行事である。年賀状が減り、正月におせちを作る家庭が消え、七草が数えられん、盆に先祖を見舞わなくとも、忘年会だけは未来永劫、廃れることがない気がする。あと、花見。日本人は花見と忘年会が大好きだ。
今年は何を忘れようか。今年一年のことは、死ぬまで忘れないだろう。ボケても忘れないだろう。何も忘れたいことも忘れられることもない忘年会で、とりあえず酒を飲んで、体を温め、あと少し、調子よく師走を突っ走っていきたい。

227日目 段ボール

バイトから帰宅し、寮の玄関にあるホワイトボードを見やると、自分の名前がある。管理人のおばちゃんから受け取ったのは、一箱の段ボールであった。差出人はおかん。
実はおかんとは、最近全く連絡をとっていなかった。あの5万円の送金での一件からである。
あれはどこだったろう。場所はもう忘れてしまったが、旅の途中でおかんが自分の銀行口座に勝手に5万円を振り込んだ。勝手、というのは飽くまで自分の立場からしての意見だが、おかんからしてみれば、よほど心配だったのだろう。だが、翌日自分はそのお金をおかん宛に送り返した。理由は、その時のブログに書いたから、くどくど書くのは控える。けれど、今一つ言いたいのは、自分は良い人間ではないのだ。良い人間とは何だろう、自分で言っておいて、それさえはっきりしないが、良い人間になりたい、出来る人間になりたい、かっこいい人間になりたい、たくましい人間になりたい、という思いが心と頭に常にあり、その5万円を受け取るということが、どうもそんな思いとは反した行為のような気がして駄目だったのである。それは例えて言うなら、国を批判しておきながら、国に補助金をちゃっかり請求しているような大人に自分が堕ちていくようで、こうなったらきっともう抜け出せない。助けを拒絶するのではなく、そこに甘えと矛盾に堕ちていきそうな自分を見たから、恐
らく自分は自分自身に憤慨したのだ。何故そんなことをするんだと相手を責め、そんなものいらん、と言ったのだ。結局は弱い人間の責任転嫁であったと、今は深く反省している。
そうして、しばらく連絡が不通の状態になっていた。
「お母さんが相当怒ってるぞ」
と親父から聞いていた。おかんと最後に連絡を取ったのは、その一件の後、
「5万円は無事に届きました」
というメールがおかんから来て、
「すいませんでした」
と自分が返してである。
親父からは時々連絡があり、簡単な用を足すとき、現況を伝えるとき、親父はおかんと自分の窓口であったが、先日、ついに親父では分かりえないややこしい問題が発生した。年末調整の件なのだが、その書類のことで親父が「俺はよく分からねぇ」とおかんに電話を渡して、久しぶりに自分はおかんと電話で話をしたのである。
若干の気恥ずかしさの中で適当な声をみつくろって、必要な書類をあれこれ送ってくれんか、と話したのだが、そんなことを言わぬでも、おかんは自分が必要な書類をすっかり理解しているような口ぶりだった。
今日届いていた段ボール箱の中身は衣類であった。開けてみると、自分が実家に置いてきた衣類、旅の途中で送り返した防寒着などと一緒に、食料、そして一通の封書が入っており、封書の中には書類と短くしたためられた便箋が入っていた。
「前略
大分朝晩寒くなってきましたが元気でやっていますか?
・・中略・・
衣類を大きなお世話でしょうがいっしょに送りました。要らなければ着払いで送り返して下さい」
まず自分は、まだ怒ってんなあ、と率直に感じた。それと、当たり前であるが、やはり親なんだなぁ、ということをひしひしと感じたのだった。
親思う心にまさる親心、とはこのことか。怒ってはいても、箱に詰められたトランクスや靴下を手に取ると、おかんの気持ちがよく分かる。あれほど、酒を控えろ、と言っていたのに、酒のつまみが入っている。
元気でいるか、お金はあるか、友達出来たか、さみしかないか、今度いつ会える。さだまさしの歌が頭に浮かんで、さっきから離れない。

228日目 おみくじ

職場の同僚夫妻と祭りに出掛けた。「えびす講」という、自分の地元では酉の市と言うのだが、縁起ものの熊手を売る年末の祭りである。
そこで、まあ、いつものように酒を飲みながら、屋台の焼き鳥なんぞをつまみに食い歩き、せっかくなので、来年子供が生まれるというその同僚夫妻に小さな熊手を買ってあげた。なにやら、この熊手は近くの神社でちゃんと祈祷をしてもらって初めて効力を持つものらしい。
その神社、えびす神社と言うのだが、広島の街のど真ん中、えびす通り商店街の中にある。祭りの中心地とでも言おうか、そこは人でごった返していた。皆、一様に熊手を一旦神社へ預けた後に、白いフサフサで頭を撫でてもらって、祈祷された自分の熊手を受け取り、帰っていく。
自分らもそこに並び、同じように祈祷してもらった。
同僚の奥さんが
「旅の安全を祈ってもらいんさい」
と言うので、自分もついでに頭をフサフサで撫でてもらった。調子に乗って、横にあった太鼓を一発「めでたいドーン」と言いながら叩いたら、係の人がやって来た。
そこで、同僚夫妻におみくじを買ってもらったのだが、このおみくじであるよ。
おみくじってのは、吉凶の他に、人間の色々な悩みとそのアドバイスみたいなことが羅列してあるね。
例を挙げると、
待人・・くる、辛抱強く待て
転居・・南西なら吉
学問・・努力が報われる
病気・・なおる
などだが、ここに旅行という項目があり、そこにこんなことが書かれてあった。
「よろし、色情慎め」
うーん。どうなんだ、これは。うーん、って3回位言って、他のはどんなだろう、と見てみると
恋愛の項目に
「冷静に考えよ」
縁談に
「男はとりかえしのつかぬことが起こる」
争事の項目には
「女相手なら負け」
とあったのだった。
総括すると、来年、旅の途中で色情に走り、情熱のまま恋愛に発展すると、縁談の後、とりかえしのつかぬことが起こり、争いになれば負ける、という意味で繋がるのであり、なんだこれは!とんでもないお告げである。自分は思わず、その場でおみくじをちぎって投げそうになった。
だが、せっかく同僚に買ってもらったおみくじをそんな風には出来ず、同僚に、「ねぇ、見てこれ」とおみくじを見せて鬱憤を晴らし、半吉と記されたそれをポケットに突っ込んで、その場を後にしたのだった。
しかし、不思議である。このおみくじ、男が引くか女が引くか分からないのに、まるで男が引くことが分かっていたかのように、内容が男向けであった。

229日目 因縁

先日、このブログに書いた競馬手帳の持ち主、同じ職場の違う班で働くIさん。引き継ぎの時に顔を合わせるくらいなのだが、類は友を呼ぶというのか、同じ競馬好きとして、同じ職場になったのは、これ、何かの縁であろう。
ところが、縁はそれだけではなかった。はたまた、これはどうしたことか。Iさんは自分と同じ寮に住んでいたのである。たいした偶然だ。何かの力によって、互いが引き合わされるように、逆らえない力によって、磁石のように人と人は出会わされるのかもしれない。驚くべきは、このIさん、なんと自分の隣の部屋の住人だったのである。
マツダ本社工場という、1万近くの人間が働く工場において、たまたま自分が見つけた競馬手帳の持ち主が、隣の部屋の住人だったのだ。真下の部屋は競艇好きのおっちゃん。はたして、これは本当に偶然なんであろうか。旅の途中で出会ったお坊さんの言葉を思い出す。
「今、自分に起こっていることとか、出会う人とか、そういうのは、突然起こるんじゃなくて、決まっていたことなんだよ。因縁と言ってね、僕と高沢君が出会ったのも因縁よ。これは、とっくの昔、僕や高沢君が生まれる前からもうずっと決まっていたことなんよ」
偶然というのはない。自分の身の回りで悪いことばかり起こる人というのは、因縁が悪い。それを良くしていくのは先祖を供養することだ。先祖が犯した過ちも全て自分が供養して謝っていかねば因縁は良くならんよ。と、お坊さんは仰っていた。
そうして、広島の郊外、今自分が住むこの寮の一角に、何の因縁か、競馬好きと競艇好きの3人が集まったのである。
むう。これは。買うっきゃないよな。全てを繋げるキーワードはアレだ。この寮にきて、まず最初に驚いたアレ。これは、ついに、夢の1000万馬券と100万舟券か。
全ての偶然が奇跡に繋がりそうな、そんな予感が胸中に去来。

230日目 飼う

バイト先のコンビニで、おいちゃんと仕事をしていたら、おいちゃんが
「最近、熱帯魚を飼い始めた」
と話し始めた。
それで自分は「へぇ」なんて言いながら話を聞いていたのだけど、自分も昔、熱帯魚を飼っていたことがあるから会話が弾む。ついにはバクテリアにまで話が及んだのだけれども、バイトを終えた後、家に帰ってから、一体自分は今までどれだけの生き物を飼ってきたのだろう、と考えて、その意外な種の多さに少し驚いた。
犬、猫、うさぎ、鶏、亀、めだか、金魚、ザリガニ、熱帯魚、エビ、ナマズ、ドジョウ、カブトエビ、沢ガニ、カブトムシ、クワガタ、スズムシ、ハムスター。自宅ではないが、馬と牛を世話していたこともある。挙げればまだあるが、思い返して、まあ色々飼ったものだな、と思った。
生き物を飼う、と言うか、生き物と共に暮らす、というのは、きっと大事なことなのだ。おっちゃんが「熱帯魚を見ていると癒されて、飽きずにずっと見ている」と話していたが、自分もうちの猫が近くにやってきてゴロゴロ言いながら寝始めたりすると、確かにそれだけで何かが癒される気がする。おーしおしおし言いながら、太った腹をさすってしまう。
宗教的な話になるが、前世と現世をとどまりなく魂が回ることを仏教で輪廻と言う。よく、悪いことをした人は、次の世では畜生道に堕ちるなんてことを言うが、自分はもし本当に輪廻があるとするならば、人間は死後、皆、畜生道に行くと思う。それは、功徳を積もうが積むまいが、悪いことをしようがしまいが関係なく、人間は次の世でも人間に生まれてくることはないんじゃないか、と思うのだ。
じゃあ、何に生まれてくるかと言うと、人間として生きている間に最も関係の深かった動物、広く言えば植物も含めた生き物に生まれてくるんじゃないかと思う。猫と関係が深かった人は猫に、熱帯魚と関係が深かった人は熱帯魚に生まれてくるんじゃないかと思っている。そうして、人と関係が深かった熱帯魚は次の世で人間に生まれてくるんじゃなかろうか。
ゴキブリは巣を作っていた木やら植物に、植物はミミズになったりと、そう思うのだけど、では自分は次何に生まれてくるかと言うと、恐らく犬である。
なんだかここ千年くらい、どうも自分は、犬、人間、犬の流れを繰り返しているような気がするのだ。昔から、よく犬っぽいと言われている。

231日目 スキー

いやぁ、最近とても寒くなってきた。冷え込んできた。道弁で言えば、凍れる。さびぃ。さぶい。お冷やでごじゃります。
去年は暖冬であったが、今年はどうなんだ。東北の方じゃ雪がすごいようじゃないか。スキー場はええなあ、万万歳やで。って、お前は居酒屋のおやじかっ。
スキーであるよ。自分はスキーが好きだ。広島にいる間も行けたら行きたい。山の頂から一気に麓まで滑り下りる。あんな豪快なスポーツ、なかなかない。なかなかいい。なかなかどうして、なかなかである。最初はなかなか難しいんだけど、仲間がいれば大丈夫。上達するよ。俺、コケテバッカだけど。
昔、スキー場でスキー板を片方なくしたことがある。なかなか見つからなくてね。ついには諦めた。泣かなかったけど、まっさかなぁ、なくなるなんて。
行きたいなぁ、まなかなとスキー。

232日目 星

夜、部屋の電気を消し、布団にもぐって天井を見ると、星が目に入る。露天になっているわけじゃない。前の住人が貼っていったのだろう。蛍光シールの星である。
夜は、いつもそれを見ながら寝ている。星って、なんでこんなにロマンチックなんだろう。思いを馳せれば、自分は宇宙を旅できる。地球もまた、宇宙に浮かぶ一つの星である。手を伸ばせば届きそうな星は、何てことはない、今自分の足で踏みしめているこの地球なのだ。それに気づけば、日々の生活はなんて素敵なものなのだろう。
いつか宇宙旅行に行ってみたい。海外へ行って、自分が住む国を外から見つめるように、宇宙から地球を臨みたい。きっと何か新しいものを見るのだろう。温暖化とか紛争とか、外から見ないと本当には理解できないのかもしれない。それまでは、井の中の蛙だ。
とりあえず今夜は、部屋の中から宇宙に飛び立つ。大きな夢を見るために、星に告げる、おやすみなさい。

233日目 夢を追う

友達から手紙が届いた。今回はCD入りである。
前に、札幌でCDを作っている友達の話を書いたことがあるが、その友達から別テイクのCDが送られてきたのだ。自分の部屋にはステレオがないので、これをどうやって聴こうか考えている。
彼とは大学時代に出会った。下宿先の食堂で、何故だったか、テーブルの上にハイロウズのCDを積み上げていた自分に彼が話しかけてきた。縁とは絶妙である。何か一つ違えば出会わなかったのだ。
よく、札幌の大通り公園、狸小路、ススキノに二人で歌いに行った。人がたくさん集まるところで、彼はギターを持ち、自分が大声を張り上げて歌い出すと、道行く人がギョッとしてこちらを振り向く。笑われて、怒鳴られて、通報されて、からかわれて、でも、それ以上に感動してくれ、励ましてくれる人が多かったあの空間の記憶は、自分の勇気の根底を作った。一つ一つのストーリーを語りたくなるが、人にはつまらぬ昔話になるのでやめておこう。
その後、自分は大学を中退し、彼は無事大学を卒業したのだが、音楽の道に進もうか、大学で習った知識を活かせる企業に就職しようか悩む彼と、よく連絡を取り合った。彼の悩みは、きっとそっくりそのまま自分の悩みだったのだろう。自分は夢中になって、彼を励ました。自分の本当にやりたい道を行くんだ、と何度も言った。
今、彼は自分の決めた音楽の道を行くために、必死になって活動している。仲間を探して、曲を作って。自分は彼の歌う歌に何度泣かされたことだろう。彼の書く詩と、曲と、それを歌いあげる歌い様には、彼にしか出せない熱烈とした人間讃歌がある。それは彼の才能である。
気づいてみればいつの間にか、励まされていたのは自分だった。いや、最初から自分は彼を励ますことで自分を励まし、行きたい道を真摯に進む彼には再度、励まされたことになるのだろう。
世の中の若者よ、夢を簡単に諦めるな。世間に阻まれ、笑われて、弱っていく心を、萎えていく心を、今一度しっかりとしたものにするんだ。人は誰しも年を取れば現実にぶつかる。見切りをつけたのか、諦めたのか。納得したのか、妥協したのか。後悔のない答えはあなたしか知らない。
夢を追うのに邪魔が多い世の中だ。夢をつかめばヒーローだ。ありがとう、君よ。そして今日も闘い続ける全ての人よ頑張れ、僕はもっと頑張る。

234日目 缶コーヒー

あと5分でバスが出る時間に停留所の手前、コンビニでコーヒーを買おうと思い、レジに並ぶ。自分の前には一人のおっちゃん。買い物カゴの中には酒と惣菜の2品が入っている。もう一方のレジには打ち手がいない。
「まあ、すぐ終わるだろう」
と思い、待っているがなかなか終わらない。何をやっているのだろう。前を見ると、おっちゃんは右手に何かを携え、左手のみで財布を開けようとしている。が、開かない。無理である。片手でチャックの財布を開けるのは無理だ。
しかし、おっちゃんはこれを何とかクリア。レジ台に置いた財布の中から、小銭を一枚一枚取り出し始めた。会計は670円である。自分の後ろにもう一人の客が並んだ。カゴの中身が多い。
おっちゃんは財布の中から百円玉6枚と十円玉3枚を取り出した。あと40円である。だが、ここでおっちゃんの手が止まる。どうやら財布の中身が足りないようだ。どうするのだろう。見ていると、おっちゃんは空いた左手を胸元に突っ込んで、もう一つの財布を取り出した。
と、ここでもう一方のレジに打ち手が入る。しかしこれも、自分の後ろに並んでいた人がそのまま平行移動し、レジ権を奪取。もう一度言うが、カゴの中身が多い。おっちゃんは、取り出した財布を開く作業に入っている。今度はマジックテープのものだ。打ち手のおばちゃんは、手を前に添え、どこか遠くを見つめている。買えない、一本の缶コーヒーが。
おっちゃんが早いか、もう一方のレジが早いか、際どいところ。一瞬の閃きで、自分は隣のレジに移動した。これが正解。おっちゃんより数秒早く、そちらのレジが空いた。
自分のセカセカした様子を察したのか、打ち手の女性は「大変、お待たせいたしました」と言って、手際よくレジを叩いた。自分は何とか作り出した笑顔でうなづき、これに対応。金を払い、急いで店を飛び出すと走る、バス停留所まで。
信号で待ち、角を曲がると、もうバスは来ていた。間に合うか、間に合わぬか、思ったのもつかの間、バスは発車した。運転手は気づいていないのか、猛烈に追い込む自分の姿に。それとも見切り発車か。
無念。バスは目の前で白い煙を吐き出し、去って行ったのだった。呆然と立ち尽くす自分の手に持ちたるは、袋に入った1本の缶コーヒー。

235日目 職人の我慢

以前、土木作業員の仕事をしている時に、会社の先輩がよく「我慢しよう」と言うのを聞いた。まだ、仕事を始めたばかりの自分には、それがどういう意味なのか分からなかった。
道路脇の排水溝を設置する作業中に、その排水溝がどうしても完全にうまくは繋ぎ合わない、しかし別に問題のないレベルである。そんな時に「我慢しよう」と言って、次の作業に進む。
仕事をしていると、何でもそうだと思うのだが、どうしても妥協しなければいけない瞬間がある。例えば、ハンバーガー屋で自分の作ったハンバーガーのミートパティがパンから少しはみ出ていた。ハンバーガーとしては不完全な形である。だが、問題にするレベルではない。次から次へと注文が来る中で一々、手直しをしていたら仕事が遅れる。客は「まだか」と言う。だから、その瞬間に「まあ、いいか」と妥協する。
先に述べた排水溝にしても、同じ事が言える。本来であれば、1mmのズレもなく物を完成させたい。でも、その1mmの為に作業時間が倍かかってしまったら納期には間に合わない。会社は赤字になる。迷惑をかけ、更には次の仕事が来なくなるかもしれないのだ。
しかし、何故そこで「まあ、いいか」ではなく「我慢しよう」なのか。これが分からなかった。
自分は考えた。そうして、こういうことではなかろうか、と思ったのが以下のことである。
先輩としては、やはりそれを1mmのズレもなく完成させたいのである。だが、上に書いたような理由で、これ以上時間はかけられない。そこで自分の気持ちを「我慢させる」のである。「まあ、いいか」ではないのだ。
これは職人としてのプライドから出てくる言葉であると思う。決して、「まあ、いいか」と言うのではなく、飽くまで「我慢しよう」なのだ。それは自分を許さないセリフだ。
これは、極めて大事な心構えだと思う。二つの考え方で物事をスタートした場合、最初に出来上がるものは同じかもしれないが、次の仕事に繋がってくるものが違う。気づいたら、大きな差が出来ていることだろう。仕事を始めた当初、自分にはそのプライドがなかったから、言葉の意味が分からなかったのである。
「我慢しよう」。自分はこの言葉が好きだ。職人が好きだ。どんな仕事にも、この心構えを持っていきたい。

236日目 健診

今から3ヶ月前、広島マツダにやって来た時に受けた健康診断の結果が、やっと届いた。3ヶ月って、1シーズン前じゃねえかっ。
開いてみると、面白い。健診の結果って、なんだかテストの答案用紙を返されたみたいで、少しドキドキする。
まず、体重が57kgまで落ちていた。これは自分の高校時代の体重と同じである。仁木から-9kg。身長が何故か伸びていた。
血液検査の結果に特に異常はなく一安心。なんとなく感じてはいたが、歩いたことによって自分の体は歩く前より健康になったのだと思う。社内バスの中で結果を見ていたら、あまりに集中して結果の用紙を見ていて、バスを間違えていたのにも気づかず、車庫まで運ばれてしまった。
「あらっ、お客さん、まだ乗ってたの!?」
だって。
そこから近くのバス停まで、歩く健康法、歩く健康法、と独りごちながらニヤニヤして歩いた。
何でニヤニヤしていたかと言うと、あなた、ガンマGTPでありますよ。
ガンマGTPは、肝臓の状態を表す数値だけど、これが55以下で健康な肝臓と言われているところ、自分はなんと22だったのである。うちの親父は一時300を超えて、医者に禁酒を命じられていた。かわいそうに。
ところが、この酒好きの肝臓は、基準を大きく下回る超健康肝臓だったのである。いやー、旦那、これは嬉しかったですぜ。これで気兼ねなく酒が飲めるってもんだ。ガバガバいくぜ。
そういえば、この健診ではないが、足のサイズに変化があった。旅を一旦休止してから、靴のサイズが1.5cmも小さくなったのである。人間の体ってすごいね。
10 | 2007/11 | 12
Su Mo Tu We Th Fr Sa
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プロフィール

高沢 里詞

Author:高沢 里詞
埼玉県行田市出身
S57・12・7生
26歳♂
B型
パンクロッカー・詩人
行田秘湯の会会長
S・O’S(スーパーアウトドアーズ)部長
行田不毛の会会長
行田死語の会会長

注※どの会も新規会員募集は行っておりませんが、もしも会員になりたい方がいましたら密談でどうぞ。

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