352日目 おかんの手紙
朝、仕事に行こうかと思ったら、寮の玄関のホワイトボードに自分の名前があって。手紙?と思いながら、郵便物を見てみると、自分宛ての封筒が一通。字面を見て、誰からのものか一瞬にして理解した。
おかんからの手紙であった。おかんからの手紙はあまり好きではない。便箋に書かれた内容ではなく、封筒の表、真ん中に「高沢里詞様」と大層に書かれたこの文字を見るだけで、少し胸が苦しくなる。
高校入学と同時に親元を離れ、今まで何度、この文字を見てきただろう。中に書かれてあることは、近況だったり、時候のことだったり、他愛もないことばかりなのだが、おかんの書く字は、いつも自分を切なく、そこに何かの力で縛りつけた。
小学生の頃、自分が使っていた教科書や、筆記用具や、体操服に、おかんの字で書かれた名前。いつの間に書いたのだろう。自分が寝ている時に書いたのだろうか。高沢里詞と一つ一つ、丁寧に書かれてある。それを見つめていた小学生の自分の記憶が蘇ってきて、たまらない。あの時と変わらぬ字。時が止まればね、おかん、俺はずっとあなたのそばにいたかもしれないのに、時が経つから、俺はあなたから離れ、手紙なぞ書かせるようになってしまった。罪なもんだね、子が親の元を離れていくっていうのはさ。子として、そう思うのさ。
その手紙の内容に、自分は少なからずのショックを受けた。この旅を始めてから初めて、旅をやめようかと思った。
手紙には、去年、自分が旅に出た後に、おかんが心労から吐血し救急車で病院に運ばれ入院した旨、退院した後も今日に至るまで薬を飲み続けていることが、小さな字で書かれてあった。
知らなかった。どうやら黙っていたらしい。表向きの用件は、兄貴の結婚についてのことであったが、書かずにいられなかったのだろう。どういう気持ちでこれを書いたのだろうか。書きながら、また泣いていたかもしれない。
手紙には、帰ってこい、とは書かれていなかった。4月からまた体に気をつけて出発するように、と書かれてあり、自分は今日、この手紙のことで仕事中もソワソワして落ち着かなかった。
果たして、そこまでして自分は旅を続けるべきなんであろうか。自分は自分の体のことしか考えていなかった。自分が健康であれば、おかんも健康でいるだろうと勝手に思い込んでいた。勝気な人だけど、その分脆い人である。それは、家族だからこそ知っているおかんの性格だ。だけれど、そこまで心配しているとは思わなかった。申し訳なさ、というより、痛ましい感じがして、今日は1日何をするにもだるかった。
でも、だけど、自分は考えて、やっぱりあと1年半。1年半以内には帰るから旅を続けようと思う。初めから、全てを引きずる覚悟で出てきたのだ。全くのろくでなしかもしれないが、一度始めたことを途中で投げ出したくない。心配するなと言いたいが、それは無理なのだろう。薄情者のワガママかもしれない。でも、このワガママ、出来るまで突き通させて欲しい。
おかんからの手紙であった。おかんからの手紙はあまり好きではない。便箋に書かれた内容ではなく、封筒の表、真ん中に「高沢里詞様」と大層に書かれたこの文字を見るだけで、少し胸が苦しくなる。
高校入学と同時に親元を離れ、今まで何度、この文字を見てきただろう。中に書かれてあることは、近況だったり、時候のことだったり、他愛もないことばかりなのだが、おかんの書く字は、いつも自分を切なく、そこに何かの力で縛りつけた。
小学生の頃、自分が使っていた教科書や、筆記用具や、体操服に、おかんの字で書かれた名前。いつの間に書いたのだろう。自分が寝ている時に書いたのだろうか。高沢里詞と一つ一つ、丁寧に書かれてある。それを見つめていた小学生の自分の記憶が蘇ってきて、たまらない。あの時と変わらぬ字。時が止まればね、おかん、俺はずっとあなたのそばにいたかもしれないのに、時が経つから、俺はあなたから離れ、手紙なぞ書かせるようになってしまった。罪なもんだね、子が親の元を離れていくっていうのはさ。子として、そう思うのさ。
その手紙の内容に、自分は少なからずのショックを受けた。この旅を始めてから初めて、旅をやめようかと思った。
手紙には、去年、自分が旅に出た後に、おかんが心労から吐血し救急車で病院に運ばれ入院した旨、退院した後も今日に至るまで薬を飲み続けていることが、小さな字で書かれてあった。
知らなかった。どうやら黙っていたらしい。表向きの用件は、兄貴の結婚についてのことであったが、書かずにいられなかったのだろう。どういう気持ちでこれを書いたのだろうか。書きながら、また泣いていたかもしれない。
手紙には、帰ってこい、とは書かれていなかった。4月からまた体に気をつけて出発するように、と書かれてあり、自分は今日、この手紙のことで仕事中もソワソワして落ち着かなかった。
果たして、そこまでして自分は旅を続けるべきなんであろうか。自分は自分の体のことしか考えていなかった。自分が健康であれば、おかんも健康でいるだろうと勝手に思い込んでいた。勝気な人だけど、その分脆い人である。それは、家族だからこそ知っているおかんの性格だ。だけれど、そこまで心配しているとは思わなかった。申し訳なさ、というより、痛ましい感じがして、今日は1日何をするにもだるかった。
でも、だけど、自分は考えて、やっぱりあと1年半。1年半以内には帰るから旅を続けようと思う。初めから、全てを引きずる覚悟で出てきたのだ。全くのろくでなしかもしれないが、一度始めたことを途中で投げ出したくない。心配するなと言いたいが、それは無理なのだろう。薄情者のワガママかもしれない。でも、このワガママ、出来るまで突き通させて欲しい。
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